第13話 転換点





「アレらをどう活用するか」


 もはやアレ呼ばわりだ。王国上層部の考え方にガッシュは震える。甘すぎる。危険すぎる。

 それと同時にモヤリとした感情も浮かんでくる。それが怒りとか憤りといった感情であることを自覚しつつある第1王子だった。


 最初の内こそ反論していたのだ。フォルテとアリシアの危険性、ブットビ具合なんかを必死にだ。学園内に送り込まれていた密偵たちの報告も合わせた。

 だがその現実がマズかった。非常識過ぎたのだ。人はあらゆる場面で自分の想像の範囲内で思考する。本能的に逸脱を嫌うのだ。そしてそれが間違っていたと目の前で証明され、気づいた時は、たいてい手遅れだ。


 王国首脳部もそうだった。数値としての情報は得ていても、額面通り受け入れることができなかったのだ。


『あの二人は危険すぎる。道具紛いの扱いをしてはいけません』


『それを御するのが王としての器でしょう』


 どうやって御するというのか。具体的な手法が一切ない王妃の言葉にガッシュは絶望したものだ。


「……」


 だからあえて沈黙を保つ。どうせ何かを言ってしまえば王や、王妃、宰相あたりがムキになるだけだ。

 ライムサワーはわかっていて敢えて、ワイヤードは何となく天然で黙っているんだろうとガッシュは想像して、会議の流れを半分無視していた。していたのだが。



「そこでどうですかな、お二人を卒業と共に軍部にお誘いするというのは」


 とても看過できないセリフが出た。

 どこのバカかとガッシュが視線を巡らせれば、そいつは前々回くらいの会議から参加していた軍官僚だった。確か参謀部所属だったか。


「諜報課から帝国に動きありとの報告も上がっております。近く軍部の増強案も提示されるでしょう」


 一応は理由付けらしきものもあるが、結局は発言権と戦力が欲しいということだろう。


「オーケストラ嬢、ソードヴァイ嬢については政経についても素晴らしい成績をお残しの事、せめてソードヴァイ嬢だけでも」


 文官も一応は提案した。アリシアを要求したのは、平民上がりを士官にしにくいという事実をつついたのだろう。バランスは取れている。


「だが、ソードヴァイ嬢の武、あなどれまい」


 宰相の横やりだ。要は政治にあの二人を関わらせたくないのだ。優秀であるが故、画期的な実績がある故、そして御する自信がない故だ。見苦しいことこの上ない。

 軍に放り込んで軍機という縛りで運用するのが楽であると、そう結論付けているのだ。もちろん王も、王妃も。



 ◇◇◇



 正直なところ、ガッシュにはフォルテとの結婚生活が想像できない。とてもとてもバイオレンスなんだろうな、というレベルでしか思考が到達しないのだ。出会ってから数分間だけ甘い夢をみたアリシアにしても似たようなものだ。

 だが、それとこれとは別だ。


「会議の流れを聞いているに、オーケストラ嬢、ソードヴァイ嬢の去就についてだろう。そこに二人の志望が含まれていないような感じるが」


 ガッシュが立ち上がり、当然の疑問を述べた。

 途端、場が静まる。要は参加者全員、わかっているというわけだ。


「……話し合いの場を設けよう。余と妃が誠意をもって話せばわかってもらえるだろう」


「なるほど、それはとても穏便でよろしい案ですね。彼女たちに通じるのであれば」



 ハッブクラン王国は王制を採用している。だが、完全なる中央集権国家とは言い難いのが現状だ。

 通信技術の発達していない文化であるが故、地方統治は各領を治めるものに多くの権限が委譲されている。そんな地方侯爵や伯爵などを、王家を筆頭とする中央官僚は苦々しく思っているのだ。

 さらに言えば、平民を無視することもできない。そもそもが500年前に平民が入植、興した国なのだ。民の支持を得られない王家など、意味がない。

 ハッブクラン学園に平民枠があるのも、その伝統をわかりやすく示すためだ。


「勅命などと言い出さないだけ安心いたしました」


「ガッシュ!」


 思わず王妃が声を荒げる。彼女からしてみれば、遠まわしにでも使いたいカードであったのだろう。だがこんな『安い』案件で勅命などを使えば、王家の評判は地に落ちる。

 内情は国の大事であれど、傍から見れば侯爵令嬢と、いち平民の人事をどうするかなのだ。王子の婚約者たる侯爵令嬢を軍に入れる? あり得ない。実家が食堂の平民子女を軍士官に誘う? こちらもバカげている。


「本人たちが望むならば、よろしいかもしれませんね。望むならば。ところでその場合、オーケストラ嬢と私の婚約はどうなるのでしょうか」


「……」


 王妃は悪鬼の表情で応え、王は目線を伏せる。そしてガッシュは、何故自分が婚約を盾に王家を諫めなければならないのかと嘆息する。



「しかしこれは国家の計ですぞ。慣習や、本人の志望などと言っている場合ではありませぬ」


「ほう? 私からしてみれば、その方こそ国家を潰さんとしているように感じるのだがな」


「なんということを!?」


 それっぽいセリフを吐いた宰相が絶句した。第1王子といえども未だ立太子もしていない無役の学生だ。格は明らかに宰相が上。それを公式の会議の場で堂々と否定してみせたのだ。

 これは、国家の軽重に関わる。


「立つな、ワイヤード、ライムサワー。発言は許さん!」


 思わず立ち上がり言葉を発しようとした二人をガッシュが止めた。


「……議事録には残さぬ。ただし謹慎せよ、ガッシュベルーナ」


「御意にて」


 王の言葉を受け、ガッシュは堂々と退出した。

 向かう先は、王城の一角にある尖塔。貴顕用のまあ、簡単に言えば独居房だ。もちろん書籍満載、ボードゲーム完備、風呂も完備されて3食ワイン昼寝付きではある。なぜかテラスもあり、歴史上で数名、そこから飛び降りて自死を選んだ者もいたとか。


「殿下……」


「……」


 ライムサワーとワイヤードは俯き、ぐっと手を握る。役割は与えられたのだ。


『時を待て』


 もちろんマークはされるだろうが、法を逸脱しない限り二人の行動を制限する理由はない。

 さて、どうやって父親を追い落とすか。と、ライムサワーは思索する。

 どれ、もっと強くなるしかないな。ワイヤードは決意を新たにする。


 尖塔に向かうガッシュの足取りに重たさはなかった。



 ◇◇◇



 などと、ちょっと重ために感じる話であったが、それをものともしない人物がいる。二人もだ。


 俗にいうクラッシャー。もう詰みであると思われる状況を、容易く打開する者。

 この場合、四角く黄色いボタンを付けて、宇宙を駆け巡る職業ではない。


 もしくはブレイカー。丹念に積み上げられた有形無形のことごとくを叩き壊す者。



「なるほど、そうきましたか」


 ピィコックから紙片を受け取ったアリシアが獰猛に笑った。ワイヤード経由だ。


「妙な手出しをせねば、王太子妃として、国母として王国100年の繁栄をお手伝いいたしましたのに。残念ですわ。とても残念ですわ」


 同じくヘルパネラから情報を得たフォルテも、また笑った。いや、嗤った。


「中々もって、殿下も頼もしくなられましたわ」


「殿下がここまでするからには、わたしにできることなんて、ひとつね」


「わたくしを駒扱いとは。素敵なやり方ですわね」


「さて、じゃあやりますか」



『シリアスになど、させてなるものか』


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