第23話 そんなこともあったっけ





「ふいー」


「だらしないですわよ」


 学園最後の試験が終わった。結果は1週間後になるわけで、多くの生徒が虚脱した表情をしている。もちろんアリシアもだ。まあ彼女の場合、それでも周辺警戒は怠らないわけだが。

 フォルテのツッコミはいわばロールだ。縦ロールだけに。


「テスト休みの予定は?」


「鍛錬ですわ。最終決戦も間近ですもの」


「そうだった」


 3週間ほど後にバトるにしては、あっけらかんとしたものだ。この二人は急にスイッチが入るから怖い。


「じゃあ、わたしも頑張りますか」


 そう言ってカバンを持ち上げたアリシアが、ふと気づいたような表情になった。


「1年前だっけ、カバンが消えたの」


「去年の試験が終わった翌日ですわ」


 アリシアのカバン紛失事件、タイトルだけ聞けば悪役令嬢か取り巻きが主犯だが、アレは中々派手で楽しい出来事だった。



 ◇◇◇



「カバンが消えた?」


「はい……」


 ガッシュの問いに、アリシアの顔が曇る。もちろんヒロインムーブだ。そしてそれはすでに通用していない。王子たちも成長したものだ。


「それで、心当たりは」


 あえて犯人とは言わない。いまだ人為的であるかすら不明なのだ。もしかしたら部屋に忘れてきただけかもしれないし。


「その……、わたしがお手洗いに行ってる間に、机の近くに誰かがいたって」


「『オーケストラ』の者か?」


「そうだったみたいです」


 それを聞いた王子とライムサワーの顔が歪む。ワイヤードは普段通りだった。


「ないな」


「ないです」


「ですよね」


 ガッシュ、ライムサワーが断言し、アリシアが即答した。ワイヤードは横で素振りを始めている。



「あら、どうしましたの?」


 ここでフォルテの登場だ。なにかこうすっごく白々しいタイミングだった。絶対狙ってただろ、と周りは思うが口には出さない。それを言ってしまった挙句に戦争を起こしたくはなかった。


「実はわたしのカバンが」


「まあ、それは大変ですわ!」


 アリシアが最後まで言い切らない内に、フォルテが驚きの声を上げた。

 ツーカーと言うべきか、ズブズブと表現すべきか、なんにしてもヒロインアンド悪役令嬢ムーブは絶好調だ。事実、アリシアは憂い顔でフォルテは冷笑を浮かべているが、両者とも口の端がピクピクしている。楽しくて仕方がないって感じだった。


「で、どうすんだ?」


 すぐ横で素振りをしていたワイヤードが話に割り込んだ。黙って聞いているのが面倒になっただけかもしれない。


「『オーケストラ』が疑われるなど心外ですわ。真犯人を探しますわよ」


 さっきの『オーケストラ』どうこう言っていた時にいなかったはずなのに、なぜかフォルテが冤罪を訴える。どれだけシナリオを巻いているんだろう。会話文をスキップボタンで飛ばしているか如くだった。



「ガッシュ、もういいからさっさとやらないか?」


 ワイヤードが素振りを再開した。


「……うむ。学園生徒のカバンが紛失した。これは由々しき事態と言えるな。ライムサワー」


「はい。ハッブクラン学園第2種警備態勢を発令。現時刻をもって敷地への出入りを禁止する」


 王子の指示を受けたライムサワーが素早く宣言した。その場にいた生徒たちにより、彼の言葉はすぐに学園中に伝えられるだろう。

 ちなみに第1種警備態勢は王国軍との全面戦闘を想定している。はたして発令される時はくるのだろうか。



 ◇◇◇



「この茶番も3回目ね。中央もいい加減諦めればいいのに」


 ため息担当のマジェスタが、それでもため息を吐いた。


「ご自慢の諜報課職員が粘っているらしいよ。面子がボロボロだそうだ。負けられない戦いがあるらしい」


 どこから集めたのか、ライムサワーが中央の内情を暴露した。



 この顛末、学園では通称ネズミ狩りと言われている。

 これまで2回行われ、のべ32名の間者がひっ捕らえられた。もちろん学生ではなく、制服を着て変装をしたお兄さんとお姉さんたちだ。


「2回目の時に、直接諜報課まで出向いたのは楽しかったですね」


 アリシアがあざとく両手をぐってして笑った。言ってることは酷く残酷だ。

 1回目は白々しく学園長に報告した。そういえば学園長は初登場だ。


『わ、儂が官憲に引き渡そう』


 そう言った学園長に14名の不審者がぞろぞろついていく姿は、中々にシュールなものがあった。

 で、第2回は21人を連れて登城。第3段階まで覚醒していた王子権限で言葉による城門破りをした挙句、直接諜報課に突撃して職員を返してあげた。公務員さんたちは大切にしたい。



「向こうもこちらも訓練になる。悪いことはあるまい」


 王子はそう言うが、相手はプライドをかけている。気配りも必要なはずだ。


「前回の一件で諜報課長が、国史編纂室に回されたそうです。今回はもうすこし穏便にされては」


「それは可哀相なことをしたな。その者は後日引き上げよう」


 ライムサワーの報告にガッシュが鷹揚に答えた。幾度の覚醒を経て、かくも王者の振る舞いを身に付けたのだ。王国の未来は明るい。


「ああそれとフォルテ、アリシア、今回は出番なしだ」


「どういうことですの?」


「ええー!?」


「訓練にならないだろう」


 にべもなく王子が言った。アリシアあたりなら「まてー!」とか言って、それっぽく追いかけるくらいはしそうだが、それでも不安だったのだ。


「学園生全員に通達。捕縛の後は事情聴取、その後開放だ」


 ヒロインの不遇エピソードは、何故か学園捕縛祭に上書きされていた。



 ◇◇◇



「最終的に52名です」


「また随分と投入したものだな」


「かなりの本気だったようですね。係長が3人もいましたよ」


 ライムサワーの報告を聞きながらガッシュは目頭を抑えていた。

 諜報課長は3人のキャリアをどう考えているのか。いやもしかすると参謀部か。後で言い含めておく必要がありそうだ。


「こちらは?」


「95名が行動を阻止されました。3年54名、2年12名、1年29名」


 学年ごとの人数差は、悪役令嬢とヒロインに毒された期間に比例していた。


「まだまだ未熟、とは言うべきではないのだろうな」


「本職が相手でしたので。こちらもマジェスタには控えてもらいました」


 最近のマジェスタは風魔法改め空気操作魔法に目覚めた。

 お陰で中規模殲滅魔法はもちろん、温度センサー、空気振動を利用した動体センサーを習得している。探知範囲は学園敷地のほぼ全域にあたる。これでは訓練にならない。

 本人曰く「風を掴む感覚」だそうな。婚約者たるライムサワーにプライバシーは無い。



「ネズミは解放された。状況終了」


 1時間後、事情聴取を済ませた間者たちは、順次開放された。2名程娘に捕縛されたのがいたらしい。心中や如何に。


 その後は大講堂で詳細報告だった。

 ヘルパネラが屋上からレーザーを放って相手の足止めをしたとか、そこに駆けつけたワイヤードが係長との一騎打ちのうえ勝利したとか、そんな話だ。

 それ以外にもピィコックが相手の持っていた護身用の槍を文字通り砂鉄にしたとか、1年生二人組が連携して敵を仕留めたとか、そんな報告が続いた。1年生の二人はキャーンパルネとグラスというらしい。将来有望だ。


「ありました。ありましたー。机の中に入れてたんです、わたしのカバン。ほんとわたしったらドジで」


 駆け込んできたアリシアに、学生全員が変な笑いを返した。まだその設定続いてたのかと。



 ◇◇◇



「わたくしたち、最初にちょっと登場したでじゃありませんの?」


「あれ、そうだっけ」


「しかも見ていただけですわ」


「でも楽しかったからいいじゃないですか!」


 場面は戻ってフォルテとアリシアである。


「まあ、そうですわね」


「そうそう」


 二人は何気なく窓を見た。そろそろ夕陽が目立つ時間帯だろうか。校庭では戦闘訓練か、賑やかな声が聞こえてくる。



「わたし、この学園に入って良かった」


「わたくしもですわ」


 和解でもしそうな良い雰囲気が醸し出される。


「ですが」


「うん。だけど」


「ガッシュ王子は譲りませんし、最終イベントで勝利するのはわたくしですわ」


「わたしだって、負けませんよー!」


 闘志を燃やす二人だが、そこにガッシュの意思はあるのだろうか。

 恋愛とかラブコメっていうのは適度なイベントをこなしながら、じれったく接近、親密になる類のお話ではなかったか。タグが存在する意味とは。



 今更だが、この物語は恋に恋する二人の少女が、その全身全霊をもって勝利を目指すラブコメである。その全力がちょっとイっちゃってるだけなんだ。いいね?


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