第19話 ダイナミックエントリー





「殿下、お気を確かに」


「すみません。私が不甲斐ないばかりに」


「殿下、殿下っ」


「ごめんなさい。私の不徳の致すところです」


 宰相が繰り返し声をかけるが、ガッシュは壊れたレコードのように謝罪の言葉を繰り返すのみだった。



 最初こそシェーラの糾弾をなんとか受け流していた王子だが、30分もしない内にこのざまだ。

 今でこそ覚醒しフォルテへの想いは変質しているものの、やはり心の隅に残っていた傷を突かれると弱い。さらにはこれが出来レースであると、そう考えていた王子の甘さだった。シェーラはそんなことを歯牙にもかけず、ただ王子を責めた。


「まだまだ足りていませんが、王子殿下も深く反省したようですね」


「そ、そうだな。我が息子の行状、余も厳しく見守ることとしよう」


 シェーラが手を緩めたとみて、すかさず王が事態の収拾を図った。そのあたりはやり手なのかもしれない。


 だがお気づきだろうか。オーケストラの反乱容疑がうやむやになった上に、アリシアに続きフォルテの将来についても、配慮が必要となったのだ。

 先にも述べたように、この国の軍は、軍部と行政府の発議と王の裁可をもって動く。そのため、軍内部の人事についてはいくつかの制限が存在している。例えば、軍士官に軍部や行政府の高官縁者を採用してはならない。内部腐敗やクーデターを避けるための方策である。

 実際はそれを悪用して兵役逃れを狙う者も当然いるわけだが。


 そしてフォルテだ。王子妃が軍に編入? あり得ない。あってはならない。それが法の縛りだ。近衛は王直轄なので、また別なのだが。

 フォルテとガッシュの婚約破棄騒動は、この点に深く影響を与えていた。すなわち中央が画策したフォルテの軍送りがとん挫したことを意味する。



 ◇◇◇



「最後に王子殿下にまつわる風聞であるが……」


 場の空気は一致していた。もう、どうでもよくね?


「ごめんなさい。私が悪いのです。すみません……」


 王子の呟きだけが、謁見の間に流れていた。


「王子殿下も深く反省しているようですし」


 さすがに宰相が庇う。王家の威厳はボロボロだ。

 だけど今回の件に関して、王子が反省する点ってあっただろうか。裏の首謀者であっても、別にそれはバレてないのだから。


「う、うむ。学園の統制をとるのもまた王子たる者の責務。ガッシュには後日、余から話をしておこう」


「そ、そうね。時間が必要だわ」


 王と王妃までもが閉会の流れを作りだしていた。


 この段階で学生側の完全勝利は、ほぼ確約された。

 ライムサワーも息を吐く。やってやったぜ。

 学生という立場と貴族の反乱を利用はしたが、それもまた闘争の材料だ。この経験が将来に活かされることだろう。学園に戻ったら皆を労おう。ああ、これですべて丸く収まった。



「なぜ王子殿下が謝っているのでしょう。わたくしには理解できかねますわ」


「可哀相です!」


『翡翠の間』に女性の声が響いた。ここで聞こえてはいけないはずの声が。

 ここまでの議事内容をなにも聞かないふりをして警護を全うしていた近衛騎士たちが、一斉にバタバタと倒れた。だが、それを為した者が誰にも見えない。


「邪魔をされるのも面倒ですし、騎士たちにはおとなしくなってもらいましたわ」


 呼ばれていないのに、それでもヤツらはやってきた。

 悪役令嬢とヒロイン、主人公たちのエントリーだ!



 ◇◇◇



「話は全て聞かせてもらいました」


 聞いてたのかよ!?

 アリシアのセリフに全員が震撼する。


「ごめんなさい……。ん、私は一体、なにを」


「お気づきになられましたか殿下。高貴たる者、あまり情けない姿をさらすものではありませんわ」


「ふぉ、フォルテなのか。それにアリシアも」


 暴風をもたらす二人の言霊によるものか、王子が復活した。死地をのりこえたので、もしかしたらさらに強くなっているかもしれない。



「ここは謁見の間だぞ! 呼ばれてもいない者がいてよい場所ではない!」


 これには流石の王もブチ切れた。だけど姿は見えないので天井に向かって叫ぶ。適当だ。

 先ほどまでの喚問どころの話ではない。王城の、ましてや謁見の間に不許可で立ち入るなど、王家に対する反逆に等しい。


「ましてや近衛を打ち倒すなどと、なんという、なんということを」


 こっちもかなり不味い。警護中の近衛を無力化したのだ。体裁はどうあれ、これまた立派な反逆行為だ。


「近衛のみなさんは勝手に倒れました」


「おとなしくしたと、言ったではないかあ!」


 きょとんとした声のアリシアに王がツッコム。姿は見えていない。


「記憶にございませんわ。勝手に倒れられたので、わたくしも心配していますわ」


「抜け抜けと!」


 怪訝とした声色のフォルテにもだ。繰り返すが姿は見えない。


「どうするんだよ、コレ」


 ライムサワーは崩れ落ちそうになっていた。



「そもそも、わたくしかアリシアが近衛の皆さんを倒したなどと、証拠はおありですの?」


「ぐぬぬ。例えそれを見逃したとしてだ、貴様らはなぜここにいる!」


 証拠不十分にてそちらでは敵わないとみた王は、フォルテとアリシアがここにいることを咎めた。そしてここまでずっと不快に思っていたことを叫ぶ。


「とにかく姿を現さんかあ!」


 ヒーローモノで悪役が何処だ何処だやっていた状態である。どっちが正義でどちらが悪なのかはいまだ不明だ。


「ここですわ」


 ぱんと手を叩く音がした。フォルテとアリシアの姿があったのは、上座に向かって左側。王子を始めとした微妙に怪しいとされていた面々の対面だ。

 ここにそれぞれの立場をもつ者たちが、謁見の間の4辺に揃った。大した意味はない。



「これはお嬢様」


 まずはシェーラが跪いた。突如現れたフォルテに驚きもしない。我が主ならば、これくらいやってのけて当然のこと。


「おお、聖女殿。なんという、なんという魔法を行使されるのか」


 次は魔術師団長だった。崩れ落ちるように両膝を突き、崇めるようにアリシアに熱視線を送る。


「飛んできた、わけじゃねえな。最初っから、そこにいた?」


 ワイヤードが断言する。仮に二人が超速度で移動したとしても、今の彼なら察知くらいはできる。


「姿を消す魔法。あり得るの」


 マジェスタは思わず跪いていた。その上で問う。そんなことが可能なのかと。


「水魔法のちょっとした応用です。光学迷彩ですね」


「光学迷彩?」


「空気中の水分を使い、光を屈折させたのですわ」


「全部の壁が同じ様式だったから助かりました。注意してみたら気付いたかもですね」


 以上、アリシアとフォルテによる種明かしだった。



「そんなことはどうでもよい!」


 ちょっとの間だけ黙っていた王が再び叫ぶ。


「ことは王家に対する反抗だぞ!」


「あらまあ。近衛が倒れた? わたくしたちがここにるのが問題?」


「先にくだらないことを考えて、わたしたちを侮辱したのはそちらですよね?」


 王の怒声に全く動じることなく、フォルテとアリシアが言い返した。


「……なんのことだ」


 王が下座を睨む。

 ガッシュ、ワイヤードそしてライムサワーは知っている。だがそれに意味はない。言った言わないいになるだけだ。学園組の誰を糾弾しても仕方ない。


 フォルテとアリシアはそんなくだらないことに付き合うつもりは無かった。ただ単純に、言いたいことを言いに来ただけだから。

 よって上座に鎮座する王に迫る。本来ならば周りが諫め止めるべきなのだが、誰も行動に移すことができなかった。


「わたくしを舐めてもらっては困りますわ」


「同じことでごめんなさい。わたしを舐めてんじゃねーぞ、です」


 先ほどまで放たれていたシェーラのものとはまた違う、濃密なオーラが空間を満たした。シェーラは恍惚となってしまう。ああ、やはりお嬢様は一味違う。

 攻撃性は感じない。もちろんそこに温かさなんかない。だが重たい、重たいなにかがある。だからだれも動けない。



「別に出て来なくてもよかったんですけどね」


「まったくですわ。ですけど仕方ありませんわ」


 実も蓋もないことを二人が言い出した。


「で、ではなぜ」


 唸るように王子が返した。


「わたしを置いてきぼりで」


「わたくし抜きで話が終わるのが」


 学園組は察知した。アリシアとフォルテがとんでもなくくだらないことを言うぞ。

 ああ、これはまた場が荒れる。



「なんとなく面白くないからですわ!」


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