第9話 派閥ができたよ




「わ、わたしは入りませんからねっ」


「いえ別に強制も勧誘もしていませんわ」


「そうですよ、入るも出るも自由なんですから」


「無形の圧力が凄いんです。いえ、お二人からってわけではなく」


 フォルテとアリシアに対峙しているのは、マジェスタ・エクサム・ファルマケイア伯爵令嬢。宮廷魔術師団長の孫娘である。ファルマケイア伯爵家は、別名魔術伯ともされ、王国魔術の最高峰と目されている。もちろん、フォルテとアリシアが現れるまでだが、魔術界において、二人は幸いまだ無名であった。

 ちなみに彼女、ライムサワーの婚約者である。つまりシナリオ次第では、フォルテと同じ悪役令嬢ポジになる人物でもあった。転生者ではない。


「オーケストラ派閥に、ソードヴァイ派閥ねえ」


 フォルテが気だるげに零す。

 ひと月ほど前、何故か第1王子がすっきりと漂白されたような表情を見せた頃から、謎の2大派閥が勃興した。いやまあ名前は謎でもなんでもないのだが。


「殿下に遠慮していたのでしょうか」


「さあ、当人たちに聞いてみてはいかが?」


「めんどうだからいいです!」


 謎なのはどうして入学して半年以上も経ってから、だったのか。



「ファルマケイアさんならご存じなのでは?」


「そ、それは」


「別に気にしませんよ。教えてください」


 帰りの廊下でフォルテとアリシアにとっ捕まったマジェスタは絶望に包まれていた。

 ここで耳目があったら終わりだ。彼女は素早く辺りを見回す。


「大丈夫ですわ、半径10メートル以内に人間はいません。そうですわね?」


「はい。あ、今14メートルになりました。こちらの視線に気づいたみたいです」


 フォルテとアリシアの見事な人間レーダーっぷりに、マジェスタは諦めた。


「怒らないで聞いてくださいね。まずはヴィルフェルミーナ様、あなたは王子の寵愛を受けていないという噂がまことしやかに流れていました」


「心外ですわ」


「そして、アリシアさん。あなたの場合は出自です。幾らなんでも平民が王妃はあり得ないと、成績と関係なく最初から相手にされていませんでした」


「そりゃそうですよね。じゃあなんで今になって」


「下地はあったんです。お二人の武威、知力、料理やダンス、その他もろもろ。元々隠れファンは多いんですよ。そして最近の王子殿下です」


「殿下が?」


「ああ、なるほど!」


 フォルテが怪訝そうだが、アリシアは何かに気が付いたようだ。


「そうです。殿下のお二人に対するあたりが穏やかで、それでいて公平なのです。婚約者や平民の友人というより、理解者として。そうですね、ライムサワー様や、ワイヤード様と一緒にいる時と似たような感じでしょうか」


「それが派閥の出来上がる理由?」


 フォルテはまだ理解に及んでいないようだった。



「フォルテ様、フォルテ様、要は鎖が無くなったんですよ」


 いつの間にか、アリシアはフォルテの事をフォルテと呼ぶようになっていた。


「派閥とは言われていますが、どちらかというとファンクラブですね」


「そうでしたの。勉強になりましたわ、ファルマケイアさん。そしてアリシアさん、これもまた勝負ですわね」


「そうですね。負けません!」



 ◇◇◇



 オーケストラ派閥は上位貴族を中心に、子爵クラスまでをメインとしたメンバー構成。それに対しソードヴァイ派閥は平民、騎士爵を中心としながらも、広く薄くメンバーが集まった。両派閥とも女性限定。男子禁制の硬派な世界だ。

 放り出された男子連中は、ガッシュベルーナ派閥、すなわち王子派閥が受け止めた。というか、男子派閥など王子派しか存在していない。なにせ第2王子は未だ12歳。担ぎ出そうという貴族は存在しないでもないが、現王と王妃、ならびに宰相が完璧に目を光らせている。


 つまり第1王子が王太子となり、未来の国王となるのは、王族の中では統一された意思だ。

 あくまで第2王子はスペアでしかない。ましてや今、フォルテとアリシアという強力なガードが第1王子についている。あらゆる意味で盤石なのだ。



「高貴たる者は、自らの力でかくあれ。血統や家を誇ることはあれど、笠に着ることなかれ。自らの行動を持って富貴たるものたれ。それだけですわ」


 フォルテの宣言に上流貴族子女たちが、ほうとため息を漏らす。


「かっこいい」


 だれかがひっそりと呟く。それはその場にいる全員の気持ちであった。

 力が足りない、知も足りない、他にも足りない物だらけだ。だけどまだ学生であるし、人間なのだから何かが足りなくて当たり前。フォルテはそれを努力で補ってきた。

 ならばわたしたちも。せめて心意気だけでも。それがオーケストラ派閥の総意となる。



「仲良く元気にやりましょう。平民だって同じ人間です。けど、貴族の皆様の誇りと血を尊重しましょう。仲良くするってそういうことだと思います」


 片やソードヴァイ派閥だ。

 アリシアが言うに、仲良くやりましょう。ただし、きっちりと貴族は尊敬しましょう。といったところか。もちろん尊重に値する相手に限るわけだけど。



 ◇◇◇



 そうして冬も直前となった頃、トラブルが発生した。


「ウチの派閥の子が、伯爵令嬢につっかかった?」


 最初の報告がアリシアにもたらされる。


「伯爵家の人間が、平民に手を上げた?」


 続いて詳報がフォルテにも。

 ちなみに、アリシアとフォルテは同じクラスだ。席こそ離れて座っているが、声は丸聞こえである。つまりどうなるかというと。


「どういうことでしょう」


「さあ、話を聞いてみない事にはなんとも言えませんわ」


 いきなりトップ会談となるわけだ。


「ここでは男子共の視線が煩わしいですわ。アリシアさん、出ますわよ」


「わかりました!」


 王子殿下やらなにやらがいるので、男子出ていけとは言いにくい。

 そしてフォルテとアリシアはアクティブに動くのが得意ときた。ならば即断即決。


「音楽実習室でいいですわね。当事者と派閥の幹部だけを集めてくださいまし」


「フォルテ様の言う通りにして。こちらも同じメンバーで」


 フォルテとアリシアが軽快に指示を出した。女子たちが動き出す。



「では、両者の言い分を聞きましょう」


「お待ちください、ヴィルフェルミーナ様。相手は平民ですよ。言い分を聞くなど」


「お黙りなさい。平民とて言葉を発する口を持ちますわ。高貴なる者ならば、それを堂々と受け止めなさいませ」


 フォルテの一言で、伯爵令嬢は蒼い顔で固まった。


「さあ、何があったの? 話してくれないとわからないよ」


「えっと、その……」


 アリシアに促された平民の子が口ごもる。そして少しの間を置いて、伯爵令嬢に対峙した。


「申し訳ございません!」


 そして深々と頭を下げ、謝罪した。どうしたんだ、これ。

 伯爵令嬢も固まっている。


「確かピィコック・スマリシオさんでしたわね。なぜ直ぐに謝罪をしたのか、理由を聞かせなさい」


「はい、わたしはヘルパネラ様のつけたブローチを揶揄してしまったのです。歳に見合わないと、思わず」


 対峙した、ヘルパネラ・ローレンツ伯爵令嬢が顔を歪ませた。それは怒りか悲しみか。


「スマリシオさん、わたくしこそ申し訳ありませんでした。衝動的に手を上げてしまいました」


「いいのです。ヘルパネラ様のブローチ、先日亡くなられたお母様のものとは知らず。本当に、本当に申し訳ございません」


 話は見えた。これはどう裁定したものかと、当事者二人と幹部がフォルテとアリシアをみる。



「ピィコック、歯を食いしばって」


「はいっ!」


 ぱぁんと破裂音が響いた。アリシアがピィコックの頬を打ったのだ。


「伯爵令嬢たる者が、コーディネートを怠るはずがありません。仮に違和感を感じたならば、その意味を探って。必ず理由があるはずだから」


「わかった。ごめん、アリシア」


 ピィコックはヘルパネラに続き、アリシアにも頭を下げた。


「じゃあ次はこちらですわね。ローレンツさん、歯を食いしばりなさいませ」


「わかりました」


 こちらもまた、頬を打つ音が皆の耳に届いた。


「平民の不見識に対し短絡に手を上げるなど、伯爵令嬢の、いえ貴族令嬢の為すべきことではありませんわ。さりげなく意味を伝える術を学びなさいませ」


「ご指導、ありがとうございます。そして、ピィコックさん、ごめんなさい」


「いえ、いいのです。わたしこそ、本当にごめんなさい」


 そう言って、ピィコックはヘルパネラに抱き着き、おいおいと泣き始めた。

 新しい友情の萌芽を見届けて、フォルテとアリシアは互いに向き合う。


「わたくしたちもまだまですね」


「わたしこそ」


「ではやりましょう」


「はいっ!」


 ずばぁぁん!

 先ほどとは比べ物にならない大音量のビンタが、両者から同時に放たれ、お互いの頬を打った。だが二人は微動だにしない。口の端から血をしたたらせながらも、両者は笑みを浮かべていた。怖い。


「さあ、次の時間は模擬戦闘ですよ。みなさん、気合をいれてくださいませ」


「頑張ろうね!」


『はい!』


 こんな感じのトラブルが何回か起こり、その度にフォルテとアリシアが出張って互いを諭す内に、本来対立すべき派閥は、むしろ貴族と平民の懸け橋となっていった。もちろん、毎回派閥のトップは血を流した。何故に。



 貴族たちよ、誇りを持ち、優雅に振る舞え。平民よ、奔放でありつつも、敬意を忘れるな。

 そうして、彼女たちは短期間の内に、精神的に大きく成長していったのだ。肝が据わったと言ってもいいかも。


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