第21話 時は過ぎ去り





「前方11時、距離800、エメラルドドラゴンです。コイツはデカい!」


「ロックリザードの亜種でも出るかと思ったが、古龍ときたか」


 斥候の報告にガッシュは苦笑いだった。

 どうしても冬季演習のたびにこうなるのだろう。確か去年はオークエンペラーだったかな。2万に及ぶオークの群れは凄かった。

 そう今回は3度目の冬季演習なのだ。彼らは3年生になっていた。3年A組だ。


「裏を考えるのは後回しなうえ、中央の仕事だ。ライムサワー、『十傑』でいけるか?」


「総がかりではむしろ連携に難があります。自分勝手な連中ばかりですからね」


 その中にライムサワーも、そして王子自身も含まれているから笑うに笑えない。


「今年も持っていかれるわけか。フォルテ、アリシア」


「お呼びとあれば即参上ですわ」


「わたしはここにいます」


 二人はすでにガッシュの背後に立っていた。いつの間に、などとは最早言わない。それが彼女たちだから。


「討伐せよ。ただし素材を最大限に残してくれよ」


「はいっ!」


「殿下がご所望とあれば」



「もう2年かあ」


「楽しい日々はあっという間ですわ」


 素材を大切にと言われれば仕方がないから、眼球に貫き手を突き入れるのは止めておこう。ついでに逆鱗を剥がして握りつぶすのも。内臓も勿体ないから、熱系魔法は控えねば。


「『ドロップ・ヘクトパスカル』」


 初手はアリシアの風魔法、彼女らの中では空気操作魔法だ。

 疾駆するエメラルドドラゴンを中心に気圧が低下した。たかが低気圧と言うなかれ。生物にとって気圧変化は様々な生理現象を引き起こす。頭痛、めまい、平衡感覚の喪失などなど。すでに緑の古龍はベストコンディションではなくなっていた。


「本気だしたら、そこで終わりだもんね」


 そういうことだ。アリシアやフォルテが本気で気圧操作をしたら、物理現象で対象が絶命する。

 それじゃ面白くない上に、素材が台無しになりかねない。


「ではいきますわ。アリシアさんは相手の左側を」


「いきますっ!」


 相手は大層な重量と速度を誇る運動エネルギーの塊だ。

 まずはその速さを奪う。二人は10メートル目の前の龍に襲い掛かった。



 ごぐり。と重々しい音がエメラルドドラゴンの右後脚から響いた。正確には右膝だ。


「一本、もらいましたわ」


 跳び退きながらフォルテが呟く。

 先の瞬間まで、彼女は竜の右脚に絡みついていた。全身と四肢を使い、直径1メートルを超えるドラゴンの後脚を。


 小賢しい人間が己が身体にへばりついているという不快感にエメラルドドラゴンは憤慨し、そして前脚を振り上げ、後脚のみで立ち上がり、暴れた。それこそがフォルテの思い描く通りの流れともしらずにだ。

 右後脚を振り下ろした瞬間、フォルテが少しだけ力の向きを変えてやったのだ。自重による脱臼、それが先ほどの音の正体だ。人の全身を使った締め付きサブミッションだった。


「うるあぁぁぁ!」


 次に飛び込んだのは、大剣を持ったアリシアだった。右脚の力を失い思わず前脚を着地させた瞬間を狙い、荷重の乗った左前足首に剣の柄を叩き込む。

 ばぎぃんと音をたて、龍の足首が逆を向いた。


「やりましたぁ!」


「お見事ですわ。では仕上げといきましょう」


 遠くから学園の皆が見ているだろう。目に焼き付けろ。これが武だ、まだまだ先のある暴力だ。

 動きが鈍り、だらりと下がったエメラルドドラゴンの首を左右から挟み込むように、アリシアとフォルテの掌が押し込まれた。


 その日、二人はドラゴンスレイヤーになった。



 ◇◇◇



「古龍すら倒しきるか」


「恐ろしいまでの武ですな」


「昨年のオークエンペラーといい、こちらもかなり危険を冒して誘因したのだがな」


「それに立ち会う皇子殿下も、なかなか肝が太いかと。っ退避します!」


「見つかったか」


「動きはありません。しかしこちらを向いています。二人とも」


「わかった。ここまでだな」


 それっぽい二人は退場していった。



 ◇◇◇



「何処の連中でしょう。得物ごと功績をくれるのは助かりますが、少々不愉快ですわ」


「服は猟師でした。けどまあその内、動き出すんじゃないですか」


 龍殺しをやってのけた余韻に彼女たちは狂猛に笑っていた。やってくる障害など大歓迎だ。お膳立てに期待をしよう。



「やったね、アリシア」


「凄い」


 二人がかりでエメラルドドラゴンを運んでいたら、途中で声がかけられた。

 ピィコックとグラス、どちらも『ソードヴァイ派閥』の幹部である。初登場のグラスは一つ下の2年生で、フルネームはグラス・バレット。速さと目の良さ、器用さからアサシン的バトルを得意とする有望株だ。

 ピィコックはといえば、その2年でアリシアとフォルテから直々に鍛えられた。本人は泣き言をこぼしていたが、今では全てを砕くと噂される『振動拳』の使い手として知られている。


「お見事です、フォルテ様」


「すっげえな、フォルテ様」


 続いて現れたのは『オーケストラ派閥』のヘルパネラとキャーンパルネだ。これまた初登場はキャーンパルネ・イス・マキシム。マキシム子爵令嬢で、2年生。魔法と剣技の両方に優れ、終いにはフォルテの指導でエンチャントに目覚めた。優秀な魔法剣の使い手だ。

 ヘルパネラも成長を遂げた。これまた悪役令嬢とヒロインの助言を参考に、琥珀のブローチからレーザーをびゅんびゅん撃ちだす遠距離攻撃と、持ち前の躍るような剣技を使う遠近両用型の戦士としてこの場にいる。



 そうして陣地に戻ってみれば、皆が大歓声をあげて迎えてくれた。護衛は唖然としているが、学生側からしてみればついにやったか程度である。そこらへんの温度差が酷い。これが若者の常識離れか。

 ちなみに今回の演習、学園からは全員が参加していた。昨年は9割だった。いつの間にか『武を纏い知を得る』というのが学園の常識になっていたのだ。どうしてこうなった。

 そういうわけだからマジェスタもいる。


「とうとう倒したわね。というか、どうしてドラゴンが出てきたのかしら」


「さあ」


「とんと想像できませんわ」


 マジェスタの問いかけに、そしらぬアリシアとフォルテがいた。

 素っ気ない二人にマジェスタがため息を吐く。そんな彼女だが教わった空気操作魔法を駆使して、体の周りに温風を巡らせている。訓練と実益だ。学園での彼女は足の裏から熱風を噴出させて、空を飛ぶのを練習している。


「ご苦労だったな」


「やるじゃねえか。今度は俺の番だな」


 ガッシュとワイヤードも会話に参加する。


「それにしても、エメラルドドラゴンか。『敵』の思惑は置くとして、中央には土産になるね」


 例の喚問以来、すっかり黒い考え方が板についたライムサワーも登場する。



「さて皆の活躍でロックリザードとエメラルドドラゴンは討伐された。ご苦労だった」


「てことで、宴会だな」


「見張りは持ち回りだからね」


 幾度の精神的破壊と再創造を繰り返し、文武両道、王者の風を纏うに至ったガッシュ。

 頭の巡りがアレなお陰で魔法はとんと使えないが、超越者二人を除き学園最高峰の剣技を振るうワイヤード。

 学園基準でも一流の多属性魔法を行使し、どんどん王国の闇を知りながら王子の頭脳ともいわれるようになったライムサワー。ちなみにここでいう学園基準とは、王国基準のはるか上をいく。


 彼らもまた成長を遂げていた。


 ここまで名が登場したそんな10人に学園生たちは憧れ、目標とし、いつか抜かしてやると気勢を上げる。学園での生活は彼らをそんな高みに押し上げた。



 誰が呼んだか、これぞすなわち『ハッブクラン学園十傑』だ。


『次期王ガッシュベルーナ殿下』


『学園参謀ライムサワー』


『ワイヤードなる剣士』


『風掴むマジェスタ』


『琥珀輝斬ヘルパネラ』


『震える拳のピィコック』


『魔法剣キャーンパルネ』


『グラス・ボーパルブレード』


『悪役令嬢ヴィルフェルミーナ』


『アリシア・ザ・ヒロイン』


 序列はない。そんなことをしたら上の2位が固定されて、それ以外の順位を巡った8人が大喧嘩をするに決まっている。

 各人に得意不得意分野があるからこそ、様々な局面に対応できるのだ。それこそが学園の強さだった。


 二つ名については10日もかけて主にアリシアが考えた。そこにフォルテの監修が加わり完成されたのだ。



 ◇◇◇



「あーあ、もうあと4か月かあ」


「アリシアが卒業したら、寂しくなる。みんなも」


 ドラゴンステーキを頬張りながら、アリシアとグラスがそんな会話をしていた。


「わたしたちが卒業したら、グラスがトップかな。それともパルネかな」


「むむっ!」



「フォルテ様は王子妃として、わたしはどうしましょう」


「ワイヤードと結婚するのではなくて?」


 こっちはフォルテとヘルパネラだった。


「家に入るはいいのですけど、籠るのはちょっと」


「レーザーを使えば優秀な自宅警備員になれますわ」


「そういうのは求めていません!」



 この2年間、ことあるごとにフォルテとアリシアは戦ってきた。武でも知でも器でも。今日だってそうだ。

 決着はついていない。あと4か月、卒業式のその日まで。


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