第17話 平民の噂話など、右から左へ受け流す
「直に聞くしかないでしょう」
「……あの者どもを召喚せよと言うのか」
「手っ取り早いとは思いませんか」
ガッシュのあっけらかんとした提案に王が脂汗を流している。怖いのだ。ここまでした可能性がある学生たちと会うのが。
「危険ではありませんか」
宰相は心配顔だ。この場にいる全員が、アリシアとフォルテの武を知っている。どれほどの護衛が必要か。いや、そもそも護衛に意味があるのか。
王室側は知らないが、ワイヤードとヘルパネラだけでも結構ヤレてしまうのが現状だ。そこにマジェスタとライムサワーも加わる。もし平民枠でピィコックまで呼んだとしたら、近衛が崩壊するだろう。
「フォルテとアリシアを心配しているのですね」
そんな事実を知りながら、ガッシュはつらりと言ってのけた。王家としては聞きたくもないセリフだ。
「私は問題ないと考えます。彼女たちがこれまで、国に仇為したことがあったでしょうか?」
初手で学園の廊下をぶっ壊したのはノーカンだ、ノーカン。
「……現に今、風聞を流しているという疑いが掛かっているではないか」
「あくまで疑いです。それに陛下、彼女たちが怖いのですか?」
直球ど真ん中のストレートだ。160キロを多分超えている。
「ガッシュ、言うに事欠いて!」
王妃がキレた。王家が臣下を恐れるなどと、冗談でもあり得ない。
「私は怖くありませんよ。彼女たちは礼節ある淑女にして、忠実な臣下ですから」
煽る煽る。
「……」
そして黙り込んでしまう、王、王妃、宰相だ。どうする、どうしたらいい。
「ではこうしませんか。フォルテとアリシア以外を事前聴取といった体で召喚するのです」
「なるほど、それは良い案だな」
すかさず王が乗った。王妃も頷いている。
だけど宰相は渋い顔だ。なんといってもライムサワーが含まれてしまっているのだ。これはマズい。だが王が良い案と言ってしまった以上、意義は申し立て難い。
「5日後に喚問を行う。宰相、差配せよ」
「しかと」
ということになった。
王の命令だ、宰相としては是しかない。頭の中ではカクテル家に災いが降りかからないようどう対応するかが、ほぼ全てを占めていた。察知しているガッシュは鼻で笑う。
「それでは私はこれで。復学は喚問のあとがよろしいでしょうね」
それだけを確認し、王子は退室した。
「浅いぞ、宰相。そして父上、母上」
確かにフォルテとアリシアは王国に仇為す存在ではない。だが、これまではという条件が付く。これからはわからないし、そもそも彼女たちにとって仇の定義がどうなっているのか。
「あの二人の武も知も怖いだろうさ。だけど一番恐ろしいのは、その精神だ。さてどうなる」
ここから先はガッシュにも読めない。
◇◇◇
「面を上げよ」
宰相の声を受けて学生たちが頭を上げた。5日後、喚問である。
場は王城、『翡翠の間』。王城で一番小さい、秘密謁見に使われる部屋だった。喚問であるので上下関係はしっかり、だけど少人数でというわけだ。
「ふむ」
王が下座を見渡した。メンツはライムサワー、ワイヤード、マジェスタ、ヘルパネラ、そしてピィコック。アリシアが呼ばれていないので、代わりに平民代表である。仕方ないね。
対する上座は、王、王妃、宰相、それと軍部と行政府から数名ずつ。あと、近衛騎士団が沢山だ。なににビビっているのだか。
最大級の当事者たるガッシュは幾人かの近衛とともに、上座に向かって右側にある窓際に居た。近衛騎士団長、魔術師団長、ローレンツ伯爵、そしてなぜかオーケストラ名代のままになっているシェーラが並んでいた。要は怪しい連中って扱いだ。本来なら宰相もそこじゃないのか。
ついでに言えば、ソードヴァイの両親はいない。平民だからね。
「では審問を始める」
宰相の声は冷淡だ。自分は関係ありませんよと、そう言いたげに聞こえるのは、一部の人間の穿った見方だろうか。
「まず、ピィコック・スマリシオ」
「は、はいぃぃ!」
宰相が最初に声をかけたのは平民だ。与しやすそうなところから攻めて、主導権を握るといったところか。
「昨今王都に流れている噂、王子殿下がソードヴァイ嬢を引き上げようという話だな。聞いたことはあるか」
「あ、ありますぅ」
「ふむ。平民には平民の繋がりもあろう。そのような王子殿下の名を貶めかねない噂、出所に心当たりはあるか?」
「あ、ありますぅ」
「ふむ、噂話とは錯綜するもの。早々出所など……、あるのっ!?」
そこかしこ、主に喚問を受けている連中から失笑が漏れる。王子も胃の辺りを抑えていた。プルプルしてる。
「も、申せ! 出所を承知しているのだな!?」
「はいぃぃ、噂を流せって言ったのは、アリシアさんですぅ」
「……どのようにだ」
「わたしは王子様の寵愛を受ける身だから、将来の王妃になるんだから、足場固めにばんばん噂を流せって言ってました」
「……」
どストレートな内容に中央側が絶句する。さて、最初に再起動するのは誰か。
「そのようなバカげたことを、平民ごときが」
あ、ごときとか言っちゃったよ、王様が。
「ひぃぃっ!」
ピィコックはビビりまくりだ。だがそれがナイスだとライムサワーは笑みを浮かべる。人選は間違っていなかった。
それでいい。平民の噂など、いつでもどこでも発生する。不敬なんぞも気にしない。それがどうかしたかってレベルの話だ。
貴族の噂話の方が、よほど影響があってどす黒いぞ。
「はははは! まさかアリシアがそのようなことをな。確かに稀有の才能を持っていると評価はしたが、それが彼女を動かしたか」
かかと大笑いした後に発したガッシュの発言は、自分にも原因があるとも受け止められた。
同時にあえて『嬢』を付けないことで、親密さを表してみせている。
「ガッシュ!」
王妃が叫ぶ。だが、ガッシュは全く動じていない。
「いやいや王妃殿下、あれほどの才の持ち主。私が召し上げなくとも、王家でも目を付けていたのでは?」
「……ガッシュベルーナ」
ここに至り、王も気づいた。
第1王子はあちら側だ。
「改まってどうしたのですか、陛下。平民の噂話など日常茶飯事。ましてや栄達を願うものなどその筆頭ではありませんか。ああ、王城への愚痴も上位ですね」
「そなたの名が害されているのだぞ」
底ごもるような声になった王が、ガッシュに語る。
「反乱を企てたならば、あるいは外患と結託したならば当然罪を問うでしょう。ですがこのような程度の話、いちいち罰していては王都の民が半分となりますが」
逆に生き生きと、快活に返すのは第1王子だ。
「それで良いと言うのか、ガッシュ」
「この程度の風聞を聞き流せずしてなにが王家でしょうか。仮にアリシアを召し上げえるとして、当人の納得と、それ相応の待遇を与え、民の声に応えてみせるのが度量かと存じます」
中央の考えが傲慢であると、がっつりと釘を刺してやった。やったぜ。
「それでどうするのです? ここにいないアリシア本人は後回しにしたとして、首謀者のピィコック嬢もいます」
「ひぃぃっ。聞いてません! 聞いてませんー!!」
ピィコックが絶叫する。可哀相に。
「なにもピィコック嬢だけの話ではない。そうだな、ライムサワー」
楽しそうな顔をしながら王子が話をライムサワーに振った。
「王子殿下……、ここは喚問の場ですよ。奔放も大概にしてください。発言の許可を得ても?」
最後のセリフはもちろん宰相に向けられたものだ。
「……本件に関わることのみ、端的に述べよ」
宰相精いっぱいの言い含めであった。
「では、僕の調査した範囲では、アリシアの扇動に乗せられた者はピィコック嬢をはじめとして、学園全体で94名。もちろん全員平民です」
「8割を超えている!?」
余りの多さに宰相が絶句した。
「正確に申し上げれば、3年27名、2年25名、そして1年は42名。すなわち1年は全員です」
そして胸元から紙束を取り出した。
「本件に関わった全員の署名がここに」
喚問という名の反抗は、まだ始まったばかりだ。
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