第22話 平凡な日々





「聞いたか?」


「ええ。見逃せないわね」


「すげえ大一番になりそうだ」


 季節が春を目の前にした卒業式の1か月前、どこからともなく学園に噂が流れていた。

 とても物騒だが、学園生たちにとっては何度も観た当たり前の光景。最初こそついていけなかったが、いつしかそれは己が血を熱く滾らせるイベントと化していた。


『ヴィルフェルミーナ様とアリシア嬢がガチでバトる』


『決戦の場は学園東棟、3階中央階段』


『禁じ手……、無し』



 ◇◇◇



「12042」


 フォルテは学園のスポーツジムで汗を流していた。

 繰り返すがスポーツジムだ。1年半前に学園予算で作った。一応中世ファンタジー風世界であるが、そこは乙女ゲー、歴史的文化的リアリティなど存在しない。蛇口をひねれば水も出るし。魔力灯などという胡散臭い明かりもある。トイレットペーパーだってあるぞ。

 だから学園にどこかのサイトから切り取って来たような現代ジムがあっても不思議ではないのだ。


「12043」


 彼女が汗を見せるなど、どれほどの事態かと思うのは学園素人だ。達人は努力を見せない? フォルテはそんなダサいレベルを超越した存在だ。誰の目の前であろうとも普通に努力し、堂々と汗を流す。


「12044」


 チェストプレスマシンに座り、アホみたいな数字を呟きながらフォルテは黙々と身体を鍛えていた。用具は現代的であるがそれを使っているのは金髪縦ロールの貴族令嬢なので、違和感が半端ない。着込んでいるのがジャージもどきなのが拍車をかけている。

 この世界の人間は、鍛えれば鍛えただけ強くなるという謎特性を持っている。その際、体形は変わらない。ゲーム上の都合とはいえ酷い世界だった。


 フォルテは怠らない。常に己を高めつつ、ライバルに打ち勝つために。

 ここで10000回以上やるのに必要な時間はというツッコミは不要だ。



「アリシア、いつまでやってるの」


「ん-、あと3時間くらいかな」


 ところは変わって学園のプールである。温水であることは言うまでもない。1年前に生徒会予算で作った。どうも足りなかったらしく、カクテル侯爵家が援助金を出したらしい。ライムサワーが悪い顔をしていた。

 アリシアはバタフライで泳ぎ続けている。かれこれ4時間。


「どういう体力」


「努力の成果だよ」


 競泳水着のアリシアがお日様のように笑いながら、グラスのツッコミに誇らしげに答える。

 彼女もまた努力を謙遜しない。聞かれれば1週間のトレーニングメニューすら公開するくらいだ。ケタをひとつ半くらい落として十傑の体力自慢がなんとかついていける内容だった。高見は遥か彼方だ。


「逆流とかあったら、もっといいかなあ」


「やめて」



 シャワールームを出たアリシアは、学生食堂でフォルテたちを見つけた。


「フォルテ様は何を食べてるの?」


「カツ丼ですわ」


 フォルテの好物だった。3日に一度は食べている気がする。

 米、肉、卵、タマネギ、全てが摂取できる完全食物ではないかというのが言い訳だ。実際には栄養学に基づいた食事を心がけてはいる。ただ消費カロリーを補充しようとすると分量が凄まじく多くなるので、自動的にバラエティ豊かな食生活になってしまう。そこに不満はない。


「おばちゃん、サバ味噌定食大盛で」


「あいよぉ」


 繰り返すが、中世ヨーロッパ風文化の学食である。

 スポーツジムやら温水プールが出てきたが、フォルテとアリシアが一番力を注いだのはここだった。


『健全な肉体と精神は食から始まる』


 以前王子にカツカレーと味噌ラーメンを食わせた二人だが、あの頃から考え方は変わっていない。食え、動け、学べ、寝ろである。そこに季節は関係ない。


 よってオーケストラ侯爵家の財力を動かし、ソードヴァイ食堂のツテを使い食材を調達した。そうして2年前に完成したのが、和洋中なんでもござれのハッブクラン学園学生食堂だ。

 王侯貴族がパーティで食するようなメニューは存在していない。三ツ星をもらうようなシェフもいない。だが壁に張り出されているメニューの豊富さは王国随一だった。2番目はお食事処ソードヴァイだったりする。



「お待たせえ」


「ありがとうございます!」


 出来上がったサバ味噌定食大盛をトレイに乗せたアリシアが、フォルテのいるテーブルに座った。とたん近辺のテーブルにいた生徒たちがガタガタと席を立ち、少し離れたところに座り直した。


「ご一緒しても?」


「ええ、構いませんわ」


 座ってから言うことかというツッコミはない。

 丁度カツ丼を完食し終えたフォルテが立ち上がる。決別ではない。事実フォルテは再びカウンターへと向かった。


「四川風麻婆定食激辛大盛ですわ」


「あいよぉ」


 バトルのゴングは鳴らされた。



「フォルテ様の、勝ち」


 たまたま同席していたグラスの判定で、フォルテの勝利が宣言された。

 数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの皿が積まれ、並んでいた。5倍スケールの回転ずしを想像させる。

 二人は同じメニューを頼まなかった。学食の壁に貼られたメニューから、ランダムにクイズゲームのパネル争いがごとく注文を出し、完食を繰り返したのだ。


「素敵な晩餐でしたわ」


「ぐぬぬ」


 見守っていた学生たちが盛大な拍手を送った。勝者を讃え、敗者を奮起させるような、それがこの学園の在り方なのだ。

 皆は思う。この学園に入学して良かった。苦労も多く大変だけど、毎日がこんなに楽しく充実しているのだから。


 二人はただ、晩飯を食っただけだが。



 ◇◇◇



 夜である。

 アリシアは学生寮平民棟の自室で教科書をめくっていた。5年も前に最初から最後まで理解しているので今更だが、2週間後には最後の定期試験だ。一応程度の見直しだった。


「ふあぁぁ」


 椅子に座りながら背伸びをする。昼間の運動が丁度良い疲労感を与えてくれていた。やはりバタフライはいい。


「勝ったり負けたりかあ」


 年に2回の定期試験は、科目ごとに結果が全て公表される。日本でやったら大問題になるだろうが、ゲームとしてはイベントフラグや現在の知力パラメータを把握するために重要な要素だ。


 最後の1度を残しこれまで5回、筆記試験の科目は多岐に渡る。数術、歴史、地理、国語、外国語、第2外国語、法律、農林水産業、軍学などなど、実に30科目が存在しているのだ。各100点満点で、合計3000点。それを競う形になる。

 ちなみにこれまでの試験、トップ5は毎回同じメンバーだ。5位、ガッシュ、4位と3位をライムサワーとマジェスタ、そして1位と2位は言わずもがなのアリシアとフォルテだった。

 脳筋ばかりと思われる十傑だが、その半数は学力をとっても学園最強メンバーなのだ。


「あーあ、先生がわかってくれてればなあ」


 アリシアが愚痴るのは、前回、夏のテストだった。軍学や哲学などでは論述形式が問題として出されることも多い。その手の問題では出題者の趣味が採点に繋がることがある。要は正解が有って無いようなものだ。

 フォルテとアリシアはそんな教師たちの趣味嗜好まで読んで回答をするが、どうやってもブレるときはある。


「わたしが2986点、悪役令嬢は2988点。悔しいな」


 アホみたいな高得点だが、アリシアは納得しない。頂点は3000点なんだから。



 気が付けば10時だった。部屋には時計もちゃんとある。


「さて、寝るかあ」


 アリシアもフォルテにしてもよほどの事情が無い限り、1日8時間睡眠を取る。それが成長につながるために必要だと考えているからだ。

 身体を虐め、たらふく食らい、勉学に励み、そしてきっちりと寝る。それが強くなるために、最強であるがために必要な要素なのだ。寝るのもまた修練。



 ◇◇◇



「おはよーございます!」


「おはよー」


「おはようございます」


 翌朝6時と15分、アリシアは校庭にいた。いまだ17歳の彼女の行動は速い。起きてから15分で支度を済ませ、これから朝練に励むのだ。


「ヒロインは朝から元気そうですわね」


「悪役令嬢は眠そう」


「朝は苦手ですわ」


 まったりと登場したフォルテは本当に気だるそうだった。それでもトレードマークのツインドリルは今日も煌びやかに輝いている。あの髪の毛だけはもしかして別の生き物なんだろうかと、アリシアはふと思った。



 残り少ない学園生活。今日も彼女たちの1日が始まった。


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