終
終
綾峰学園高等部生徒会会長、汀・桔梗が「大切な人を救いに行く」と告げた翌日の金曜。
学園は、迫る放課後に向けて熱気と速度を増しながら、姿を見せない生徒会長にやきもきしていた。
大幅な遅刻の末に彼が現れたのは、幼馴染の役員たちが待つ昼休みの生徒会室。
ドアを開けた直後、全員が声をそろえて、
「「「「「「な、にいぃぃっ⁉」」」」」」
勢いよく指さし確認。
桔梗は能天気に笑い、
「なんだい? 今さら、僕を見て驚くことなんてあるのかい? 嬉しいなあ」
「いやいやいや! 梗さん、あの溢れんばかりの魔力はどうした、ん⁉」
「え?」
言われて体を見下ろせば、
「あれ? ないよ?」
「き、気づいてなかったんですか⁉」
恥ずかしながら。
となれば、六人の詰問の視線は気まずげに寄りそうマーカラへ。
半笑いの影神があからさまに視線を逸らすから、不倶戴天の少女が身を乗り出してがっしりとその肩を掴み捕えると、
「い、いやあ、おなかが空いて、つい……」
しどろもどろに、真実であろう言葉が吐き出される。
「つい、じゃねぇ! ついじゃねぇぞ! これみよがしなセリフ吐きまくった俺と三枝さんは、完全にピエロじゃねぇか!」
「ててて! 筋肉痛ひでぇんだから、驚かすな、ん!」
「大体、あの流れは梗さん大復活だろ⁉ あ⁉ 勘違いか⁉」
矛先が帰り、雪がこちらの肩をがくがくと揺するから、
「なんだいなんだい、寄ってたかって! 一番ショックなのは僕なんだよ!」
眉根に悔しさを刻んで、長テーブルをバンバンと何度も叩いた。
生徒会室には「まあ、確かに」というテンション低めの事実確認が蔓延。
だから桔梗は、全力の大激怒を見せつける。
「有り余る魔力でユッカのおっぱいを量産するつもりだったのに!」
「なんてこと考えてるんですか!」
被害者による即座の抗議は、しかしすぐに突風の渦の中へ。
「素敵! やっぱり梗さんは天才ね!」
「梗さん! 俺にも、俺にも一つくれ、ん!」
「安心なさい、一家に一ビッチさ。望むならまず与えよ、だよ」
「是だ。サエグサにも送ってやれ。発散すれば、盗聴などという犯罪行為もしなくなるだろう」
「じ、人権の蹂躙は犯罪じゃないんですか⁉」
「蹂躙⁉ 巨乳女子高生を、蹂躙⁉」
「やーめーてー!」
「……度し難いな。昨日の今日で、当たり前のようにアッパーを決めてくるお前らが、本当に度し難い」
笑い声に嘆息に、まあ悲鳴も織り交じって、生徒会室は賑わっていく。
「キョウさんの周りは笑顔ばかりね。例外もいるけど」
ありがたいことだ。
和らげた頬に感謝を込めて目を細めると、不意に肩書きを呼ばれた気が。
見渡せば、幼馴染たちも声を止めているから、疑問符を浮かべながら窓を開ける。
緑濃い晩春の風に乗って、
「おー、いたいた」
「ほらな! 声聞こえたもん!」
「会長!」
階下の職員駐車場から、やはりこちらを呼ぶ声が。
三人ほどの男子生徒のグループで、手にはコンビニのポリ袋。学生食堂のある綾峰には珍しい、買出し組のようだ。
彼らは金曜の午後という開放感に、自然と頬を緩ませながら確かめてくる。
「大事な人は助けられたのか⁉」
ああ、昨日の放送を聴いてくれたのだろう。
桔梗は一度、微笑む幼馴染たちを見渡し、マーカラに笑いかける。
手に入れたものを、手に留めたものを確かめるように。
頷いて窓に向き直れば、答えを待つ彼らへ口を開きかけた。
途端、目に止まる窓という窓が開かれ、屋上から身を乗りして、
「汀会長!」
「桔梗!」
「梗さん!」
「汀くん!」
「桔梗君!」
「会長!」
「会長!」
「会長!」
笑む皆が、口々に答えを求めてくる。
彼ら自身に直接関係ないはずの、少年が示した覚悟の行方を求めて。
……ありがたいことだよ。
心の底からあらゆる全てへ感謝を思う。
だから、頬に描く柔らかなしわは深くならざるをえなくて。
ただ一言の肯定を伝えるために、桔梗は大きく大きく、息を呑みこんだ。
美柳戯町戦キ譚カゲツミ -汀・桔梗は落ちる涙を許さない- ごろん @go_long
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