第10話 野外演習は当然フラグ
「アリシアさん、わかっているとは思いますが」
「ええ。気を付けます」
「わたくしも引き締めますわ」
さて、そんな感じのフォルテとアリシアの会話であるが、ご存じの通り二人は転生者であり、このゲームのイベントも知っている。
『野外演習』。多数のゲーム世界に存在し、そのほぼ全てがフラグになるイベント。もちろんこの世界も例外ではない。ゆえに二人は覚悟した。
「自信はあるけど、他のみんなはどうします?」
「当然、全員無事に帰還させますわ」
「ですよねえ」
というわけだ。
現れるモンスターを倒すだけなら、なんら問題はない。いざとなれば、広域殲滅魔法だって使える。ただし敵味方が混戦にならない限り、という条件付きだ。
「どう考えます?」
フォルテが問う。
「まあ、混戦になるでしょうねえ」
「何故そう思いますの」
「フラグですから」
「……そうですわね」
揃って二人はため息を吐いた。
◇◇◇
「さて、冬季行軍演習だ。覚悟は出来ているな」
『はい!』
野営地までは10キロ程度だが、個人の食料や医薬品、野営装備などを満載した背嚢は重い。とはいえ、志願制の行軍だ。体力自慢が集まっている。
問題はなぜか半数が女子ということだ。今回の行軍にオーケストラ派閥とソードヴァイ派閥の少女たちが出張った。お陰で今年の演習は、通常の1.5倍の人数になってしまったのだ。彼女たちは何を目指しているのだろう。
「こうなれば精々大物が現れて、わたくしの面目を保ちたいものですわ」
オーケストラ派集団の先頭に立ちながら、フォルテが決意した。もうトラブルが発生するのは、彼女的に既定路線なのだ。
「ヴィルフェルミーナ様、設営が完了したとのことです」
なにもフォルテは設営をサボっていたわけではない。皆と一緒に、人一倍の力量でもってテントやら、簡易柵なんかを作っていたところに報告が来たわけだ。
報告者はヘルパネラ。いつの間にかオーケストラ派閥の幹部になっていた。
「そう、ご苦労様。ここも、終わりましたわね」
「あちらも終わったようです。やりますね」
ヘルパネラがちらりとソードヴァイ派閥の陣地を見た。
「むしろあちらの方が得意ではなくって」
「かもしれません」
軽く雪の積もった小高い丘に造られた陣地は、実戦を鑑みれば脆い。だが、少年少女たちが雪を避け、テントを張った。炊事場も作り、簡易的な柵まで設置したのだ。彼らにしてみれば、誇らしい城にも思えるだろう。
「はい、火と水よ」
「ありがと、アリシア」
アリシアが陣地に設置された竈に火を入れていく。ついでに鍋に水もだ。
手段は魔法。アリシアとフォルテにかかれば、規格外から極小まで調整された魔法で、火と水を生み出すことなどお手の物だ。もちろん定番の現代化学知識がベースにあることは言うまでもない。
「ほわあ、アリシアさんの魔法、凄いですねえ」
「えへへ、そうかなあ」
こちらはこちらで、ソードヴァイ派の幹部格に納まったピィコックが嘆息を漏らした。
せっかくのネームドだし、幹部に据えるのは有効活用だろう。ちなみに派閥外のマジェスタは、今回の演習は不参加だ。オーケストラ派閥とソードヴァイ派閥の硬派っぷりについていけない令嬢が集い、ファルマケイア派閥が出来上がりつつあるとかなんとか。
そして夜がやってくる。
◇◇◇
『ケロケロケロケロ』
「田舎を思い出しますわね」
「田舎? ヴィルフェルミーナ様が? 王都暮らしだったんじゃ」
妙なことを言っているフォルテにヘルパネラがツッコムが、華麗にスルーだ。
『ケロケロケロケロ』
「和むわー」
「そうかな、わたしはなんだか落ち着かないよ。アリシアは凄いね」
「いやあ、そんなことないよ」
アリシアとピィコックもまったりと夜を過ごしていた。
「……って、あるかーい!」
「ありえませんわ!!」
アリシアとフォルテが同時に叫ぶ。
「なんで、冬季夜営でカエルの声をBGMにしなきゃならないの!」
「冬ですわよ。雪景色の冬ですわ! なんでカエルなんですの!」
「モ、モンスターだ! 囲まれているぞぉ!」
「カエルタイプだ! ちくしょう」
さすがに陣地の各所からも声が上がり始めた。
この辺りはモンスターもほとんどいないはずだった。王家やら侯爵家の令息令嬢がいるのに護衛が少ないのはフラグ、いやそういう事情だったのだ。
そんな状況での可愛らしい鳴き声である。騙されてしまうのもやむなしと言ったところか。
「ふむ、これから彼女たちの言っていた事態か」
「殿下、どういうことですか!?」
妙に落ち着いている第1王子、ガッシュの言葉に宰相令息ライムサワーが驚く。
「フォルテとアリシアが揃って言っていたのだ。自分たちは何もしていないが、何かが起きると」
「そんなっ。あの二人が関わらずにこんなことが起こり得るなど」
ライムサワーはフォルテとアリシアを何だと思っているのか?
「そして言ったのだ。自分に任せろとな」
「まさか……、自作自演」
「ないな」
そう言い切る王子にライムサワーが危機感を覚える。大丈夫か、こいつと。
「彼女たちが、学友を危機に晒すと思うか? 良いところを見せたいなら、森にでも突撃するさ」
王家や近衛騎士ならまた違った見方をしたかもしれないが、少なくともガッシュ、ライムサワー、ワイヤード、その他学友たちはフォルテとアリシアという人物を、ある程度理解しているのだ。
「だが彼女たちだけに任せるわけにはいかないな。後で笑われてしまう。ワイヤード、戻ったなら報告だ」
「偵察いってきたばっかりなのに、人使いが荒いなあ」
「いいから」
ガッシュの言葉にライムサワーも追い打ちをかけた。
「じゃあ、驚かないで聞いてくれよ。モンスターはポイズントード。数は大体で6000以上。完全に囲まれてるぜ」
◇◇◇
「6000以上。だけどそれじゃ終わらない」
「多分、大物がいますわね」
超人的聞き耳をもって、アリシアとフォルテは状況を察知した。追加で今後の予想まで建てている。ちなみに6000のポイズントードにビビってはいない。
個人で蹴散らすことは可能であるし、それ以前に彼女らには頼もしい味方がいる。
「王子殿下より伝令です。南方を男子組で対応するので、北を二つに分けて『適切』に対処して欲しいとのことです」
「拝命賜りましたわ」
「がんばります!」
報告を終えた伝令は逃げるように去っていった。女性軍団の中に男が独りはツラいのだ。
「殿下もわかってらっしゃるようですわ」
「楽しくなってきましたね」
「ええ、殿下たちも始めたようですわ。陣形をライムサワーさん、前線指揮はワイヤードさんかしら」
「密集隊形からの魔法攻撃ですね。妥当です」
フェルテとアリシアがポンポンと会話を転がす。
「ならば参考にいたしますわ。ヘルパネラさん、『演奏を開始なさい』」
「こっちも負けられないわ。ピィコック、『剣を突き立てて』!」
意味ありげな二人の言葉だが、大した意味はない。それぞれの派閥に対する戦場委任だ。
「畏まりました!」
「わかったわ!」
そうして、副官と化したヘルパネラとピィコックが陣地に走る。やるべきことはさっき見た。
「ヴィルフェルミーナ様からの命令よ。訓練の通り5班に分かれて。中距離魔法戦闘よーい!」
ヘルパネラが叫ぶ。貴族令嬢たちが整然と陣形を組んだ。誰も慌ててはいない。オーケストラ派は動じない。
「フレアで様子を見る。初手は2と4! てぇい!」
2班30名程から放たれた『フレアフレイム』は、広範囲攻撃用散弾だ。威力が落ちる代わりに曲線軌道を描き、広範囲に火炎弾をまき散らす。
「……2、……1、……着弾」
「効果判定!」
「……およそ3割が行動停止、2割が進軍遅滞」
「追撃、1、3、5、撃てぇい」
本来ならばきゃいきゃい言いながら大混乱するはずの、女子部。彼女たちの勇猛な戦いは始まったばかりだ。
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