第20話 『ハッブクラン学園の反抗』という物語





「台無しだ」


 ライムサワーの呟きは全員、特に学園側の人間の総意だった。


「確かにこれは酷い」


 ガッシュが続く。


「だが、実に彼女たちらしい。くくっ、ふははは」


 笑う王子に対し、最初は誰もが狂人を見る目だった。ああ、我らが未来の主君は壊れてしまったか。

 満足そうにしているのはアリシアとフォルテだけだった。


「同じことをもう1回言うけど、台無しだよ。フォルテ嬢、アリシア嬢。あははは」


 今度はライムサワーだった。自分の策が成ったと思った矢先に盤面ごとひっくり返されたのだ。腹立たしさもあるが、それよりも笑いが先に出る。


「まったく、面白過ぎる連中だ」


 ワイヤードはもっと単純だった。彼からしてみればそれなりには面白いけれど、意味が難しい茶番劇を見ていたような気分だった。

 そこに颯爽と現れた二人組。これが面白くなくてなんだ。



 そんな3人に引きずられるように、学生たちが笑い始めた。最初にマジェスタが、続けてヘルパネラが、そしてピィコックまでもが。

 ここまでの展開はなんだったのか。ピィコックやヘルパネラにしてみれば、アリシアとフォルテに乗せられて、その上でのちゃぶ台返しだ。


 だから笑うしかない。


「まったくもう、アリシアったら。酷いわ」


 ピィコックが言う。そこに不快感は感じられない。


「フォルテ様もですよ」


 ヘルパネラもだ。まったくフォルテときたら制御不能だ。なんでこんなのが派閥の首魁をやってるんだか。


「心中お察しします」


 本当に心の底からマジェスタが憐れんだ。ああそれなのに、自分はなんで笑っているんだろう。

 なんで『オーケストラ』にも『ソードヴァイ』にも入らなかったんだろう。



 学園生たちの青臭い反抗、そしてこの馬鹿馬鹿しい展開。ああ、このまま若人の意気を汲んでくれないかなあと、ガッシュとライムサワーは考えていた。そういうところに聡いマジェスタなんかも。笑ってしまったのは心からではあったのだ。いけるか?



 ◇◇◇



「静まれ」


 ダメだった。

 王の重たい声に、場の笑いは少しずつ収まり、最後は静かになった。

 本当なら宰相か近衛騎士団長あたりから王の御前なるぞ、くらいのセリフが出るはずだったが、なすべき者は現実逃避している。


「さて、オーケストラ、ソードヴァイ。どう始末をつける」


 もはや『嬢』などと呼ぶ気にもなれない王が、二人を責めた。

 もちろんフォルテとアリシアは動じない。

 

「始末とは?」


 むしろフォルテは問い返す。横でうんうんと頷いているアリシアが、王からすると最高に鬱陶しかった。


「問答をするつもりはない。首を差し出すか? 幽閉を望むか?」


「国外追放っていうのはどうでしょう」


 アリシアが両手を合わせて提案した。それは王家にとって最悪の展開だ。アリシアもフォルテもそんなことは望んでいないのは、この際関係ない。


「……あり得んな」


 王とて学んだのだ。ここで激高してはヤツらの思うつぼだ。相手の思惑は横に置いて、こちらの要求を通す。


「……ここまでですわね」


「流石は陛下、お覚悟が決まってます」


 なんと、あろうことか二人が折れた。かに見えた。


「わたしが出てきた理由は、みんなに見てもらいたかったからです」


「わたくしも似たようなものですわね。こんな事を二度三度起こされては学園生活が楽しめませんわ」


「ほう……」


 実は王の心臓はバクバクいっている。

 いつものノリで高みから相手を見下したものの、よく考えてみれば相手は超常の存在だ。それも2体。こいつらがここでその気になったら、自分の命はない。王家滅亡まである。どうしよう。



「ねえ、アリシアさん」


「なんですか?」


 そう言いながらフォルテがアリシアを見つめる。そこでアリシアは悟った。ああ、これは『乙女会話』だ。俗に目と目で語るというやつである。

 本来ならばこんなことはしない。フォルテもアリシアも己自身の才覚と判断で物語を綴っていくつもりだった。だがそんな暗黙の了解を破ってまでフォルテが語り掛けた理由とは。


「こんなの『シナリオ』に無かったはずですわ」


「ですねえ。面白がってノってみたけど、これってなに」


 会話の内容が詳細すぎるが、気にしてはいけない。


「いちおう似たようなのはあったけど」


「ええ、王城召喚イベントでしたわね」


 イベントはこうだ。

 主人公の武力と王子との親密度が一定を超えている場合、噂話が流れる。今回流れたのを10倍くらいに希釈した内容であるが、まあそんな噂を聞きつけた王と王妃が、関係者を呼び出すといった内容だ。


「たしか、わたくしが勝っていればそのままお流れ」


「わたしの総合パラが上なら、王様に一目置かれる、だったかな」


「なのになぜわたくしたちの処遇やら、王家の危機みたいになっているのかしら」


「壮大な謀略戦みたいになってます。ガッシュたちも何かキマってるし」


「登場したのを少々後悔していますわ」


「わたしもノリノリでした」


 なんのことはない、二人がやらかしまくったのが原因だ。

 そして彼女たちは聡明だ。大体自分たちのせいだと気づいている。認めたくないだけだった。


「どうしましょう」


「困りましたわ」


 4秒が経過していた。



「何を黙っておる」


 放送事故とは何秒からだったか。とにかく数秒で王は痺れを切らした。

 だがその態度がフォルテとアリシア両名に覚悟を決めさせる。


「では申し上げますわ」


 最初にフォルテが、続いてアリシアも王の前で跪いた。しかも片腕とはいえ、手のひらを地に沿えて。この国における完全服従の儀礼だった。これには王ばかりでなく、王妃も宰相も、その他全員が驚いた。

 王の鼻が少し膨らんだ。有能な人材ではある。ここは寛大な処置に抑えて将来の種とすべきか。

 ここで学生たちの反感を買うこともあるまい。卒業と同時の登用は控えておこう。などと彼の頭の中では自分に都合のいい結末が駆け巡っていた。


 そして落胆する者たちがいた。あの二人をもってしても、やはり無理なのか。権威の前には暴力も知力もひれ伏すしかないのか。ここまで付き合ってきた『友人』たちが諦めかけた。

 そもそもフォルテとアリシアが参上しなければよかったんじゃ? とは思わなかった。あまりの急展開にちょっと前のノリが吹っ飛んでいたのだ。なんかそんな雰囲気だし。



 ◇◇◇



 だから捻じり戻す。王の前にいる二人はクラッシャーであり、ブレイカーなのだ。


「同じことを言うだけですよ。わたしはアリシア・ソードヴァイ。舐めてもらっては困ります」


「同じく、ヴィルフェルミーナ・フォルテシモ・オーケストラを軽く見てもらうわけにはいきませんわ」


「なっ!?」


 ぴしっ、みきゃっ。

 妙な音がした。これまで聞いたこともないような、なんとも歪な音。いや、この場に数名いる。ガッシュ、ワイヤード、ライムサワー、ついでに言えば実はあの時、遠巻きに見ていたピィコック。この響きを知っている者たちだ。


「この音って、まさか……、あの時の」


 ピィコックが呆けたように呟いた。



 第1話にして繰り広げられた、フォルテとアリシアのファーストバトル。学園の廊下を軋ませ、破壊せしめた、その圧倒的身体能力。破壊されたモノはなんだったか。


「ここに王国民としての証を残します」


「同じくですわ」


 すっくと二人が立ち上がった。玉座のすぐ正面、大理石の床に残されていたのは、深さ1センチほどに凹んだ『手型』だった

 王はもう声も出ない。コイツらさっきまで恭順モードだったのに、どうしてこうなった?


「今後もわたくしは学園生活を送りますわ」


「卒業後は自由に進路も決めます。だけど」


「もしこの国に危機があり、わたくしの力が必要となりましたならば」


「その時はがんばります!」


 フォルテとアリシアが選んだのは力業だった。面倒くさくなったともいう。

 しかも言っている内容、王子が幽閉された尖塔にて三人で決めた落としどころを、一方的に通告しただけじゃないか。



「陛下?」


 いまだ機能停止中の王にフォルテが声をかけた。頭を45度くらいでチョップしたら治るだろうか。


「……あ、ああ。ああ、そうだな」


 どうする、どうする、どうする。かつてない程のクロックで王の脳みそが回転していた。


「うむっ、王国への忠義、確かに受け取った。この手型が残る限り、余はそなたらを信じよう」


 そして逃げた。ここでネガティブなことを言ったら、首をねじ切られそうな予感がしたのだ。

 ついでにフォルテとアリシアの目が悠然と語っていた。こっちも困った状況なので、ここらで手打ちにしないか、と。

 王とて伊達に長年統治者をやってきたわけではない。直感した。ここが見せ場よ。


「付け加えよう。この場に集まりし近衛騎士団長、魔術師団長、ローレンツ卿、オーケストラ卿名代殿。各々が立場での弁舌、見事であった」


 なにか良い事を言った。ちなみに近衛騎士団長とローレンツ伯爵は、この場で一切発言していない。ついでに一人だけ殿が付加されていた。


「さらにはハッブクラン学園の若人たちよ。派閥を超え、友を信じ、国に立ち向かうその姿、次代は明るいとそう確信したぞ。そなたらが政に関わる時代、王国は隆盛を迎えるだろう」


 王の中ではすでに、フォルテ・アリシア問題をガッシュの代に先送りされることが決定されていた。


「ガッシュよ」


「はっ!」


「大きく、強くなったな」


 最後の言葉を受け、全員が立ち上がり拍手を送った。なんだそれ。



 こうして『ハッブクラン学園の反抗』は終わった。

 物語はなんか良い話っぽく多数の脚色をふんだんに加えて、後世に伝えられるのだ。


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