第18話 戦支度は侯家のたしなみ
「……陛下」
学園の平民がほぼ全員共犯だった。それを受けて、宰相が王様に振る。完全に逃げだ。
「スマリシオ嬢に問う」
「はいぃぃ」
可哀相なピィコック。
「自らが栄達したいなどと、そのために王子の名を出したのは、アリシア・ソードヴァイで間違いないか」
「は、はいぃ」
「……学生は停学1週間。アリシア・ソードヴァイについては、後日審議だ」
「流石は陛下、適切な判断と感じます」
ここぞとばかりに宰相が言った。いいのだろうか、その物言いだと共犯者にされるぞ。
「私からもアリシアには言っておきましょう。高みを目指すのは悪くないが、そのためには高貴なる者たちの立場も理解せよと」
「ガッシュよ、そなたこそ振る舞いに注意せよ」
「は、気を付けたく思います」
気にした素振りもなく、ガッシュは王に答えた。
◇◇◇
「で、では次にフォルマケイア家にまつわる風聞について、審議いたしたく」
まだ半分にもなっていないのに、宰相は疲労困憊だ。寿命がリアルタイムで縮んでいる気がする。
「ふむ、儂の出番ですかな」
魔術師団長が立ち上がって語り始めた。まだ指名もされていないのに、中々の胆力だ。実態は全く空気を読んでいないだけだが。
「……陛下」
「よい。言わせてみよ」
すでに宰相は王に発言を促すだけの機械みたいになっていた。
「娘がやっているフォルマケイア派の主張でしたかな? 儂も聞きましたが、なにが問題なのかさっぱりわかりかねましたな」
ああ、地雷はここにもあった。
「ハッブクランは先進国を銘打って、軍権を行政府と軍部の協議と定めておるではありませんか」
確かに事実だ。最終的には王の判断となれど、下からの意見は無視できない。そのあたりはこの国の凄いところと言えるだろう。
「その中でも魔法の頂点。いや、聖女が降臨された現状ではおこがましいですが、我がフォルマケイアが推移を静観するのは当然のこと。同時に中央に対し意見するもまた責務ですな」
「せ、静観と離反では意味が異なるのでは」
宰相が精いっぱいの反抗を試みた。
「しょせんは噂。尾ひれは当然のことであり、それに踊らされるなどとは情けない。せっかくですので明言しておこう。マジェスタはもう儂を超えている。我が孫の卒業を持って、儂は引退を考えておる。その後の人事は中央次第ですな」
地雷が爆発した。宰相も王も何も言えないでいる。横にいる近衛騎士団長は、あろうことか深く頷いていた。
「ただぁし!」
魔術師団長の声が大きくなる。
「もしこの国が聖女に対し無体な要求をした場合、儂が黙ってはおらん。よいな、マジェスタ」
「水臭いですわお爺様。わたしもアリシアの魔法には学ぶべきことが多いと感じております。一蓮托生ですわね」
「よくぞ申した我が孫よ。フォルマケイアの血は色濃く受け継がれておったわ!」
勝手に分かり合ってしまった祖父と孫であった。
確かに今ところ聖女、つまりアリシアに対し無体な行いは実施されていない。されていないのだが、じゃあしたらどうなるの? 潜在的敵対勢力の登場だった。
本来ならばここで近衛騎士団長も立ち上がり、堂々と世代交代を宣言してもいいところなのだが、彼にそんな気概は残されていなかった。よってスルー。ワイヤードの出番は消えた。
「ところで宰相殿」
「な、なにか?」
ほとぼりが冷める前にとばかりに、魔術師団長が宰相に水を向けた。
「我が孫はそちらのライムサワー君と婚約関係を結んでいるわけだが、どうお考えかな」
「それは……」
「お爺様、意地悪が過ぎます」
口ごもる宰相を横に、マジェスタがインターセプトした。
「お爺様の心意気は証明されたばかり。単なる風聞ごときでカクテル家との絆が壊れるなど、それこそ両家への侮辱です。それにそのようなことを言ってしまえば、中央に後ろ暗いところがあるように聞こえるではありませんか」
ああ、言いたいコト言い放題だ。
「それは確かに。根拠もないうちから考えすぎたか」
「よい。フォルマケイアの誇りは受け取った。だが口が過ぎるぞ。例え冗談でも、叛意があるなどとは申すな」
「これは申し訳ございませぬ。歳をとると、どうにも熱くなり易く」
「若輩の未熟、申し訳ございません」
王の言葉に対し、同時に膝を突く二人。仲良しであった。
これにてフォルマケイア派閥の流した噂はうやむやになった。
ただし、アリシアに仇為すことなかれという、巨大な釘がぶっ刺されたのだ。
◇◇◇
「では次にオーケストラ家についてであるが、その」
すでに宰相の心は半分がた折れている。最初こそわが身を守りつつ、王家の威厳もってノリだったが、今となっては早くこの場を終わらせたい一心だ。
「オーケストラ侯家名代として、発言をよろしいでしょうか」
満を持して発言したのはシェーラだった。実は喚問の当初から、彼女の隣にいた人物は距離を取っていた。殺気が物凄かったので。
間合いを遠ざけていた人物はローレンツ伯爵だ。それとその娘ヘルパネラはやることが無かった。いや、ヘルパネラには無いわけでもないが、せいぜい「フォルテにヤレって言われました」くらいのものだ。なので彼らの打順はスルーされたし、宰相も今更ヘルパネラに問うことも無かった。なにしに来たのか。
「オーケストラ卿は領地と聞く。このような場にも現れぬと」
王がちょっと不機嫌そうだ。極秘とはいえ当事者の親が参内しないのはいかがなものか。
「主様は戦支度にございます」
「なっ!?」
王が絶句する。王妃もだ。宰相と高官たちは口をパクパクさせることしかできていない。
「失礼ながら陛下、なにを驚かれているのでしょう。当然の行動かと存じます」
「戦とは、敵は何者だ」
「繰り返し申し上げます。わたくしはオーケストラ侯から全権を委任されし者でございます。その上でよくお聞きくださいませ」
王に対しまるで女王がごとき振る舞いで、シェーラが歌うように言葉を綴る。
「主敵は第1王子ガッシュベルーナ殿下、そして我らの行軍を妨げんとする全てにございます」
事実上の宣戦布告だった。これには流石のガッシュも苦笑いだ。
「謀反ではないかあ!」
「だまらっしゃい!!」
思わず叫んだ宰相に、シェーラの一喝が飛んだ。
「あり得ないどころではありません。噂話ですらあってはならない。出来うるならば、そのような風聞自体を消し去ってしまいたい。無かったという事実を確定させたい。非才な自分を打ち殺してしまいたい」
上級魔法の呪文がごとくシェーラが言葉を紡いだ。謁見の間はしんと静まり返っている。ここで何かを言ったらヤられる。そんなヤバいオーラがだくだくと振りまき散らされているのだ。
「風聞すら醜聞と化すというのは理解できる」
「わかっていただけますか!? ではそこな王子殿下の首を」
王が穏便にしたつもりで切り込んだ。が、返ってくるのは物騒な回答だった。
「ま、待て。我々は人だ。行き違いも時にはあろう。だが、話し合うことで誤解を無くすこともできる。それは、首が残っていてこそだ」
王とてなんだかんだ息子は可愛い。なんだが良さげなことを並べて事態の鎮静を図る。
「なるほど、陛下のお言葉、一理あります」
王様になんて口のきき方をと指摘するものは誰もいない。勇者とは物語上の存在なのだ。
「ガッシュベルーナ・フォレスタ・ハッブクラーナ第1王子殿下に問います」
女神が地上の民に神託を下すがごとく、その場の支配者が告げた。
「かの醜聞、真実や如何に」
「おっ、おう」
半分ブックだったはずだが、それでも王子が一歩後ずさった。
此度の謹慎を経て覚醒したはずだったガッシュだが、まだ足りなかったようだ。2では足りない。3か4が必要か。どこぞの転校生でもあるまいに。
「わ、私はフォルテとの婚約を解消する気はない。今のところ」
「んだとこらぁっ!?」
シェーラのメンチが飛ぶ。王子も王子だ。動揺しているとはいえ、余計なセリフを。
「言葉の綾だ! たとえば、たとえば、ほら。えっとライムサワー!」
「……不敬ながら、突然王子がお隠れるなることもありえますね」
「そう、それだ、それだよ。もし私が急病に、しかも不治の病を患ったとしよう。そんな状況ともなれば、私は婚約を解消したいと考える。フォルテには新しい相手を見つけてほしいのだ。私を愛してくれているのは嬉しい、だが、それに囚われ自らの幸せを見失って欲しくないのだ!」
「……なるほど、殊勝な心掛けですね」
シェーラの目つきは大したかわっていない。圧もだ。それでも王子に対し『殊勝』とは凄まじい暴言だ。
「確かに以前お会いしたときに比べ、幾分かマシな目になったかとは存じます」
「そ、それは私も成長くらいはする」
「当たり前です。お嬢様との釣り合いを考えれば、遅すぎるくらいです」
どんどんと不敬を重ねていく。いや最早不敬しか残っていないのでは。
「しかし、かの醜聞に含まれた内容が、余りに具体的すぎました。そちらについても問いただしたく」
「お、おおう」
ガッシュの背中はすでにぐっしょりと濡れていた。
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