入隊試験
そうして私はアパートの1室で寝泊まりしながら先輩の指導の元、任務の見学や訓練を続けた。最初こそ「先輩」と言う呼び方に戸惑ってはいたが、1週間もするとすっかり慣れているようだ。
「まずは右手でグリップの上の方を握って、と親指と人差し指の間の一番深いところにグリップの後部が当たるようにしろ。反対の手は右手の指を包み込むように握り、隙間ができないように。」
先輩の言う通りに銃を握り、目の前の瓦礫を目標にして構える。人差し指に徐々に力をかけて引き金を引くと、「バンッ」と大きな音を立てて視界が揺らいだ。そしてお尻に大きな衝撃が加わり、倒れたのだと気がつく。
「痛っ……」
「目標に対して正面に向き、軽く前傾姿勢で重心は前にする。」
尻もちをついている私に構わず続けるから、慌てて立ち上がり再び言われる通りに銃を構える。
「両足は肩幅ぐらいに開き、左足は正面、右足は半歩後ろに下げ45度外側へ開け。あと、肘と膝は軽く曲げろ。」
引き金を引いて撃つと今度は倒れることは無くなったが、目標を大きく逸れて銃弾が当たる。すると先輩は口に手を当てて、「どうしてできないのかがわからない」とでも言うような顔で私を見る。ここ数日の先輩を見てわかったことがある。
先輩はいわゆる天才という部類の人で、基本的に教えるのは上手だが後は感覚。そしてきっとヴィーナスの中でもトップクラスに強い。
そこまで多くの人に会ったわけではないけど、任務に行くたびに先輩は誰かに頭を下げられている。それを当の本人も気にすることなく横を通り過ぎ、逆に誰かに頭を下げるところは見たことがない。
そんな人が一体どうして私をヴィーナスに誘ったのか。
謎は深まるばかりだった。
そうして訓練を続けて2週間。私は自分の狙った場所に10発中7発ほど当てられるようになり、「入隊試験」と言うハデスの討伐に向かった。
「今回の任務は壁の外での討伐だ。ここから壁の外へは車で行くから早く乗れ。」
そう言って運転席から顔を出す先輩は今の状況がさも当然かのようにしている。しかし、私にとってその光景は少し滑稽に見える。
「……何をしている。」
私が乗らずに固まっているのを見て少し不満を含んだ声色で私を睨む。
「いや…だって、先輩車運転できるんですか?」
「何を言っているんだ、俺は19歳だ。車くらい運転できる。」
私は開いた口が塞がらなかった。身長は私より少し高いが顔からして同い年ぐらいかと思っていたのに、まさか2つ上とは思わなかった。そしておとなしく車に乗ってからというもの、特に喋ることもなく沈黙が続いた。
「身分証をお見せください。」
壁の外へとつながる門へ着いた時、門番のような人からそう言われた。先輩はカードのようなものを見せているが私は何も持っていない……
手に汗を握りながら気づかないでくれとながったが、やはりそうもいかない。門番が私を見て訝しむように「身分証は?」と問いかける。すると先輩が助け舟を出すようにこう言う。
「こいつは今から入隊試験をするから身分証はまだない。」
「承知しました。
……ところで入隊試験は本部でやるものでは……?」
「俺が直々にやるから、内容も俺が決める。何か文句あるのか?」
まるで俺様のような発言をしているが、威厳があるだけで先輩が言うとそうは感じない。
「っ、失礼しました。どうぞお通りください。」
そう門番は言うとスイッチのようなものを押し、重そうな金属製の大きな扉が「ゴゴゴッ」と音を立てて開く。
「ここから先はどこからハデスが襲ってくるかわかりません。どうぞお気をつけて。
(試験頑張ってください!)」
最後に笑顔でコソッと言われ、私は小さく会釈したあと先輩は壁の外へ車をすすめた。
車を走らせて5分くらい経っただろうか。ボロボロになったコンクリートの道路を走り、途中で崩壊した街並みを進む。
「ここだ。」
そう言われて車を降りるとそこは大きな交差点のど真ん中で、周りにはヒビだらけのビルが立ち並んでいる。しかしそこにはまだ誰もおらず、ハデスの姿すら見つからない。
「何もない…ですけど。」
「…静かにしてろ。」
目を細めて辺りを見回す先輩は何かを見つけるとすぐさま銃を取り出し、誰もいないボロボロのビルに1発放った。
「カンッ」
と銃弾がコンクリートに当たる音がする。するとすぐに人でないうめき声が聞こえた。
「来るぞ。」
「ドンッ!」
大きな音とともに前方から突風が吹き、咄嗟に腕で顔を隠すとパラパラと小さな瓦礫が体に当たる。腕を恐る恐る下げると目の前にはこの前よりも一回り小さなハデスがいた。
「やはりまだ小さいな。
よし、こいつを倒せ。それが入隊試験だ。」
先輩はそう言うと呑気に歩いて少し離れたところから私を見る。目の前のハデスに足がすくむが、これは私に与えられたチャンス。
ここで絶対にこのハデスを倒して、私の目的を叶えてやる!
私は精一杯教えられた構えで銃を打つ。時折ハデスから攻撃を受けるが何とか周りの瓦礫をうまく使い逃げる。上手くいかないことに腹を立てているのかハデスは隙を見せることが多くなった。
このままいけば倒せるかもしれない。
そう思ったのも束の間だった。私はとある異変に気がついた。私が打った銃弾はハデスにダメージを与えるどころか、柔らかい体で威力が吸収されそのままポトリと地面に落ちる。
「……どうして…当たっているのに…」
これじゃあどんなに弾が当たったって目の前のハデスは倒れる気配がしない。むしろ隙を見せているのではなく、私の攻撃など無視しているようだ。ダメージはないが体に小さなものを投げつけられ、怒りでより凶暴になっている気がする。
凶暴になったハデスは周りにある大きな瓦礫を軽々と掴み、私に投げつける。必死に避けてはいるが数が多すぎて体が追いつかない。避けたと思っても目の前にはまたすぐ瓦礫がある。
当たる‼︎
そう思い目を瞑ろうとするが私はあることを思った。
先輩は私に何かを試している。でなければハデスを倒せない銃なんて渡さないはず。きっとこれはハデスを倒すことが合格の条件じゃない。
それにここら辺の瓦礫のコンクリートは結構脆い。さっき小さな瓦礫は蹴飛ばしただけで、ボロボロに崩れるほどに。
それなら…
一か八かで私は飛んでくる瓦礫に銃を構え、そのまま引き金を引いた。すると目の前で瓦礫は砕け散った。
銃を使うことで瓦礫を砕くことができるとわかれば、もう怖いものはない。どんどんと飛んでくる瓦礫を砕き、傷を負わない私にハデスも気がついたようだ。投げるのをやめ今度は口を広げて私の方へ走ってくる。
「バンッ」
銃声とともに走ってきた目の前のハデスは消え去り、足元にこの前の赤いガラス球のようなものが転がる。
「ハデスを倒せないのはお前が持っているのが普通の銃だからだ。分かってはいると思うが、今回の試験は『ハデスを倒す』のではなく『ハデスに向かう姿勢と危機に陥った時に冷静に対処できるのか』を確かめたかった。
最後はお前がケリをつけろ。」
先輩はハデスを殺した銃を私に渡す。私はその銃を受け取り、前回のように震えることもなく赤いガラス球を打ち砕いた。
パリンッ
「よくやった。これから本部に報告しに行くぞ。」
そう言って先輩はさりげなく私の頭にポンと手を置いて車の方に向かった。無表情とは言え綺麗な水色の瞳に見つめられると、不覚にもドキッとしてしまいそうになり私は慌てて目を逸らす。
「どうした…?」
車を走らせる準備をしている先輩は私の様子に気がつくと無神経に尋ねてくる。
先輩は自分の顔の良さに気づいていないのだろうか?こんな世界になる前だったら顔だけで食べていけるほどなのに……
呆れそうになるが「そういう人なのだろう」と思い込むことで、さっきの気持ちは心の奥底にしまった。
「いえ、なんでもないです。」
そうして私たちは車で壁の中へと戻り先輩の言う本部へと向かった。とは言っても到着したところにあるのは1つの壊れた廃ビル。到底こんなところに本部があるとは思えなかった。
「本部はこのビルの地下にある。」
先輩はビルに入ってすぐのエレベーターのボタンを押す。
チーン
ベルが鳴りガタガタと鳴るごく一般的なエレベーターのドアが開くと、扉の先には不釣り合いなほど綺麗なエレベーターがあった。中に入りたった一つだけのボタンを押し、扉が閉まってから5秒ほど経つと再び扉が開いた。
私はその光景を見ると空いた口が塞がらなかった。なんて言ったって地下にこれほどの空間があるとは思ってもいなかったから。
白く清潔感のある壁に、開放感を感じさせる5mほどはある高い天井。地上の壁の外の廃れた街とは反対に近未来的な光景が広がっていた。
「レオさん、お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
先輩に気がつくと多くの人が挨拶をしている。先輩はそれらには答えずにそのまま通り過ぎて、受付のようなところへ行き尋ねた。
「司令官のところへ報告へ行きたい。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
受付の女の人はそう言うと司令官と思われる人のところへ電話をかけた。
「お待たせいたしました。『忙しいから要件は5分で済ませろ。』とのことです。」
「チッ」
先輩はその言葉を聞くと小さく舌打ちをして、受付を離れ先ほどのエレベーターの方へ向かった。さっきは気が付かなかったが、私たちが乗ってきたエレベーターのとこにはそれぞれ1つずつエレベーターがある。そして先輩は右のエレベーターを選び乗り込んだ。
このエレベーターにはボタンが7つあり、先輩は一番下のボタンを押す。
「1階はエントランス、2階は食堂とラウンジ、3階は病棟、4階と5階は隊員の寮。そしてここ7階は司令室だ。」
先輩が説明している間にエレベーターは地下7階へと到着した。7階は1階とは打って変わって重々しい雰囲気の大きな扉が廊下の奥に1枚あるだけだ。コツコツと響くとは私たちの足音だけ。このフロア全体に緊張感が走る。
コンコンッ
「失礼します。レオです。」
先輩はそう言うと司令室の扉を開けた。
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