入隊準備


 扉を開けた先にはメガネをかけた50代くらいのいかにも「司令官」と呼ばれる人が椅子に座って私たちを待ち構えていた。


「お久しぶりです、司令。」


先輩は言葉こそ丁寧だが、口ぶりや表情からは不機嫌なオーラが漂っている。


「要件はなんだ。」


司令官は私をジロッと睨み率直に尋ねた。司令官が睨んだ時の目の鋭さはどこか先輩に似ており、とてつもない威厳で私の中の恐怖心を煽る。


「本日入隊試験に合格して、これから俺のパートナーとしてペアを組むことになりました。」


先輩がそう言うのに続くように私は深々と頭を下げ挨拶をする。


「リネと申します。よろしくお願いします!」


「…そうか、それはいい知らせだ。」


いい返事が聞こえ頭を上げたが、司令官の顔は笑ってはいなかった。


 どうせすぐ辞める。


そう言うような期待などしていないような表情だった。


「それだけなので失礼します。」


そうして私たちは司令官に頭を下げた。先輩は部屋のドアに手をかけ出る時、振り返ってこう言った。


「俺は別に忘れたわけではないですからね。」


それが何を指しているのかはわからないけれど、少なくとも司令官と先輩の関係はあまり良くないことだけは感じ取れた。



「これから6階に行ってお前の銃を選ぶ。」


司令室を出てエレベーターを待っている時、先輩は前を見てそう言った。その顔は何かを懐かしんでいるようで、悲しそうにも見えた。


6階に着くと銃声が何回か聞こえた。私は慌てて音のする方へ向かおうとすると、先輩はすぐさま止めた。


「見てみろ、ここが訓練場だ。」


指さされた部屋には1人1人区切られた小さなブースのようなものがあり、その先には丸が何重にもわたって書かれた的がある。手前から3番目にいた人がさらに銃を的に向かって打っている。10発ほど撃った後的を見てみると、中心に当たっているのは3発ほどで他の球は大きくずれていた。


「後で銃を選んだらやってみろ。」


そう言われて先輩は別の部屋に向かった。自動扉が開き電気をつけるとそこには壁一面に大量の銃が掛けられていた。100丁は軽く超えている。


「…すごい……。」


私があまりのことに呆然としている間、先輩は部屋にあったもう一つの扉の横で何かを打ち込んでいた。すぐさま近寄り見てみると、何やらパネルのようなものにパスワードを打っている。


「この先にはここの銃よりもより強力なものが多くある。扱いは格段に難しくなるが、お前なら扱えるだろう。」


そう言うと同時に扉は開き中へ進む。中は先ほどの部屋とは比べて銃の数が少なく20丁ほどしかない。それだからか、一つ一つがガラスケースの中に厳重に保管されている。


「好きなのを選べ。俺はここで待ってるから。」


 好きなのを選べと言われても、私はハンドガンしか使ったことがない。


一通り軽く見て回るとアサルトライフルやショットガン、スナイパーライフル、そして「誰が使うんだ?」と思うくらい重そうなマシンガンなど色々な種類がある。しかし私は他の銃を使う気にもならず、ハンドガンのエリアを再び見る。


するとふと目に止まるものがあった。ただのシンプルなハンドガンだが、どこか使い込まれたような跡がある。そして見たことも触ったこともないのに、なぜか懐かしさを覚えた。


「これにします。」


私は銃を指差しながら、入り口付近で腕を組み待っている先輩を見る。先輩は私が指差すハンドガンを見ると今までにないほど驚いた顔をし、「そうか。」と一言だけ言ってガラスケースの中から取り出してくれた。


その後、そのハンドガンを持って訓練場に行き早速試し打ちをすると、今まで使っていた銃よりも手に馴染み思うように撃つことができた。反動こそ大きいがちゃんと構えれば耐えられなくもない。


そしていざ的に向かって撃つと結果は10発10中。全てが的の中心を貫いた。まさに私にぴったりな銃だ。



「そういえば、さっき寮があるって言ってましたけど先輩はどうしてあそこに…?」


先ほどの銃に決めた後、身分証や弾、制服一式を1階の支給場で受け取りサイズの確認などをし終わった時に聞いてみた。先輩が来ている制服に加えて私がもらった制服もそうだが、ここ本部で見かける人たちが着ている制服とは少し違う。


私がもらったものは白いブラウスにサロペット付きの黒いショート丈のズボン。それに対して、女性の他の人はそれに黒い上着を羽織っている。先輩も白いシャツに黒のベストなのに対して、男性は軍服のような黒い上着。


 制服といい寮といい、一体これは何を差別化しているのだろう。


「あぁ、説明していなかったな。ヴィーナスは本部で働いてる人数も含め約200人で構成されている。その内さっきの武器倉庫の奥の武器、『神気武器』と呼ばれているのを扱えるのは、お前も含めてたったの6人だ。


それゆえに俺らには多少の自由が許可されている。制服も住む場所も。その制服は俺の知り合いが選んだんだが、もしお前が制服を普通のものにし寮に住みたいと言うのだったら止めはしない。


ただ、『殺してほしい』と言う約束は叶えられないがな。」


私は改めて自分の持っているハンドガンを見る。まさかそれほど貴重なもので、それを自分が手にするとは思っても見なかった。


けれど、私の目的を叶えるにはちょうどいい。


「いえ、このままで大丈夫です。


ついでに……、後で前住んでいたアパートに戻って荷物を取ってきてもいいですか?」


先輩は1度小さく頷きポケットから何かを取り出した。そのまま何かを私の左の胸元に取り付ける。


「ほら。」


そう言われて見ると、胸元にはキラキラと輝くヴィーナスのバッジがついている。私は近くの全身鏡の前まで行き、制服姿の自分を眺めた。


 本当にヴィーナスに入ったんだ。


正直、先ほどまでは感じなかったが制服に袖を通してみると突然実感が湧く。この胸の気持ちはなんなのだろう。ワクワクしている気持ちと、自分はこれからヴィーナスとして活動することへの恐怖がぐちゃぐちゃになって、混ざり合っている。


でも、この人の隣ならどうにでもなる気がする。


そう思い先輩を見ると、先輩は少し悲しそうに微笑んでいた。


何気に先輩が笑っていたり微笑んでいるのを見るのは初めてのことだ。先輩のなんとも言えない表情に、私は心配になり声をかける。


「先輩…?」


すると急に気を引き締めた表情に変わり「もう行こう。」とだけ言って先に行ってしまった。


 何故だかさっきの表情といい、離れていく後ろ姿といい、私の胸を締め付けた。



この時ふと柱の物陰から誰かの視線を感じた。振り返って見ても誰もいないように見えるが、確かに誰かが私のことを見ていた。私は恐る恐る柱へと近づき、裏側に勢いよく回り込む。


しかし、「誰もいなかった」なんてことはなかった。



「あっ……」


声のする下を見ると、小さな女の子が私をビクビクと怯えながら見上げている。金髪を低めのツインテールで結び、キラキラとした碧眼の12歳くらいのお人形さんみたいに可愛い小さな女の子。


 視線を感じたのは気のせいだったんだろうか。この子は迷子…?


「えっと……あなたは…?」


「…ごめんなさい‼︎」


声をかけようとするとその子は慌てて、私の伸ばした腕をすり抜けて逃げてしまった。


「おい!何してるんだ、荷物取りに行くんだろ。」


入れ違いに先輩が私のところへ来る。


 さっきの子はなんだったのだろう。


そう思いながら、私は先輩の元へ駆け寄り、来た時のようにエレベーターに乗って車のところへ向かった。


運転している先輩に私のアパートの場所を教えつつ、元いた市街地2丁目に到着した。とはいえ以前向かった市街地3丁目からはさほど離れてはいない。


元々この壁の中は一つの大きな街だった。街の中央には食糧供給所や病院などが集まっている共用地と、それを囲むようにして分けられた6つの市街地が存在している。そして本部があるのは市街地4丁目、先輩のアパートは6丁目にある。


詳しくはわからないけど、きっと細かく分けたのはハデスが出た時に避難させやすいためだろう。



「……ここ…なのか…?」


先輩は目の前の部屋を疑うような目で見た。それもそうだろう。


窓ガラスは割れ、部屋を物色された後のように部屋は散乱し、さらには壁の至る所に銃弾の跡と血痕が残っている。


「一体ここで何があったんだ?」


私よりも動揺する先輩は声を震わせて言った。とは言え、私がここまで落ち着いているのにも訳がある。


「初めて先輩と会った日、私は武装した3人ほどの集団に殺されかけました。


って言っても、実際に殺される直前にあの能力で再生し生き返ったようなものなんですけどね。」


おどけて笑いながらそう答えると、先輩は私の肩を両手で掴み怒鳴り声を上げた。


「どうしてそう言うことを早く言わない!?


 そいつらの特徴は?男か?女か?顔は見たのか?何歳くらいだ?なんて言っていた!」


「えっと、そんな一気に聞かれても……


相手は武装していたので顔は見ていないですし、いきなり部屋に入ってきたかと思えば一言も話す前に突然撃たれました。」


私の答えを聞いた先輩はがっかりしたように手を離し、「突然怒鳴ってすまない」とだけ謝って部屋を出て行った。私は外で待つ先輩を待たせまいと急いであるものを探す。


ゴソゴソと床に散乱しているものを退けていると、光るものが一つだけあった。


 見つけた!


そう思い取り出したのは一つのペンダントだった。横のボタンを押し開くと、中には昔家族で撮った写真がある。優しそうな両親と兄の写真を見ると自然と心が安らいだ。


そして、もうみんなこの世にはいないのだと実感した。


先輩と出会った日、兄が死んだと告げられ自分も殺されそうになってから、現実味のないことばかりで今までずっと気持ちが浮ついていた。しかしもう現実から目を逸らしているわけにもいかない。


張り詰めていた糸が切れたように、頬に一筋の涙が流れる。私は声を押し殺し、しゃがみ込んで静かに泣いていた。

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