五英傑
私はしばらくして落ち着いてから立ち上がった。今はまだこの気持に区切りをつけることはできないけれど、これからきっと忙しくなって段々と忘れることもできるはず。そう信じて、私はペンダントを首から下げ服や必需品などを持って先輩の待つ車へと戻った。
「もう、行きましょう。」
「…わかった。」
きっと目の周りは赤くなって腫れているはずなのに、先輩は何も聞かずにいてくれた。
「これからは休みの日以外、任務に備えてなるべく一緒に行動する。部屋もこの部屋の空き部屋があるから、そこを使え。」
部屋に戻る途中、コツコツと足音だけが響き渡るアパートの階段を登りながらそう言われた。今までは同じアパート内だけど別の部屋を使っていたが、これからは同じ部屋を使うことになるのか……
「家事はどうするんですか?」
「それは…分担するぞ。」
妙な間があったが、予想していた答えが返ってくる。しかしそれには問題があった。
私は、料理ができない。
ヴィーナスに入ればあの美味しくない支給されたものを食べなくて済むが、その代わりに自分たちで料理するか本部の食堂で食べなければならない。前者は私にとって不可能だし、後者はできないこともないが多分許されない。
「あの…私、」
早めに言っておこうと思った時、先輩が玄関の扉を開けると同時に小さな物体が飛び出してきた。
「おーかーえーりー‼︎」
パルはそう言うと同時に私の顔にぶつかり、思わずよろける。
「どうだった?無事でちゅか?どこも怪我してないでちゅか?」
心配するように私の周りをくるくると回りながら質問攻めにされ、どこから言えばいいのかわからずにあたふたする私を見て先輩はこう言った。
「パル。落ち着いてよく見ろ。」
先輩に言われる通りパルは一度止まり、私を上から下まで見回した。徐々に理解してきたのか、小さな目を輝かせ嬉しそうに大きく翼を羽ばたかせている。
「やっぱり、僕の言った通りになったっちゅね!
さぁ、もうここがリネちゃんの家でちゅよ。早く入るでちゅ‼︎」
自慢げにそう言うパルは部屋の中に戻り玄関で私を出迎える。先輩も私に手を差し出し、私はその手をとって久しぶりに誰かのいる家に帰った。
それからの日々は、見学や訓練をしている時よりもずっと目まぐるしいほど忙しかった。先輩曰く、あの時は新人研修という理由で任務を減らしてもらっていたそうだ。
ただ壁の中でハデスが発生することは珍しく、任務のほとんどは壁の外での討伐だった。当然休みもほとんどなく、基本的に私たちはずっと一緒にいた。
そのせいか家族を失った悲しみや喪失感は自然と薄れていった。
とは言え、先輩は最強であるが故に任務に行ってもほとんど1人で倒せてしまう。だから先輩にはサポートしてもらい、私主体でハデスを倒すことも多い。最初こそ周りからの反対や批判の声も多く、私自身無理だと思っていた。
しかし先輩のサポートとこの銃のおかげでどんどん成長し、言い方は悪いが一般の隊員よりかは強くなっていた。もちろん、まだ先輩の足元にも及ばないけれど…。
そうして任務は順調だった。
「早くしろ!」
「どうしてそうなるんだ……」
「不合格。」
家ではそんな言葉が次々とキッチンから聞こえてきた。
「うぅ……なんでこんなに難しいんですか‼︎」
私は先輩の指導の元料理の特訓をしていたのだが、これはハデス討伐よりも難しいと個人的に思ってしまう。
「リネちゃん頑張れ〜」
隣ではパルが応援してくれているのをよそに、先輩の評価があまりにも厳しすぎて私は思わず泣きそうになる。それに私が料理をしているところを、腕組みをしてすごい形相で見つめてくるのもまた怖い。
そして私が今作っているのはオムライス。なんとか卵を焦がすことなくできるようになったが、最難関のひっくり返すと言う壁が越えられそうもない。特訓のせいでぐちゃぐちゃになったオムライスとは呼べない代物をいくつも2人で黙々と食べる日もあった。
1ヶ月が経ちこんな感じで当初よりは距離は縮められた気がするが、私は先輩について知らないことばかりだった。
いつからヴィーナスにいるのか?
どうして最強になったのか?
そして
ここに住んでいたであろう前の相棒の人について。
前に一度だけ聞いたことがある。
「先輩の前の相棒の人ってどんな人だったんですか?」
「…………」
先輩は何も答えなかった。
「じゃあ、先輩はいつからヴィーナスに?」
「5年前からだ。」
今度は答えてくれた。5年前というとヴィーナスが設立された当初からいると言うことになる。そして先輩の年齢を考えると当時は14歳。
どうしてそんな幼い時からヴィーナスに入れたのだろうか。
と思ったが、そこまで例外でもないような気がした。
ある日先輩と共に本部への報告を終え戻ろうとした時、誰かに声をかけられた。
「よぉ、レオ!久しぶりだな‼︎」
大きな声がして振り返るとそこには声の持ち主であろうガタイの良い40代くらいの金髪の男性と、その隣に赤髪の20代くらいの綺麗なお姉さんがいた。2人は私たちに手を振りながら近づいてくる。
「久しぶりね、レオ。」
「この嬢ちゃんが噂に聞いてたレオの新しい相棒か!」
「リネです。よろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げると2人は少し驚いて、私をまじまじと見た。
「リネちゃんか。こいつの隣なんて大変だなぁ、なんか困ったことがあればなんでも俺らに言えよ‼︎
おっと、自己紹介を忘れていたな。俺はエドガーだ。こっちは相棒のレイラ。」
エドガーさんはそう言って、私の頭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫でた。
「ちょっとそんな雑にしたら綺麗な髪が台無しじゃない!ごめんね〜。
それと、やっぱりその服似合ってるわね‼︎頑張ってデザインした甲斐があったわぁ〜。」
レイラさんがこの服をデザインしたのか、満足そうに私を見ている。2人も私たちと同じように普通の人とは違う服を着ていた。
この2人も神気武器を使えるんだ…。
「おしゃべりはそのぐらいにしろよ。周りに人も集まってきたし、話すなら別の場所に移動しようぜ。」
レオの言葉で気が付いたが、いつのまにか私たちの周りには数m空けて人だかりができておりどんどんと増えている。
「五英傑の3人が集まっている。誰か近く行って話しかけてこいよ。」
「いや、無理だよ。話しかけることすら恐れ多い。」
「レオさんの隣にいるのって新しい相棒の人?あの人も神気武器を扱えるのか?」
この3人のことを五英傑と呼んでいる。でも五ってことはあと2人いるのかな?神気武器を扱えるのは私含めて6人のようだし…
そんなことを考えていると「行くわよ」とレイラさんに手を引かれて私たちを囲んでいた人混みを抜けた。先輩を先頭にして近くの会議室のようなところへと向かう。
「改めて自己紹介しよう。俺はエドガー・ブラウン。まぁ、神気武器を扱える俺らのことを昔は五英傑と呼んでいたんだが、その中じゃあ一番年上だ。武器はマシンガンを使っている。ヴィーナスには4年前に入隊した。
って、もう五英傑じゃなくて六英傑…」
と言いながらエドガーさんはポケットからタバコを出して火をつけようとする。
「ちょっと!こんなところで吸わないでちょうだい‼︎」
レイラさんはエドガーが持っているタバコを取り上げた。
「すまんすまん……つい、ね?」
「まったく………。私はレイラよ。武器はショットガンを使っているわ。1年前に入隊したのだけれど五英傑の中じゃ1番新入りで、歳は……このガキンチョよりは上ってことだけで詳しいことは秘密。」
そう言いながらニコッと先輩を見た。先輩は「ガキンチョ」と言う言葉が引っかかるのかとても不機嫌そうだ。
「おい、誰が『ガキンチョ』だ。」
「あら、私からすれば10代の男なんてガキンチョよ。お酒も飲めないくせに強がってんじゃないわよ。」
「…うるせぇ。」
しかし、私たちにそんなゆっくりしている暇はなかった。
ジリリリリリリリ
「緊急事態!緊急事態!
壁外にて特異体が発生。現在街へと進行中。直ちに撃退せよ。
繰り返す。壁外にて特異体をできる限りの勢力を持って撃退せよ!」
その放送と同時に3人は一斉に立ち上がった。
「また、特異体か。最近多いな……俺らがしばらく外で活動していた時も何体かそう言うのを倒した。」
先程までの和やかな雰囲気とは打って変わってピリピリとした真剣な表情でエドガーさんは言った。外ではバタバタとたくさんの隊員が出動のための準備をしている。
「私たちは武器庫に替を取りに行かないとだから、あなたたちは先に行ってて。」
「あぁ。」
「分かりました!」
そう言って私は先輩後に続いて地上へ上がり、車へと乗って壁の外へ向かった。門のところへ着くと、以前のように門番はおらず門が開きっぱなしになっていた。
そのまま車を走らせていると、突然甲高い悲鳴のような音が聞こえたと同時に目の前のフロントガラスにヒビが入った。
「こりゃひどいな。」
私たちは車をその場で降り、音のする方へと向かった。
「っ‼︎」
現場は目を背けたくなるほど悲惨だった。ハデスの周りには瓦礫に隠れている何人かの隊員がいるが、それよりも周りで応急処置をしている血だらけの隊員の方が多い。周りの建物も倒壊していたり、ヒビが入って今にも崩れそうなものもある。
「一体何があった。」
先輩は負傷した隊員の中でも比較的軽症な者に駆け寄り尋ねる。
「あいつ…悲鳴と同時に衝撃波のようなものを飛ばしてきて…。それをモロに受けるとあんな風に…」
そう言って指を差す先には今にも生き絶えてしまいそうな人が何人もいる。私たちの到着に気がついた横たわっている隊員が息を切らしながらこう言った。
「すみません…食い止められませんでした。」
「もういい、お前は休んでろ。」
先輩は隊員を気遣うようにそう言い、その言葉に安心したように目を瞑った。私はその隊員に見覚えがあった。
「試験頑張ってください!」
あの時そう言ってくれた門番の人の笑顔が思い出される。私は唇を噛み締め、なんとも言えない気持ちに包まれた。
もう少し早く着いていたら助けられたかもしれない。でも私にあのハデスを倒せるのだろうか。
そんなことを思っている間にもハデスは攻撃の手を緩めることなく、苦戦を強いられている。
「行くぞ、その悔しい気持ちをアレにぶつけるんだ。」
そう言われ私はやっと気が付いた。
あぁ、私は悔しいんだ。
「はい。」
返事をして、私たちは先輩の合図と同時に逆方向から回り込むように走り出した。
崩壊した世界で願いを守る リネット @rine_0938
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