第7話 聖女降臨




「28! わたしの勝ちです!!」


「26。仕方ありませんわね」


「やったあ! じゃあ、団長閣下よろしくお願いします」


「な、なんだ、これは。なんなのだ」


 近衛騎士団長は、口をぱくぱくさせながらアホの子状態になっている。だがアリシアは容赦しない。


「さあ、先手は譲りますよー。いざ、尋常に」


「ぬおおぉぉぉ!」


 アリシアのセリフで我に返った騎士団長が横薙ぎに剣を繰り出した。もはや模擬戦のやり方ではない。相手の胴体ど真ん中を狙った必殺の一振りだ。

 その場にいた者たちは、騎士団長の剣がアリシアを確かに捉え、切り裂いたのを見た。幻視なんかではない。実際に剣はアリシアを両断していた。


「なかなかですね。普通の騎士様たちとはふた味違います」


 斬られたはずのアリシアが、けろりとした顔で騎士団長を称賛した。


「流石はヒロイン。やりますわね」


「フォルテ、アリシア嬢は今、何をしたのだ」


 すっごい悔しそうで嫌そうな顔をしながら、王子がフォルテに問うた。多分、この中で分かっているのは、戦っているアリシアとそれを観戦しているフォルテだけだろうという確信があるからだ。


「剣が通過する瞬間にのけ反って避けて、直ぐに戻しただけですわ」


「動いたようには見えなかったが……」


「……理由はいくつかですわね」


 不思議そうにフォルテが言った。見えてなかったのかよ、と言わんばかりだ


「ひとつ、ソードヴァイさんの動きが速すぎた。ひとつ、観戦している側が、騎士団長の剣に気を取られ過ぎた。ひとつ、ソードヴァイさんの見切りが鋭すぎて、最小限の動きしかしていなかった、ですわね」


「俺にも見えるか?」


 割り込んできたのはワイヤードだった。目がキラキラしてる。なんかそういうキャラで定着しそうな勢いだ。


「さて、どうでしょう。コツとしては、騎士団長の剣ばかりを追わないこと」


「じゃあ、アリシアを見てればいいのか」


「それでは意味がありませんわ。一点集中の視線など、戦いの最中では愚の骨頂。全体を見渡しながら戦いなさいませ」


「そ、そうか。助言、ありがとよ」


 そうなのだ。フォルテもアリシアにしても、それぞれの言い方こそ違えど、質問にはキッチリと答えてくれる。そこには嘘も打算もない、フォルテなら真っすぐに、アリシアなら花のように、疑問を氷解させてくれるのだ。


「ああそれと、あれくらいの動きならわたくしにもできますわ」


 ついでに余計な一言のオマケ付きだ。実にお得である。



 そんな最中にもアリシアは騎士団長の攻撃を避け続ける。まるで周りに見せつけるように、諭すように。


「おっ!」


「どうしたワイヤード」


 妙な声を上げたワイヤードにライムサワーが心配そうな声をかけた。コイツついに壊れたかって感じだ。


「今、アリシアの上半身がブれた。なあフォルテ、前に屈んで剣を避けたんじゃないか、アレ?」


「お見事ですわ。流石は我が学園、武の頂点」


「そ、そうか。アレがそうなのか」


 ワイヤード以外の全員が『武の頂点』って誰のことだとツッコミを入れる。


「見える人も出てきたみたいですし、そろそろ終わりにしましょう」


「愚弄するかあぁぁ!」


 アリシアの無邪気な笑顔に、騎士団長がキレた。しかし。


「愚弄もなにも、それだけ力の差が明白だということですわ」


「ヴィルフェルミーナ様は、開けっぴろげで楽しいですね」


 そう言いながらもアリシアは、騎士団長の踏み込みに合せて軽く前に出た。

 これまで避け一辺倒だっただけに、騎士団長の間合いが狂う。


「よいしょ」


 相手に背を向け、しゃがみ込むような低い姿勢をとったアリシアは、すでに騎士団長の右腕を捕まえ終わっていた。

 そのまま膝を伸ばし、相手の腰を背中に乗せる。すぽんと音が聞こえたようだった。

 一本背負い。この世界では、フォルテとアリシアしか知らないだろう。だがフルプレートと兜を装備した騎士には効果覿面どころではなかった。


「ぐぼあっ!」


 当人のプレートメイルの重量がそのまま騎士団長にダメージを与えた。恐らく呼吸もままならないだろう。だがアリシアは止まらない。

 投げ終わった姿勢からくるりと身をひるがえし、あおむけになった騎士団長の腹の上にまたがったのだ。はしたない? 残念、スカートの制服ではなく、本日のアリシアとフォルテは騎士服なのだ。



「決まりですわね」


 鉄扇をバチリと鳴らし、フォルテが悪い笑顔を見せた。それほど完璧なマウントポジションだったからだ。アリシアの剛力と体幹、技術、そしてこの世界には存在しない攻防態勢。詰みだった。

 フォルテがそう言うならば、近衛騎士の完全敗北にさえ目をつぶれば、はいはい終わりにできる。訓練場に一瞬だが弛緩した空気が流れかけた。


「喝!」


 そんな瞬間、フォルテの大喝が訓練場に響き渡った。


「決まりとは言いましたが、終わったとは言っていませんわ」


「その通りです。閣下、あなたは王陛下を守る最後の盾なんですよ。足掻いてください。最後まで諦めないでください!」


「ぐっ、があぁぁぁ!」


 騎士団長が最後の力を振り絞り、アリシアの拘束を解こうともがく。


「それでこそです」


 こんどこそアリシアが心からの笑みを浮かべたような、そんな気がした。


「ならば閣下、わたしも存分に猛威を振るいましょう」


 台無しだった。



 ◇◇◇



 フルプレートメイルはその剛性に対し、可動域を得るために部品を複雑に組み合わせて作られている。

 アリシアは無言で、そのパーツの接合部に貫手を放った。騎士団長の身体がビクリと麻痺した。そして抉り取る。


 がしゃんと音を立てて落下したのは、まず、肩のプレートだった。アリシアが剥ぎ取り、放り投げただけのことだ。

 右腕が露わになっていく、次に左腕、さらには両脚は爪先から丁寧に。アリシアが貫手を振り下ろす度に、騎士団長の身体がビチビチと跳ね。なんらかのパーツが無造作に放り投げられていく。その間、アリシアは笑顔で無言のままだ。


「だ、団長……」


 比較的軽傷だった近衛騎士が涙を流しながら騎士団長を心配している。見学に来ていた夫人が数人気を絶して倒れ伏した。

 おかしい。この小説は異世界恋愛ジャンルのはずなのに。どうしてこうなった。


 そしていよいよ胴体だ。内側に騎士服を着こんでいるので、見せられないよ状態ではない。ないのだが。


「ふむ、徹底した容赦の無さ、まさしくわたくしのライバルですわ」


 腕を組んだフォルテが感じ入るように呟いた。


「なあ、フォルテ」


「なんです? 殿下」


「アレはなんなのだ」


「これは異なことを。この光景を作ったのは、王室ならびに王国首脳陣ではありませんか」


 実はライムサワーが発案者であるのだが、乗っかった方にだって責任はある。


「殿下、そろそろ佳境ですわよ」


「フォルテ、私が正式に謝罪する。ここで納めてはくれないか。これではあまりにも」


 ふぅ、とフォルテはため息を吐き、そして言い放つ。


「両者が死力を尽くした上での状況ですわ。殿下、美しいとは思いませんか? 闘争の果てにある後継ですわよ」


 全然美しくないと王子は思ったが、それを口にしては危険だと、全細胞が警鐘を鳴らしている。

 そんな間にも、アリシアによる騎士団長解体作業は続いていた。がしゃんがしゃんと鎧だった物体が破壊されていく。蹂躙されていく。



「そこまでだ。それ以上は余が許さぬ」


 今まさに兜をこじ開けんと、両手で引き裂きにかかっていたアリシアが、ぴたりと停止した。


「『余興』はここまでだ。オーケストラ嬢、ソードヴァイ嬢、ご苦労であった。着いてまいれ」


「わかりましたわ」


「かしこまりました」


 フォルテは如才なく答え、さすがのアリシアも神妙に立ち上がった。

 近衛騎士団員たちが団長の下に駆け寄る。


「陛下少々お時間を」


「どういう意味だ?」


「ソードヴァイさんが治療を行うのですわ」


「みなさーん、動かないでくださいね」


 さっきまでの神妙さはどこへいったのか、太平楽な声と共に、アリシア得意の聖魔法が発動する。


「エンチャント・オーバーエリア。エクストラヒール」


 訓練場一杯にまで広がった魔法陣から、一気に回復魔法が放たれた。

 数瞬の後、けが人はいなくなった。


「おお、おぉぉぉ」


 宮廷魔術師団長が、両の眼からだくだくと涙を流して嗚咽している。


「聖女が、聖女様がご降臨なされた。おぉぉ、おぉぉ」



 これが後に『聖女の蹂躙』とされる一連の事件の顛末であった。


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