第8話 月下武踊




「その方らの武、しかと見せてもらった」


 王城の奥にある王族専用応接室に集まったメンバーは、政府側から王陛下、王妃殿下、宰相、宮廷魔術師団長だ。

 近衛騎士団長は医務室直行になった。外傷自体は大したことないが、なにせ精神的には特大のダメージを負っている。さらに言えば気付いて現状を把握した際に、自裁を企てる可能性すら考慮された。現在は厳重な警備の元、静養中というわけだ。


 その他の出席者は王子、ライムサワー、ワイヤード。学友にしてスパイ組だ。

 最後はもちろん、フォルテとアリシア。当事者である。


「ふっ」


 王の言葉に、王子が思わず苦笑を零した。まだ分かっていないのか。似たような空気を出しているのはライムサワー、ワイヤードといったところか。


「ガッシュ、なにがおかしいのか」


 王陛下が思わず眉根を寄せる。


「やさぐれないで下さいよ、殿下。発案者は僕なのですから」


 そうしてライムサワーは立ち上がり、フォルテとアリシアに深々と頭を下げた。


「ヴィルフェルミーナ嬢、アリシア嬢、すまない。此度の仕儀、発案者は僕だ」


「構いませんわ」


「わたしもです。もうちょっと骨があるともっと良かったです」


 片やつまらなさそうに、もう一方は物足りなそうに、許しを与えた。


「そして陛下、僕はこうも言いました。『ほんのごく一部が伝わる』と」


「まさか、あれで手を抜いていた?」


 宰相が思わず立ち上がった。横では宮廷魔術師団長が未だに泣いている。カオスだ。


「今回、攻勢魔法は使用禁止とされていましたが、強化系魔法は禁じられていませんでした。当然近衛騎士たちは使っていた。ですが、二人はそれすらしていない。純粋な技と力で第1近衛騎士団を叩き伏せ、近衛騎士団長閣下を一蹴したのです。これが手抜きでなく、なんでしょう」


 ライムサワーが言い切った。これは必要な措置だ。あの二人の力を近衛一個騎士団を完封できる程度と認識され、その上で納得されても困る。



「そうだな、まずはソードヴァイ嬢に聞こう。君の持つ全戦闘能力と比較して、先ほどはどれくらいだったのかな」


 可憐な笑みを見せていたアリシアに、王が問いかけた。ちょっと脂下がってやがる。王妃と息子たるガッシュが冷たい視線を捧げた。


「1割5分、と言いたいところですが、2割ですね。閣下は強かったです」


「で、ではオーケストラ嬢は」


「わたくしは騎士団長閣下とはやりあっておりませんわ。悔しくはありますが1割5分。閣下と対峙したならば2割。つまりはソードヴァイさんと一緒ですわね」


 フォルテは心底忌々しげに吐き出す。アリシアとほぼ五分というのが気に食わないのだ。


「つまり、今回の5倍の数を相手することができる、と」


「それは素晴らしいですわ」


 王陛下の単純な言葉に、王妃が瞳を瞬かせる。


「ヴィルフェルミーナさん。あなたはどうしてこんな凄い力を隠していたの?」


「使う機会も、お披露目の場もなかったからですわ。鷹は爪を隠すもの。それだけのことですわ」


「ではこれからは、ガッシュのため、王家のためにその力を振るってくださるのですね」


「ええ、未来の王太子妃として」



 やっべえ、と学生スパイ3人組は冷や汗を流す。

 フォルテが王家のために? 王子のためならまだしも、彼女が力を発揮するのは自らのためだ。それ以外の光景が想像できない。そこを王国首脳部はわかっていない。彼女とアリシアをそんな風に捉えたら、国が、いや王国が滅びかねないぞ。


「それにヴィルフェルミーナさん、妃というものは、奥を取り仕切るのもまた重要な役割です。ご自覚はありますか」


 うわあ、妃として武はともかく、知でも敵わないと知っている故に妙なことを言いだした。いや合ってはいるのだけど、フォルテはそんな器じゃない。王子の汗が増える。


「重々存じ上げておりますわ、王妃殿下。その見事な差配、わたくし常々感服しておりますの」


「ならばよいのです」


 王妃はちょっとだけ溜飲を下げたようだ。

 実際には、虎に事務仕事をやらせるようなものだが、そんなものは適材適所だ。しかもその虎、普通に事務局長くらいならやりかねないから恐ろしい。ライムサワーは震える。婚約者を大切にしようと、再び決意する。乙女ゲーフラグが2度折れた。

 ちなみにライムサワーの婚約者だが、そこで涙を零し続けている宮廷魔術師団長の孫だったりする。



「そ、それに、ソードヴァイ嬢の武も素晴らしいものがあった。王国を探しても近衛騎士団長を倒せる者がどれくらいいるか」


 さすがにヤバいと思ったのか、宰相が方向修正を図る。だがそれもズれていると言わざるを得ない。

 アリシアの武? 渡り合えるのなんて、フォルテしかいないんだけど。脳内お花畑になりつつあるワイヤードですら宰相の発言をアホらしく思った。


「ありがとうございます!」


 そしてアリシアは、相変わらずアリシアであった。



 ◇◇◇



「あなた方はまったくわかっていないところから、ちょっぴり、ほんのちょっとだけ理解しただけです。特に母上、フォルテに安い挑発などと、お話にもならない!」


「なにを言うのです。わたくしは現実的なお話を」


「そういう次元ではありませんね。フォルテに奥を差配させる? 3日で完全掌握して後ろめたい親族閥など消えてなくなるでしょうね」


「なっ!?」


 王子が王妃の数少ない自慢を正面からたたっ切った。王妃が紅潮する。

 フォルテとアリシアが去った後の応接では、残ったメンバーで丁々発止のやりとりがなされていた。


「そこまでだ。ガッシュ、それは可能なのか?」


「可能不可能であれば、容易く実現するでしょうね。それをお望みですか? 彼女にそんなちっぽけなことをやらせるおつもりですか?」


 完全なやさぐれモードに入った王子が、放り投げるように言い放った。


「そうは言っておらん。しかしな、もう少し母親を立てることも」


「父上は対象外とでも?」


「な、どういう意味だ」


「武でも知でも、政治でも、取り纏めでも、父上は王としてフォルテになにか勝てるのですか? その血以外、なにが勝るのでしょうか。私には何一つありません。そして彼女たちの存在は、遅かれ早かれ表舞台に登場します。その時は王陛下よ、名声ですらあなたは彼女らに勝てますか? 私には無理ですね」


 王子による王権完全否定であった。血統のみが優位点、それ以外は全部敵わないと。

 これには流石の王もキレかける。宰相はほぼキレた。


「王子殿下は鼎の軽重を知らぬと?」


「知った上で言っている。ここでは面倒だ。ライムサワー、戻ったら宰相に説明しておけ。これは単純な優劣の問題ではない。フォルテとアリシアという存在そのもの。つまりは概念だ」


「わかっていますよ」


 ライムサワーが肩をすくめてため息を吐いた。ああ、時代は変わるなあ。そんな転換点にいる宰相令息は何を思うのか。



 ◇◇◇



「ふぅ」


 夕方が夜に変わる時間帯、この学園に入って以来、王子はここでこの時間を過ごすことを好むようになっていた。

 学園の事実上最上階、生徒会室の執務室から外に出たベランダだ。


「西に陽が沈み、月と星々の時間か」


 それは王家の凋落か、それとも日々の循環か。巨大で当たり前の自然現象を、身近な悩み事に投影してしまう、そんな自分の小ささに王子は苦笑を浮かべた。そんな時だった。


「なにかお悩みですか、殿下」


「アリシア……なぜここに」


 どうやってとは言わない。何故という意味合いだ。


「ちょうど下から見かけたものですから」


 前言撤回、どうやってここに来た。いや、アリシアならやってのけるか。


「まあいいさ。自分のちっぽけさを思うとね」


「まあっ」


 アリシアが屈託なく、ころころと笑う。


「殿下がちっぽけなど、あり得るものですか」


「そうか? ここの所、そんな事ばかり考えているよ」


「わたしやヴィルフェルミーナ様を見ていたら、ですか」


「まあ、そうだな」


「それは大きな勘違いです」


 そうして、アリシアは沈みゆく太陽を指さした。


「殿下は夜に星が光る理由をご存じですか?」


「いや、考えたことはないな」


「実は昼間も星は出ているのです。ですが、陽の光があまりに強いため、星の輝きは見えません。月なら薄っすらと見えるのはご存じですよね。それと一緒です」


「太陽が、王陛下やわたしで、星が君たちだとでも?」


「そこまでは言いませんよ。ですがひとつ確かなことが、明日もまた変わらず太陽は登るということですね」


 そうか、励ましてくれているのか。

 最初はその可憐な姿に惚れこんだ。その時間はとてもとても短かった。直後にアリシアとフォルテのファーストバトルがあったからだ。そこからは、怯えが勝っていた。


 だが半年もの時間が彼女たちの印象を変えていった。たしかに彼女らは、アホみたいな武と知を持つ。遠慮というものも知らない。だけど、その本質は直截にして奔放、そして真っ当だ。両者とも好ましい人物と言って差し支えないだろう。

 そこで気付く。自分はフォルテに対してまで、そう思っているのだ。あのいけ好かない女までをも。



「わたしは月ではありません。むしろ巨大な流星と言えるでしょう。ですが、その輝きを殿下のために使いましょう。王国の発展でも、国の繁栄でもありません。ただひたすら殿下の治世のために力を尽くしましょう」


 王子はポカンとした。アリシアが自分の必要性を、ここまで開けっぴろげに言ってのけたのは初めてだ。これではまるで。


「そこまでですわ」


 最上階のベランダであるはずなのに、さらに高みから底ごもるような声が聞こえた。

 彼女は巨大な月を背景に、腕を組んで立っている。そう、校舎の東西に配置された、東側の尖塔の、さらに尖った屋根の上に彼女は佇んでいたのだ。


「フォルテ……」


 何故かBGMが聞こえた気がする。とても彼女に似つかわしい、重くスローなテンポの悪の首魁を称える曲調だ。それでいいのだろうか。

 じゃーん、じゃ、じゃーん。じゃ、じゃーじゃじゃーん。なんだこれ。

 思わず膝を突きひれ伏しそうになる王子だが、流石に耐えた。一度屈服したら、本当に配下に組み込まれそうな気がしたのだ。


「しゅぅー、しゃうっ!」


 同時にアリシアが飛んだ。尖塔より少し下の屋根に、さらにそこを駆け抜け、西の、つまりフォルテの立つのと反対の尖塔の屋根へと。


「殿下、見ていてくださいね」


「今のわたくしとソードヴァイさん、いえアリシア嬢の本気を」


「な、なんだとっ!?」


「特等席ですよ、殿下」


「ルールですわ。王都はもちろん、校舎に被害を出さない。もちろん殿下に傷ひとつつけない。それだけですわ」


「わかりました!」


 それと同時に二人から漏れ出した魔力光が辺りを照らす。フォルテからは濃紫色、アリシアからは銀を帯びた白色光だ。

 すわ、魔法戦かと王子は身構えるが、そうではなかった。


「ずおりゃぁぁぁ!」


「ぬぅああぁぁぁ!」


 いつ跳躍したのかベランダの目の前、つまり校舎の中央部の上空で、二人はぶつかり合っていた。

 渾身の殴り合い。フォルテの拳が相手の頬を、アリシアの拳は敵の腹を穿つ。


「ぐはっ!」


「ぐぼぁぁ!」


 そして再び両者が尖塔にて立ち上がった。

 王子にはわかっていないが、二人は衝撃を最大限に逃がしつつも、意地を張っているのだ。王子殿下の前で膝など突かぬ、その思いが彼女たちを動かし続ける。



 攻防は続いた。時にはアリシアが校舎の屋上で、さらに空から飛びかかるフォルテを迎撃する。

 また時には、魔法、マイクロブラックホールを応用する形で空中で軌道を変えつつも、結局は殴り合う。

 ガンガンに身体強化魔法を施し、シールドを十重二十重に張り巡らしつつも、何故か両者の拳は届きあう。それが二人の実力だった。


「ははっ、昨日の模擬戦などお遊びではないか。2割程度? 5倍の敵? そんな数字で測れるものか」


 いつしか王子は笑っていた。苦笑でもなければ、自虐でもない。

 ただひたすらに自己を高め、それを王子に披露するためだけに、彼女たちは踊るように戦っている。それを受け止めずしてどうする。


 実はコレ、王子に格好良いところを見せるイベントなのだが、原作とはもう次元が違っていた。



「そこまでだ。見事であった。感服したぞ、二人とも」


 月が中天に差し掛かった頃、王子は二人を止めた。

 まさに満身創痍。身体のあらゆる個所から血は流れ、多分痣だらけだろう。骨折だってしているかもしれない。それでも彼女たちは笑っていた。


「今夜に限りはっきりと言っておきたい。婚約者や友人などという肩書ではない。私は君たちの強さを美しいと思った。思い知らされた」


「ありがとうございますわ」


「ありがとうございます!」


 婚約者よ、それでいいのか。


「この先も、その美しさを見せ続けてもらえるだろうか」


「はいっ!」


「もちろんですわ」


「そうか、ありがとう。ならば私も、矮小な私も、私なりに努力を続けよう」


 そう言って、王子は屈託なく笑った。もしかしたら、入学してから初めての笑顔だったかもしれない。


「真の強さとは魂の輝きですわ」


「自分なりの高みを目指し続けることこそ、わたしたちと同じ道だと思います」


「そうか、そうだな。やってみよう」



 月下武踊。この日、本当の意味で悪役令嬢とヒロインが戦い、そして王子がその意味を理解したのかもしれない。本質的に終わりのない戦いを。

 ところでコメディ要素は何処へ行った?


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