お前がおれの羅針盤だった

藍条森也

とめられなかった羅針盤

 よう、久し振りだな。

 おれのことを覚えているか?

 覚えてるわけないよな。お前にとっちゃおれなんてただのモブだったもんな。

 けど、おれは一日だって忘れたことはなかったぜ。

 お互い、まだ中学生だったあの日。

 おれの大切な幼なじみが海で溺れた。おれはすぐに海に飛び込んだ。泳ぎには自信があった。あいつを助けるのはおれだった。そのはずだったんだ。だが――。

 ちがった。

 あいつを助けたのはお前だった。

 中学水泳界のヒーローであるお前だったんだ。

 おれはそれが悔しかった。許せなかった。だから、おれも水泳をはじめた。お前を倒すために。だが――。

 お前はいつだっておれの前にいた。中学のときはもちろん、高校でも、大学でも。そして、オリンピック。お前に勝つどころか、一度だって、お前と肩を並べることが出来なかった。

 そのことがおれの人生を決めた。

 水泳こそがおれの人生になった。

 お前がおれの人生を決めた。おれにとってお前はまさに羅針盤、とめられない羅針盤だった。

 だが、どうだ。

 ついに並んでやったぜ。

 おれにとっては最初の、お前にとっては二度目のオリンピック代表選考。その場でおれはお前の隣に並んでいる。

 お前と同じ舞台で、お前と代表の座を懸けて戦うんだ。

 「今日こそとめてやるぜ。とめられなかった羅針盤」

 

                    完

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