第14話 不可思議な噂話





 監禁された部屋のテラスで、ガッシュは独り月を見つめていた。

 どれくらいそうしていただろう、軽い風を感じた彼は振り向いた。そこにいたのは二つの人影だった。一体いつの間に、何者だ、などという陳腐なセリフは必要ない。この高くそびえる尖塔の最上階に人知れず現れ得る者など、国に二人だけだ。


「お待たせしました」


「呼ばれて参上いたしましたわ」


「面と向かって呼んだつもりはないがな」


 王城の片隅にある尖塔、その最上階にあるテラスに3人の人影があった。

 事実上の幽閉とはいえ相手は第1王子だ。露骨な警備は無い。精々階下に数名といったところだ。そもそも外からの侵入など前提条件に入っていない。彼女らに常識など通用しないのだ。


「つれないですわ。殿下が幽閉されたと聞いて飛んできたというのに」


 フォルテの言葉を聞いたガッシュは、それが比喩なのか、それとも文字通りなのか悩むくらいに余裕があった。


「物理的に飛んできました!」


「どうやってだ!?」


 そんな王子の成長っぷりをアリシアがぶち壊す。繰り返すが常識など関係ない。


「風魔法と土魔法の融合ですわ」


 ああそういえば、月夜の激闘をしていたときに飛んでいたな、二人とも。ガッシュは、改めて彼女たちの非常識さを思い知る。そして確信を深めた。

 やはり自分の行動は間違っていなかった。



「想像はつきますけど、どうしてこのような楽しい事態に?」


 当然のツッコミがフォルテから入った。


「あのまま中央にやらせておけば、国が堕ちるだろう」


「えー、そこまではしませんよ」


 アリシアがプンプンしている。可愛らしいのだが残念、ガッシュは彼女の中身を知っている。


「アリシア、仮にだ、卒業後に軍に入れと言われたら、君はどうする?」


「えっと、断ります」


「そうだろうな。ではそれが宰相、それに加えて陛下、王妃殿下一同の説得であったら?」


「それでも断ります。どこかの国が攻めてきて、王国の危機とかなら別です」


 アリシアはブれない。不敬とかそういうのはこの際目をつぶろう。


「わたくしたちにそでにされれば、王家の面目は丸潰れというわけですわね」


 フォルテにはすでに見えている。もしかしたら、王子が幽閉された段階で気が付いていたのかもしれない。


「君たちが直接中央と対立しては国が傾く。私はそう判断した」


「あ、だからですか」


 続いてアリシアも気付く。これにしてもあざとい演技の可能性がある。



「よって私が間に入る」


「でもそれじゃあ殿下が悪者に」


「悪者どころか、第1王子殿下に反意アリまであり得ますわ」


 焦ったようなアリシアと、さらに悪い状況をみるフォルテに対し、ガッシュが軽く笑った。


「色に狂った学生が親に盾突く、よくある話さ」


 ガッシュの言葉に、思わず女性陣がポカンとしてしまう。珍しく王子が二人から一本取った形だ。やったぜ。彼は心の中でガッツポーズを決めた。


「自分の婚約者、目にかけている女性、そんな二人に無体なことをしようとしている両親。未熟な息子としては反発して当然だ」


「あははははっ!」


「おほほほ! 随分とコトを小さくいたしましたわね」


 王子のあんまりな提案に二人が笑う。


「でも素敵です。いいですよね、若さゆえの暴走」


「だろう?」


 ガッシュはいたずらを成功した子供のように笑った。フォルテとアリシア、この二人と五分に対峙して、このように笑える人間が何人いるだろう。彼はそこに到達していた。

 ある意味壊れたと表現してもいいかもしれない。だが、それこそが若さだ。



「わたくしたちの得るもの、もしくは勝利条件をお聞きしたいですわ」


「そうだな。何がいい?」


「これから卒業まで、楽しい学園生活を保障してほしいです」


「それと卒業後の自由ですわね」


「それはいい、最高に困難な目標だ」


 三人の笑みが深く、黒くなっていく。

 行動理由が未熟でも、目標地点は王家の思惑を超えている。それを成し遂げる。

 思惑は一致した。



「さて私はしばらくここにいる。だが君たちのお陰で、外部との連絡手段が確立された。秘密のな」


「どのようになされば?」


「頑張りますよ!」



 ◇◇◇



「オーケストラ侯からの書状?」


 5日後、領にいるオーケストラ侯爵から王都に書状が届けられてきた。

 宛先は宰相。そしてそれを手渡したのはライムサワーだ。息子の顔が凍てついたように無表情なのが宰相には気に入らない。


「ふん」


 鼻を鳴らして封を開ける。面倒くさそうに内容を読み切った宰相は一瞬硬直し、少ししてから青ざめた。


「なんだこれは!」


「ざまぁ」


 ライムサワーが小さく呟いた。



『第1王子殿下にヴィルフェルミーナ嬢への隔意ありとの噂』


『少々優秀とされる平民に入れ込む様子』


『ことの正否を確認されたし』


 貴族用語で修飾されてはいたが、概ねそんな感じだった。ついでに第1王子殿下に対する、疑惑、不信、もし事実ならわかってんだろうな、こらぁ。といった内容も追加されていた。


「西のオーケストラが、このような、このような……」


 宰相は言葉を続けられない。かなり初期設定なので忘れられがちだが、オーケストラ侯爵家は王国西の要にして、屈指の武闘派なのだ。

 そもそもフォルテとガッシュの婚約は、オーケストラ家の武力を後ろ盾にせんとする思惑から始まっている。なにを今更だ。


「しかも全くのデタラメではないかっ!」


「ですがよろしいのですか、父上?」


「なにがだ」


「中央と西に軋轢が生まれるのでは」


「所詮根も葉もない噂だ。オーケストラ侯には釈明をする。あとは時が経てば」


 うまくいくといいですねえ。ライムサワーの心の声は、宰相には届かない。



 ◇◇◇



「名代?」


「はい。こちらに侯爵閣下からの委任状がございます」


 さらに翌日、王都カクテル侯爵邸に現れたのは、一人の侍女であった。名はシェーラ。お久しぶりです。


「では、ご用件を伺おうか」


「宰相閣下の下に参上いたしましたのは、手続き上の話です。オーケストラ閣下におかれましては、今回の流言、とても見逃すことはできないとのお言葉です」


「なるほど、オーケストラ侯が気にするのもわかる」


 正直宰相は訝しんでいる。なぜ目の前にいる侍女ごときが名代を名乗る。

 このような侯爵の格を下げるような行為、そのような愚かな判断をする男だったか? それとも娘可愛さのあまり、拙速を選んだか。



「わたしはフォルテシモお嬢様専属にして、唯一の侍女にございます。軽く見てもらっては困ります」


 シャーラはあえてフォルテをミドルネームで呼んだ。親しさを前面に押し出し、その上で気を放つ。


「ひっ!」


 フォルテに武術の基礎を教えた存在だ。フォルテ自身が前世の現代スポーツを知っていたとはいえ、シャーラもまた強者に属する者、その威圧は十分だった。へいへい、宰相ビビってる。


「閣下は当事者に直接話を伺い、疑念を晴らしたいとお考えです。宰相閣下には第1王子殿下への取次ぎをお願いいたしたく」


 その第1王子が幽閉されていることなど、シャーラも当然知っていた。さあ、どう出る?


「そ、その、殿下は今、病に伏されておいででな」


 古今東西使い古されている、病気だから会えませんよ作戦だった。

 一応昨夜の内に王陛下と王妃にはこの件は伝えられていた。出した結論は、時間を稼ぐ。仕方ないね。


「それは一大事ですね。ご快癒をお祈り申し上げます」


「これは丁寧に。感謝いたす」


 というわけだから帰れ。宰相の目が雄弁に語った。


「そういうことならば、また後日」


 そう言ってシャーラは辞去した。

 ソファーにどっかと座り込み、宰相は悩む。これは明らかに策謀だ。第1王子が幽閉されたちょっと後にこのような噂がもたらされたのだ。


「だが、この内容はどうなのだ」


 フォルテを軍属にしようと企んでいるのは中央だ。だがこの噂話、これでは第1王子がフォルテを遠のけようとしているように感じられる。何かがあるのはわかる。しかし狙いはなんなのだ。



「あの、閣下。陳情が……」


 翌日、王城執務室に文官が現れた。とても気まずそうに。


「陳情? 出所は」


「平民です」


 宰相の顔が歪む。


「平民の陳情など私が見ることもあるまい。その方らで決裁せよ」


 例の噂話の裏取りで忙しいのだ。そんなモノに付き合っていられるか。



「それがその。陳情を奏上したのはソードヴァイ家なのです」


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