第12話 魔法? たしなむ程度には




「個人の武とは蛮勇か。指揮はせず、な」


 先日の冬季行軍レポートを読み、宰相はそう感想を述べた。

 なに言ってんだコイツ、というのが息子であるライムサワーの隠すところない真情だ。


「明日には陛下に報告せねばなるまいな。近衛騎士団長と魔術師団長がどう思うか」


 もはや彼女たちを個人の武で測るなどという段階じゃない。アリシアが女王でフォルテが宰相になったら、もっと良い国になりそうだ。ハチャメチャにもなりそうだが。ライムサワーはそう思うが、表情には出さない。殿下にも申し訳ない。

 問題はこの報告を受けて王陛下たちがどう考えるかだ。ああ、もういっそのこと、目の前の父親が失脚してくれると楽なのだが。

 カクテル侯爵家の闇は深まりつつあった。



 ◇◇◇



「今度は魔法が見たい、ですか」


「王城からの呼び出しは武力ばかりですわね」


 ヤバい。ライムサワーの背中を冷や汗が滝のごとく流れた。

 真冬なのに、教室内が暑い。そんな気がする。


「陛下主導のお呼びですもの、否はあり得ませんわ。魔法の可能性を模索する、とでも考えましょう」


「派手なのと、攻撃力とどっちがいいんでしょうね」


 同席していたガッシュの顔色が悪くなっていく。こいつら、どんな魔法を使う気だ?


「派手で破壊力がデカいのがいいんじゃないか?」


 瞬間、ガッシュとライムサワーはワイヤードを粛清すべきかを考えた。混ぜるな危険である。


「ライムサワー、止しておけ。ヘルパネラ嬢に恨まれる」


「しかし殿下、このままでは」


「いいのだ。私たちとてこちら側だろう」


 どっち側なんだ。

 ちなみに名前の出たヘルパネラだが、ワイヤードの婚約者である。すなわちフォルテ、マジェスタに続く第3の悪役令嬢なのだ。オーケストラ派幹部にして突撃隊長なのだから、ワイヤードとの相性はまあいいのだろう。彼女にまた、属性が追加された。

 現状ワイヤードがアリシアにまったく相手にされていないため、そこに略奪愛は発生しない。



「わたしもお呼ばれしているわ」


「マジェスタさんもですか?」


 ぽややんとアリシアが返す。1年A組は仲良しだ。


「わたし、これでも『学園最強の魔女』とか『100年に一人の逸材』とか呼ばれてるの。笑っちゃうわね」


 最強がいるなら最悪だっているし、100年どころか有史以来の人材がいることはハッキリしている。しかも二人もだ。これを笑わずしてどうするか。


「だけどお二人の魔法をまともに見たのは、最初の召喚だけよ。先日の火の玉魔法は話に聞いただけだし、なにをやらかすのか、興味はあるわ」


「やらかすとは失礼ですわね。エレガントに驚かせてさしあげますわ。それと先日の魔法は『ホーミング・クラスター・フレア』ですわ。アリシアさん、そうでしたわね?」


「はい。名前はわたしが考えました!」


 誘導式多弾頭型火炎魔法だった。思いつくのは知識チートで可能だが、実現させたのは当人たちの努力である。


「では折角ですし、皆で行きましょうか。殿下、よろしいですわね?」


「こ、この場合の皆とは?」


「わたくしとアリシアさんは当然として、マジェスタさんも招待された側ですわね」


 召喚ではあるが。フォルテにかかれば招待に化ける。


「殿下、ワイヤードさん、ライムサワーさんも同席は決まっているのでしょう」


「そうだ」


「加えて、ヘルパネラさんとピィコックさんを誘いましょう。ワイヤードさん、良かったですわね」


「おう、あいつも強くなったからなあ」


 別にワイヤードとヘルパネラが戦うわけではない。

 その日の夕方、アリシアに現実を伝えられたピィコックの胃は崩壊した。



 ◇◇◇



「やるようになったなあ」


「まだまだです。ヴィルフェルミーナ様の足元にも及びません」


「そりゃ俺もだ。デカすぎる目標ってのは、あるもんだ」


 魔法試験だったはずなのに、片隅ではワイヤードとヘルパネラが剣でバトっていた。


「仲睦まじいですわね」


「たしかに」


 訓練場を見下ろすテラスで、フォルテとアリシアはお茶を飲んでいる。

 他にはガッシュ、ライムサワー、マジェスタ、そして縮こまっているピィコックといった陣容だ。学園組が勢ぞろいしていた。


「待たせたな」


 そこに現れたのは貴顕組だ。学生側も十分貴顕ではあるが、当主ではない。王陛下もいることだし、一斉に膝を突いた。ピィコックが最速だ。フォルテとアリシアを上回るとは凄まじいことだが、それはどうでもいい。



「あれは、ウォルタッチの長男と、ローレンツの娘だったか。なかなか良い剣技ではないか」


「ははっ、有難きお言葉」


 息子を褒められた近衛騎士団長が礼を言う。言ったのだけど、内心は酷いことになっていた。

 あれって、もう自分より強くないか? しかも二人とも。

 息子とヘルパネラ嬢が卒業したら、即結婚させて自分は引退しよう。近衛騎士団長は将来を描いていた。


「あ、あの、なにか?」


「いえ、聖女様のお姿を脳裏に焼き付けたく」


 魔術師団長はアリシアをじっと見つめ続けている。孫も同席しているのだが。

 王国の近衛騎士団長と魔術師団長両名、すなわち剣と魔法の頂点がおかしくなりつつあった。首脳部はまだ、それに気づいていない。



「さて本日の主題だが」


 前置きをぶった切るように宰相が語り始める。


「先日のギガントトードを首魁としたモンスター異変。それは殿下たちのご活躍で見事鎮圧されました」


 露骨なおべっかに、内心ガッシュが顔をしかめる。ライムサワーも似たようなものだ。少なくとも学生側はどうして鎮圧が達成されたのかを知っているのだ。


「その際オーケストラ嬢とソードヴァイ嬢が変わった魔法を使ったとの報告がありましてな、是非後学のため披露していただきたいのです」


 敬語こそ使っているものの、目は剣や盾、要は武器を見ているような光を持っている。これに気付いた学生組の心にモヤっとした何かが生まれた。当のフォルテとアリシアはどこ吹く風だったが。


「炎を自在に操ると聞いておりますぞ!」


 被せるように魔術師団長が叫んだ。


「アレは結果として炎を攻撃手段にしていますが、実態は水、風、土の混合ですわ」


 もっと言えば光と化学反応なのだが、どうせ通じないと、フォルテは説明を端折った。


「実演を、お願いできますかな?」


「はいっ!」


 訝しむような宰相の言葉に、アリシアが元気に返事をした。

 ワイヤードとヘルパネラの演武は、とっくに中断されて、撤収を終えている。



 ◇◇◇



「ゆっくりやりますので、よく見ていてくださいね」


「頼みますぞ、頼みますぞ」


 縋るように魔術師団長が言う。それをみる孫、マジェスタの想いやいかに。


「まずは水操作で雪を鏡に変えます。できれば同時に空中の水も操ってレンズを作るといいですね」


「レンズとは、メガネに使っているものか。それをまたどうして」


「そうか、光を集約するのですな!」


 王様が呟くも、魔術師団長が遮った。


「正解です。地上の雪で出来た鏡も同じことですね」


 これについては魔術師団長がとてつもない天才というわけでもない。

 レンズについては、地球において紀元前から知られているし、ここは地球の技術を中世風にしながらごった煮したゲームの世界だ。



「次に風です。気流を操作して、光の焦点に高圧空気を作ります」


「なるほど! 燃焼性を高めるわけですな!! しかし着火物となると」


 ここらへん伊達に魔術師団長はやっていない。魔法と化学は常に共存しているのだ。アリシアとフォルテの知識がこの世界を逸脱しているのは転生者特権である。


「そこで土魔法です。土中から腐葉土を乾燥させたような可燃物を抽出します。そして着火」


 ずどぉんと爆音が響き、訓練場の上空に直径1メートルほどの火球が出現した。


「あとは風魔法で細切れにして敵を狙うだけです」


 アリシアの言った通りに火球は分裂し、訓練場の至る場所に着弾した。ただし半分程度だ。完全に手抜きしている。



「それで魔術師団長殿」


「なにかな?」


「あなたは再現可能なのでしょうか」


「無理だ」


「はあっ!?」


 宰相は間抜けな声を出してしまった。


「マジェスタはできるかな?」


「無理です、お爺様」


 やっとこさ祖父と孫の会話が成立したが、それはとてもネガティブなものだった。


「そこの宰相殿に説明するといい」


「簡単に言えば全て不可能で終わるのですが、もう少し詳細に言えば、まず最初の鏡とレンズの作成ができません」


「なにっ?」


「あれほどの広範囲に渡り、かつ微細な水操作など不可能です。それを集めて焦点を作る? 脳が破裂しますね」


「う、うむ」


「高圧空気の話にしてもです。そもそも何もない空間で風を掻き回して圧縮など、概念自体が初耳です」


「話を聞いたならば」


「では、宰相閣下。どうぞお手本を」


 できるわけがない。


「そして最後の着火物質の抽出もです。わたしには土のどれが燃えるのか把握できません。それを土魔法でやってのける。この魔法がどれだけの技術と魔力量と魔法操作と修練によるものか、想像もできません。以上です」


 マジェスタは最後に悔しそうな表情で言い切った。



「では、あの魔法はオーケストラ嬢とソードヴァイ嬢しか使えぬということか」


「今のところ、そうなりますな。今後増える気もしないと付け加えましょう」


 震え声の宰相に、魔術師団長がトドメを刺した。



 ◇◇◇



「わたくしも出番をいただきたく思いますわ」


 久しぶりのフォルテだった。


「そ、そうだな。オーケストラ嬢は例の魔法を習得しているとして、別の、出来ればもう少し簡単で効果的な魔法を持っていないのかな」


 宰相による随分と都合のいい要求だった。


「……なるほど、では」


 そうフォルテが呟いた瞬間、訓練場に残されていた雪が全て長さ20センチ、太さ5ミリほどの氷針と化していた。もちろん先端は尖らせてある。


「人間相手であれば、十分効果的かと存じますわ。単体水魔法ですし」


 けろりとフォルテがのたまう。



「できるのですか?」


「できるわけがなかろう」


「そうですか」


 王国上層部がその日に下した結論は、フォルテとアリシアは決戦兵器として考えるべしという内容だった。



 そういう中央の考え方が学生組との溝を作ってしまうことに、王家ならびに宰相は、まだ気付いていない。


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