第6話 第1近衛騎士団の受難




「アレらとは絆を深めた方かよい」


「父上、いえ陛下は彼女らと仲良くせよ、と」


「そうだ。ライムサワーとワイヤードもだ。事によってはアリシア嬢を側室に迎えるのも悪くはない」


「父上はあいつらを知らないのだ!」


 王子がブチ切れた。

 フォルテを正妃にして、アリシアを側室!? 国は繁栄するだろう。だが王室の威厳は粉微塵だ。

 あれ? 一般人には大して悪くないじゃない。


「陛下は私に死ねと仰る!?」


「な、なにも死ぬことはないだろう」


「死とは、肉体のみにあらず。精神が死を迎えることもあるのです!」


「何もそこまでは言っておらん。両者を迎えることで、王国の繁栄を」


「その生贄に私を使うのですか! ならば父上、いえ王よ。あなたが両者を側室として娶ればよいではないですかっ!」


 王子の叫びは、まるで血を吐くが如くであった。

 同時に王妃の目がギラりと光る。


「ガッシュ!」


「黙りませんよ、母上。息子に重責をおっかぶせる親の意見など、あなた方は両親失格だ!」


「そこまで申すか」


「父上の想像の30倍から40倍は無体なのです!」


 なんで妙に具体的な数字なのか。



「畏れながら」


「なんだ、ライムサワー」


「殿下の言を、ある面で証明したく存じます」


「何を言っている」


「第1近衛騎士団とあの二人との模擬戦を提案いたします。さすれば、陛下にも殿下のご意思の、ほんのごく一部が伝わるかと」


 ライムサワーが勇気ある提言をした。通常ならばあり得ない。あり得ないからこそ、この状況なら意味を持つ。


「親父、無事を祈る」


 父たる近衛騎士団長に対し、ワイヤードが遠い目をしていた。


「安心しろ。イザという時は家督は俺が引き継ぐ」


 ついでに、戦後をみていた。

 幾たびかの経験を積み、もはやワイヤードにとって彼女らは『おもしれー女』から『関与しちゃならない女』に変換されていたのだ。10メートルの間合いから0.5秒で飛びかかってくる相手をどうしろと。



 ◇◇◇



「『シナリオ』にこんなのありましたっけ」


「記憶にございませんわね」


「でもまあ」


「挑まれたからには、勝利することだけですわ」


 王城の訓練場に呼ばれたヒロインと悪役令嬢はやれやれとため息を吐いていた。なにを今更。



「無力化? 温い、あまりに温い物言いですよ」


「なっ!」


 アリシアが朗らかな笑顔で近衛騎士団長の発言を覆した。


「死力を持って任務を全うしなさいませ。わたくしたちがあなた方を打ちのめしたならば、王陛下が害されると、そう意識なさいませ。殺す気で掛かってきてくださいまし」


 フォルテが追撃する。しかしその物言いは間違っていない。

 近衛騎士団、特に第1騎士団、通称『ガードオブキング』はそれこそが任務なのだ。


「それとああ、近衛騎士団長閣下。総員に兜を装着させることをお勧めいたしますわ」


「な、なにを」


「後になって首をやられたと言われても、困るだけですから。手足程度の骨折なら、すぐに治します」


 アリシアがダメ出しした。


「大楯をお持ちなさいませ。剣と槍をお持ちなさい。刃引きなど不要ですわ。常在戦場の心意気を見せてくださいな。わたくしとソードヴァイさんは今から王陛下を狙う刺客です。見事防いだ暁には、わたくしたちがその栄誉を称えましょう」


「殿下の婚約者とはいえ、何というモノ言い。ええい、第1騎士団全員、完全装備だ」


「騎士団長閣下もですよ」


「なにぃ!?」


 アリシアのツッコミが冴えわたる。


「閣下こそ『ガードオブキング』最強の盾じゃないですか。例外なんですか?」


「……槍持てい!」



「乗せられたか。ワイヤード、すまんな」


「いや、いいですよ。あの二人なら殺しゃしないでしょう」


 ガッシュ王子に答えるワイヤードの言葉には、達観が存在していた。


「それに、自分よりも高みにいる存在を知っても悪くない」


「親にそれを求めるのかい」


 ライムサワーのツッコミが入るが、ワイヤードは肩をすくめるばかりだった。


「あやつらは何を言っておるのだ」


「あれではまるで、オーケストラ嬢とソードヴァイ嬢が勝って当然のように聞こえますな」


「戯言よ」


 王陛下は宰相の言葉をぶった切った。



 ◇◇◇



「始め!」


 宰相が高らかに宣言した。

 片やフォルテとアリシアの二人組、もう片や近衛第1騎士団54名と近衛騎士団長。ちなみに定数は60名である。


「ソードヴァイさん、わかっていますわね?」


「はい、歩調は相手に合せて、乱戦も無しですね」


「よろしくてよ」


 勝手に分かり合っている二人であった。

 すなわち、フルプレートに武装満載の敵を速度でかく乱しない。さらには密集戦に持ち込み相手の自壊も許さない。


「報告と違うではないか。武器はどうしたあ!」


「いやですわ団長閣下。わたくしに言わせる気でしょうか」


「素手でいきます」


 快活にアリシアが言い切った。


「あらまあ、先に言われてしまいましたわ。それと申し訳ありませんけど……」


 フォルテがちょっとだけ溜めた。


「痛くしますので、慣れてくださいまし」


「押し出せ! シールドチャージ!!」


 頭に血を登らせた近衛騎士団長が叫ぶ。さあ戦闘開始だ。


 騎士団員は10名程を残し、残り40名が20名ずつ二手に分かれて、盾を構えたままフォルテとアリシアに突撃をかけた。

 とは言え、前面に出るのはせいぜい4名ずつ。普通に考えれば十分だ。突進力も縦深も。



「あーあ。あれじゃダメだ。手抜きしてくれてる内に取り囲まないと」


 ワイヤードが諦めたようにつぶやいた。

 横にいる王子も、そしてライムサワーもまた似たような雰囲気だった。


「むぬぅ」


 フォルテが力を込めた息を吐いたのは、第一階梯4名がまさに衝突せんとした。1メートル手前だった。

 軽く一歩を踏み出し、右掌を1枚のシールドに差し出しただけだった。


 どおんとけたたましい音と共に、隊列の一部が崩れた。いや、一人が止まってしまっただけだ。フォルテ自身は微動だにしていない。

 彼女の5指は相手の盾に食い込み、そのまま握り込むように文字通り掌握しつつあった。近衛騎士団正規装備たる鋼鉄とジャイアントフロッグ複合製の盾をだ。


「所詮はカエルの革ですわね」


「鋼鉄の剛性とジャイアントフロッグの弾性を併せ持つ騎士盾を……」


 王子は片手で目を覆い、天を仰ぐ。


「さあ。痛い時間ですわよ」


 ついにフォルテの右手は盾の中心部を握りしめ、動揺する騎士を後目にそのまま右側に回転、つまり外旋した。

 当然の帰結であるが、その騎士は腕を折りながら空中を半回転し、頭部を地面に叩き付けられた姿勢のまま昏倒した。



「ひとつ」


 ぼつりとフォルテが呟く。


「ふたーつ!」


 それと同時にアリシアの声が戦場に響いた。

 彼女はフォルテがやってのけた異常行動を、両手で一人ずつ、同時に敢行していた。ただし彼女の場合は内旋。巻き込まれた二人の騎士の頭部が空中で派手な音を立てて激突した。


「やりましたよー、ヴィルフェルミーナ様ー」


 まるでテストで100点を取った子供の様な笑顔だ。やってることは残虐極まりないけど。


「やりますわ、ね」


 それを見たフォルテは、背後で動けないでいる騎士の喉を左手で引っ掴んでそのまま持ち上げ、捻りを入れて地面に頭から突き刺した。


「こっちもふたつですわ」


「負けませんよー!」


「こちらこそですわ」



「なあワイヤード」


「ああ、第1近衛騎士団をモノ扱いだぜ。すげえ」


 ワイヤードの目はキラキラと輝いていた。ああ、ダメだコイツ。そう判断した王子はライムサワーに目を向けるが、彼は彼で死んだ目をしていた。


「何故広域魔法を使わない。身体強化をかけない。その程度の相手だというのか……」


 こっちもダメだった。王子はそれでも二人の戦いを目に焼き付けようと、戦場を凝視し続けた。



 戦いは終わっていない。


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