第15話 青臭い反抗
『畏れ多くも王子殿下が我が娘を召し上げようとのこと』
『しかしながら娘は礼儀も弁えぬ平民ゆえ、少々の才はあれど王城などにはとても』
『できますれば家を継がせるか、娘の希望する生き方を選ばせたく、平に平にご容赦を』
「なんだ、これは」
「嘆願に見えます」
執務室の机に置かれた書式を見ているのは、宰相と文官だ。
「そうではない! なぜ今になってこのようなモノが!」
「そ、それは、王子殿下がソードヴァイ嬢を認めたからでは」
「殿下は謹慎中だ。そなたも知っておろうが」
そう、この文官、例の会議でアリシアを引っ張ろうとした張本人だった。立場としては総務事務次官クラスの子爵だ。
「この陳情については、しばし時間を稼げ。私は考えることがある」
「ははっ!」
文官を追い出し宰相は考え込む。
オーケストラの小娘と平民、そいつらは中央が狙う人材でもある。そんな二人にまつわる話が、なぜこのタイミングで。
王子は幽閉されている。宰相の頭にはガッシュの差し金であるという可能性は無かった。
「あ」
何故という思考が先に立っていた。一手目がオーケストラ侯爵という王国動乱の種がために気付くのが遅れた。
「アレらを中央で召し抱える。それを妨害しようというか」
仮に今回の話を事実無根として蹴飛ばしたとしよう。その後、今度は王家が召し抱える? コトは立太子が内定している王子の巨大に傷になる。子が失敗した件を王たる親が拭ったように見えてしまうのだ。
だがこのような噂が流れただけでも、王子にとっては汚点となる。誰も接触できない以上、これは王子の意思ではないはずだ。では誰によるものだ。
「オーケストラ嬢、ソードヴァイ嬢……。ライムサワー!?」
極限まで想像を広げた宰相が到達できたのは3人の名だった。ワイヤード? ないない。
しかし、息子が王子の意思を仰ぐことなく、ここまでやるのか。わからない。だがライムサワーは王子が謹慎となったことを知っている。中央がフォルテとアリシアを狙っていることもだ。
「知らせたと考えるのが自然だな。ええい、目付はなにをしている」
残念、知らせたのはワイヤードだ。彼のハンドスピードは、すでに間者の視線を潜り抜ける。
「小娘二人は王子殿下に心酔していると報告にあった。だが、これでは名を貶めるぞ」
自分たちの思わぬ通りにならないと知って、王子を見限ったか。そんな想像までしてしまう。
「足りん。情報が足りん」
結局は推測でしかないのだ。重要なのは真実の究明ではない、対応だ。
「陛下に奏上するしかないのか」
これは自分の手に余る。正確に言えば、ここで不手際を晒せば宰相の名に傷がつく。よって上に判断を仰ぐしかないのだ。これを聞けばあの王妃がなんと言うか、宰相は重たい気持ちで部屋を出た。
◇◇◇
「これが王子殿下ご自身の判断とも知らずに、ってところかな」
学園のとある教室でライムサワーが嬉しそうに言った。コイツ、父親が葛藤しているのを楽しんでいやがる。
入口はピィコックとソードヴァイ派閥数名がガードしていた。彼女たちもまた間者の能力を上回る人材だ。今頃1年A組では影武者たちが優雅に会話をしているだろう。
「ここから先はどうするんでしたっけ」
能天気にアリシアが発言した。もはやそれに呆れる者もいない。彼女がやる時はやる人物だと知れている。
「近衛騎士団長と魔術師団長が泣き言を言う予定だね」
ライムサワーがとんでもないことを言い出したが、半分以上事実なのだ。
ワイヤードの剣は父親を超えているし、それはマジェスタもしかりだ。しかも近衛騎士団長は心が8割方折れているし、魔術師団長に至っては聖女の信奉者だ。実子からの誘いもあって、ホイホイこっちに乗ってくる約束は取り付けてあった。
「2年後、僕たちの卒業式の後には、王国の武が入れ替わるわけさ。今から内定だ。良かったね、職に迷うこともないよ」
「俺は剣が振れればそれでいいぜ」
ワイヤード、それは兵の考え方で将たる者としてはどうなんだ。
「わたしはまあ、予定通りね。段階が飛ばされるから、下のやっかみくらいかしら」
魔術師たちが不満を持つかもしれないが、実力差で押し切ることになるだろう。がんばれマジェスタ。
「さらに王子殿下派、オーケストラ派、ソードヴァイ派、ファルマケイア派から、それぞれ噂を流す」
ライムサワーの提案は学園の全力を使うというものだった。
そうだ。今回の一件、学生たちの青臭い反抗でなければならないのだ。
「王子殿下派はこうだ。『次期王たる者のちょっとした我儘、なにが問題か』」
それにフォルテとアリシアは暴力的だと追加される。3人とも評判が落ちるだろうが、知ったことではない。そんなものは実績で覆す。
「ファルマケイア派はこうね。『こんなことをするバカ王子も、粗雑なフォルテもアリシアも相手をしていたくない。王国の未来が心配だ』」
マジェスタが引き継ぐ。
一歩間違えれば反旗に聞こえるが、マジェスタはライムサワーの婚約者だ。さあ宰相、あんたに疑いの目が掛かるぞ?
「ソードヴァイ派は簡単です。『流石は王子殿下、平民であろうとも優秀な者を引き上げようとは、慧眼である。両親は怯えているようだが、アリシア本人はその気になっている』」
アリシアもちゃんとわかっている。
「大手商会を中心に噂を広めています」
学園に通う平民は総じて優秀だ。当然教育をしっかりと受けた裕福層が多い。平民には彼らなりの力があるのだ。
「最後はオーケストラ派閥ですわね。こちらは単純ですわ。『婚約破棄? 領兵を上げての戦争をお望みなのですわね? オーケストラを舐めてかかっては困りますわよ』」
フォルテは戦争をお望みのようだ。提案を聞いたオーケストラ侯爵は疲れた目で、フォルテの話に乗った。もちろん侯爵の横ではシェーラの圧が放たれていたのだ。
これらの噂、もしくは脅しが本当ならば、王国分裂の危機となる。
武の象徴たるウォルタッチ伯爵家、ファルマケイア伯爵家、ついでにローレンツ伯爵家、そして西の雄オーケストラ侯爵家が離反する。無責任な民の噂が吹き荒れ、さらにさらに、宰相を輩するカクテル侯爵家も怪しい。とくに息子が。
「さて中央はどう出るかな?」
ここにきてライムサワーの覚醒だ。黒い黒い。
「これにかこつけて就職活動ねえ。逆に目を付けられないかしら?」
マジェスタがため息を吐く。
「代が変われば最恵遇ですわ」
「それに陛下だって殿下の廃嫡までは考えていないと思います」
「陛下からしてみれば、表立って負けなければいい。引き際に期待だね」
フォルテ、アリシア、ライムサワーがそれぞれ見解を出した。
「まだ脅しのネタはある。とことんやるさ」
結局は中央の負け方次第なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます