第11話 カエルを狩るものたち
「ヘルパネラさん、状況は?」
「押されています。現在は魔法戦主力精鋭の1班と2班が頑張ってくれているところです」
「健闘ですわね。よくぞここまで鍛えたものですわ」
「有難きお言葉」
魔力量と魔法制御に長けた者を集めた、1班と2班。それがオーケストラ精鋭魔法部隊だ。だがそれも押されている。
フォルテといえばすでに、蹂躙されつつも陣地に迫るポイズントードを見ていなかった。視線はその奥にある。
「ところで突撃して混戦にはならないのかしら?」
「まだ中距離攻撃で敵を削れている状況です。そもそも突撃戦闘は最後の切り札ですので」
「そ、そう。ならばよしですわ」
おかしい、統制の取れていない彼女たちが最終的に混戦状況になり、面倒くさいことになる想定だったのだが。
それはソードヴァイ派閥陣地、アリシアの管轄でも同様だった。
「すごいね、やるじゃない!」
「頑張って鍛えたからね」
ピィコックが胸を張る。事実ソードヴァイ陣地も敵の侵入を許さず、また突撃をかける部隊もない。ただひたすら、精神を削るような中距離魔法戦を維持している。
「みんなすごいね。でも、なんでこうなっちゃたんだろう」
「アリシアの心意気じゃない? あとヴィルフェルミーナ様も」
「ええー?」
優良な兵士そして部隊とはなにか。様々な要素があるが、重要なものに『統制』と『平静』がある。士気の高さは言わずがなだ。
オーケストラ隊とソードヴァイ隊は、それらを有していた。学園での生活、滅茶苦茶ではありながらもキメるところはキメるフォルテとアリシアの在りようが、彼女らにそれをもたらしていたのだ。
強さとはなにも個人の武や魔法だけに依存しない。
◇◇◇
「それにしても、女子部隊の統制、ありゃなんだ」
男子組の前線指揮をとるワイヤードがボヤく。
「あの二人が関わったんだ、不思議はないな。10時、弾幕薄いぞ!」
「やれやれ、こっちはそろそろ弾切れ間近だ。騎士部隊出していいか?」
「騎士を出すのは賛成だ。だが、もう少し待て」
「殿下?」
ガッシュが会話に割り込んだ。しかも空中から。
「11時700にデカブツがいる。騎士にはそこまで道を開いてもらおう。二人に伝令を」
アイスピラーを3段重ねにして5メートルの空中に立ったガッシュは、冷徹に周辺警戒をしていたのだ。ライムサワーとワイヤードは感心する。初陣にしてこの行動、やるじゃないかと。
「ガッシュは落ち着いてるな」
「あの二人に比べれば、な」
ガッシュはワイヤードの言葉に苦笑を零した。
「なるほど、負けてはいられません」
将来の主たる王子殿下の成長に自分もと意気込むライムサワーであるが、ワイヤードも含めてすでに毒されているのは、学生たちの共通見解だ。成長しているとも言えるかもしれない。
「お待たせいたしましたわ」
「フォルテだけか。アリシアは?」
「北側にも大きいのが1体でましたわ。女子前衛部隊で血路を開いているころですわね」
オーケストラ、ソードヴァイ合同の前衛部隊。魔法戦に参加せず、ここまで温存されてきた彼女たちは身体強化のエキスパートだ。剣の技量も申し分ない。胆力に至ってはまっとうに騎士を目指してきた男子部隊を超えるのではと噂されている。
ちなみに隊長はヘルパネタとピィコックだったりする。
「敵に同情するよ。こちらもやるぞ」
「おう! 騎士部隊前進。俺に続け!」
威勢のいい声で、ワイヤードが先陣をきる。彼とて鍛錬は欠かしていないのだ。
遥か高みが近くにいる。それに憧れ、畏怖し、影響を受けた者たちが勇敢に動き出した。
◇◇◇
「ギガントトードね。どこから出てきたのやら」
ソレと対峙したアリシアがぽつりとボヤく。
自然現象? 自分たちが冬季行軍をして野営をした途端に? 可能性としてはゼロではない。だが、人為的な何かを疑うのは当然だ。
「大体シナリオなら、一番強くてもジャイアントヘルビートルじゃなかったっけ。おかしいなあ」
アリシアが腕を組んで考えてしまう。その両脇では、今まさに彼女の為に血路を開かんとしている前衛部隊。なかなかシュールな光景だ。
「ま、いっか。こういう話はフォルテに任せちゃおう。わたしのやることは」
彼女に影が差す。言わずと知れたギガントトードだ。大きく跳躍し、アリシアを踏みつぶさんとした行動だ。だが、アリシアは動じない。
「総員退避。残りはわたしがやります」
彼女が為すべきこと。この混沌とした戦場を、元の静謐な雪原に戻すことだ。
「わざわざ飛び込んで来てくれて、ありがとう」
「こんなものですわね」
一方フォルテはため息を吐いていた。とはいえ、頭上には巨大な顎がある。当然ギガントトードのものだが、それは落下しきれず、むしろ押し返されそうとしているところだ。
やらかしているのはもちろんフォルテだ。左手の先には周辺の雪を集めて固めたシールドが展開されている。単にカエルの表面に触りたくないというだけの理由だった。
「手が冷えるのが難ですわね」
右腕を覆うように青白い手甲が形成された。こちらも雪で作られているが、一部ポイズントードの血が混じっている。それ故の色だった。カエルに触りたくないのに、カエルの血が混じった雪はアリなのだろうか。
「手早く済ませますわ。総員退避。わたくしの戦場を作りますわよ」
「しかしまだっ!」
「一掃しますわ。退避なさい」
辺りにはまだポイズントードが残されているが、ワイヤードの抗議は受け付けない。
フォルテは全部に始末をつける気だ。
「やばっ、退避、退避だあ。巻き込まれるぞ!」
「さて、わたしたちだけの舞台ですわよ。存分に踊ってくださいな」
◇◇◇
「凄いと言うか、酷い、な」
「はいはい、通りますよー」
凍結させたギガントトードの舌を引っ掴んだアリシアが、陣地を堂々と行進する。得物といえば、手足が全てあらぬ方向に固定されていた。
答えは単純。アリシアがサブミッションでそれを為しただけのことだ。一応聖女候補だったはずだが。
「おどきなさいな」
フォルテもまた似たようなモノだった。これまた凍結させた足を握り、巨大カエルが引きずられている。所々折れた肋骨がはみ出しているのが、悲惨さを演出していた。もちろん殴った結果だ。
「ワイヤード、ポイズントードは?」
ガッシュが聞くと、ワイヤードは苦い顔をする。
「跡形もない。火の玉が飛んだと思ったら、全部燃え尽きた。素材も無しだ」
「そうか」
結局この戦闘、あの二人だけで十分だったんだろうとガッシュは確信している。
だが同時に二人に対する評価も上がった。あえて各人に戦闘経験を積ませたのだ。それこそトラブルであったとしても、今回の演習にはふさわしい結果と言える。
「オーケストラとソードヴァイの力も知れたな。これは、こちらも努力が必要だ」
「そうですね。ですが女子組、まだなにか隠しているかもしれません。あの二人のやることですから」
ライムサワーは疑惑の渦に巻き込まれていた。
「我らの勝利である。遅くはなったが、まあ良い夜食だ。勝ち鬨を上げよ!」
『おおおぉぉう!』
この人たちはポイズントードの肉を食べるつもりだ。毒腺さえ避ければ問題ないのだが。
「フグみたいですわ」
「ですねえ」
フォルテとアリシアはちょっと渋い顔をしていた。
◇◇◇
「殿下、そろそろ」
「そうだな。ワイズワンド卿、そちはどう見た」
「個人の武としては破格かと。戦場指揮については測りかねますが、士気向上という意味では稀有な存在でしょう」
「ならばどうする」
「戦わなければよろしいかと存じます」
「はははっ、良い答えだ。それでこそ一軍を任せられるというものよ」
「有難きお言葉」
それっぽい二人が新たに登場した。
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