第16話 覚醒した若者たち





「ガッシュを呼べ」


 ひと月後、王の出した結論は中途半端な対話だった。

 まあ王子を呼び出す事情が無かったわけでもない。



「ご無沙汰しております、陛下」


 けろりとした顔でガッシュが応接に入室した。メンバーは王と王妃、宰相だけという、王室側からしてみれば極限まで絞った陣容だ。


「座れ」


「はい」


 王と王妃は渋い顔、宰相は無表情だ。なるほどと王子は納得する。宰相め、親父にぶん投げやがったな。


「謹慎中の私をお呼び出しとは、ご用件は」


「そなたの謹慎は終わりだ」


「畏まりました」


 ガッシュは表情を変えない。今更王に乗せられて一喜一憂するわけもない。


「では、私はこれにて。復学の準備を致します」


 ついでにトドメとばかり、立ち去ろうとした。


「待て」


「まだなにか?」


「本題だ。そなたは知らぬだろうが、王国に不穏な噂が流れている」


 残念ながら目の前にその首謀者がいる。いや、首謀者の一人というべきか。


「それは私のような無役に伝えてよろしいモノなのでしょうか」


「それがな、そなたに深く関わってくるのだ」


 苦々しい表情の王と、不可解そうな王子。もちろん後者は演技だ。


「詳しくお聞かせいただけるのですか」


 つらりと王子は言い放った。



「なるほど。首脳部の見解は?」


 話を聞き終わったガッシュは宰相を見た。当然てめーでなんとかできなかったのか、という意味を込めてある。


「ことは王子殿下の名誉、ひいては王家の声望に関わるかと考え、奏上した次第です」


 宰相はまず、言い訳から入った。


「それはよい。で、見解は」


 ガッシュがにべもなく繰り返した。宰相の顔に朱が差す。この王子めがっ。


「……主張はバラバラですが、共通するのは王子殿下ならびに王家への批判と擁護です」


「ほう、で?」


「何者かが王国に混乱をもたらそうとしていると、それが軍部と行政府の共通見解となります」


 当然そうなるだろう。実際にソレを目指しているわけだし。


「帝国かな」


「その可能性は十分にあり得ます」


 ガッシュの問いに宰相が答えた。王国に仇為す者といえば帝国。これはハッブクランの共通認識だ。メタい考え方だと物語の一般的設定とも言える。

 まだ出て来ていないけど、いや、チラッと出てきたかもしれないが、王国に隣接し領土的野心を持つ帝国はこの世界、物語にキッチリ実在しているのだ。


『帝国の皇子が学園に編入してきたり、帝国と紛争になるシナリオもありましたわね』


『高飛車系俺様キャラでしたね。わたしはあんまり』


 フォルテとアリシアならそう言うだろうか。つまり状況次第で物語に介入してくる存在なのだ。



「ですがその線は薄いと考えております」


「理由は」


 宰相はまだ気づいていない。王子の口数が最小限であることを。それでも会話が成立していることも。そんな会話に、王は何かを感じる。なんだ、これは。


「まず明確な抗議をしてきたオーケストラ侯爵家は、その領地が帝国の反対側です」


「調略されていれば、挟み撃ちが成立するな」


「同時に調略が地理的に困難であることも意味します。事実、諜報課の報告でも帝国の色は見えません」


「なるほど。民についての扇動は?」


「ありえないとは言えません。これまでも散発的にあった事例です。ですが、ソードヴァイ家については問題ないかと」


「接触は確認できなかったか」


「はっ」


 この辺りで王が違和感に気付いた。続けて王妃も。気付けたのは親子の情かもしれないが、喜んでばかりはいられない。

 話の流れがスムーズすぎる。我が子、第1王子とはここまで聡明であったか。これではまるで、かの婚約者のごとくではないか。



「フォルマケイアとウォルタッチは?」


「フォルマケイア家ですが、あそこの当主はソードヴァイ嬢に心酔しているご様子。さらに近衛騎士団長は最近休暇を取りがちです。ですが、両家の王国への忠誠、疑うものではありません」


 宰相の顔が歪む。よりによって剣と魔法の両家がフォルテとアリシアにあてられて、おかしくなっているのだ。


「しかしフォルマケイア家にまつわる噂、中央と距離を置くという話ですが、あの当主ならば……、あり得ます。ただ魔法を追求していれば満足という御仁ですので」


 だからこそライムサワーとマジェスタを婚約させたのだ。せっかく魔術師団への発言力を増せると考えたのに。

 宰相はここでハッキリと言っておいた。カクテル家として関わりなしと匂わせておかなくては。


「ふむ、カクテル家とフォルマケイア家は昵懇だったな」


「最悪の場合、婚約破棄を考慮しております」


「まてまて、それは拙速にすぎる。両者とも私の学友だぞ」



 決定的キーワードが登場した。『学友』。


「そこが問題なのです。此度の一件、学園が絡んでいると思わざるを得ないのです」


「ほう」


「帝国がそのように見せかけてきた可能性は、十分に検討いたしました」


「抜かりは無しと。盲目的に学園を疑うようなマネ、宰相はせぬわな」


「御意に。ですがわかり易すぎなのです、不自然なほどに」


 宰相とてバカではない。学園が首謀者として浮上した段階で、裏を取るために奔走しているのだ。


「結論として学園が出所であると考えると、自然なのです」


「なるほど。続けてくれ」


 もはや宰相の報告は、施政者に向けてのものであるかのようだった。

 それほどガッシュが、第1王子が悠然と泰然と理路整然と報告を促しているからだ。王も王妃も出番がない。



「同時に不自然です」


「あからさま過ぎるということかな」


「そのとおりです。平民の嘆願は全て現学園生が絡んでいると思われます」


「貴族階級にしてもまたしかり、か」


 そうなるように指示したからね。


「首謀者が学園であれ帝国であれ、他の何者かだったとしても、あまりに不可解です」


「まっとうな頭を持っているなら別の出所を混ぜる」


「そうです。しかも、しかも……、学園1年の全員が何らかの形で共謀しているように見えるのです」


 もう宰相の顔面は真っ青だ。ここまでの証拠は学園の特に1年が行動していることを示している。しかも、その可能性が非常に高い。


 逆に王子は心の中で感動していた。自分の我儘に付き合ってくれるフォルテとアリシアはもちろんとして、ライムサワーもワイヤードも危ない橋を渡ってくれている。それどころか学園全体が。

 空手形になるかもしれない将来を見ている者もいるだろう。だがそれでも親や祖父母、貴族家現当主にかけあってくれているのだ。


 同時に気を引き締める。これは自分の力ではない。一部はそうかもしれないが、多くはフォルテとアリシアの威光によるものだ。今後彼女らの手綱を握るのではなく、共に歩み、二人が羽ばたけるような状況を作り上げてみせる。それがガッシュの決意だ。



「では仮にだ、学園に首謀者が居るとみて、それは何者だ?」


「大変申し上げにくいのですが、オーケストラ嬢、ソードヴァイ嬢、そしてライムサワー、我が愚息にございます」


「ははははは!」


 もう赤いんだか青いんだか、紫色の顔色をした宰相が告げると、ガッシュは大笑いで返した。

 これには王と王妃も唖然とする。


「ガッシュ! なにを笑っているのですかっ!」


 王妃が叫んだ。だが、王子の笑いは止まらない。


「傑作ではありませんか」


「なにがです!」


「もしこれが真実であるとしましょう。まだ学生の身でありながら、彼ら彼女らは中央を震撼させるほどの力を持っている。それに気付く事すらできる。それだけの才覚を有している」


「力と行動力は認めよう」


 ついに王が発言した。


「だがそれが王家に向けられているではないか。そなたが標的なのだぞ、ガッシュ」


 王の声は微妙に震えていた。気付いたから。

 発端は中央による、フォルテとアリシアの抱え込みだ。模索段階であったが、それを聞いた王子は激高し、ライムサワーとワイヤードはそれを持ち帰った。その結果王子は連絡を絶たれたので、意思を学生たちに伝えることはできなかったはずだ。


 だがもしライムサワーをはじめとする学生たちが、ガッシュの意を彼らなりに汲んだならば、そして行動に移したならば。


「ガッシュの名を貶めてでも、王家の意思を止める」


「付け加えましょう陛下。同時にフォルテとアリシアの名が落ちたとしても、学生たちの策謀だと気づかれても、いやあえて気付くように」


 ガッシュが王の言葉を引き継いだ。

 さあ、そろそろひとつの可能性に気付いただろう。これは学生たちによる反抗だ。理由は明確にして単純。


「彼らは中央、ひいては王家の策謀が気に食わない」



 だから引っ掻きまわしてやるんだ。さあ王家よ、どう出る?


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