羊毛マルシェの閉店日

「ばぁば。わたし、カワウソさんがほしー!」


 子供が商品を祖母に強請ねだる声がする金曜日。なんとなく店開きした羊毛マルシェも、今日で閉店だ。最近になって、お客さんと曜日を照らし合わせる事も増えたし、店じまいがちょっと名残惜しく思える。あっという間の五日間だった。


「すみません、これはおいくらですか?」

「はい。そちらは、千五百円となります」


 ハモニカ横丁の仲見世通りの明るい小路にある、たった二坪の販売スペース。最初はいくら駅近でも集客に期待はしてなかった。でも毎日どこからか、思いがけないお客さんが足を運んでくれる。きっと狭い間口が、他のお店が、不思議とそうさせているのだろう。


「丁度お預かりします、はい。どうぞ〜」

「わぁ〜ッ! ふわふわだぁ、ありがとーございます!」


「うふふ。良かったね、陽葵ひまりちゃん。——あの、今日で最終日ですか?」

「ああ、はい。よくご存知ですね?」

「ここは毎週お店が変わるのよ。その変わり目が金曜日と日曜日だから、出来る限り孫と一緒に来るようにしていてね」


 細目が優しそうな印象を抱く、高齢女性。隣にいるお孫さんはカワウソを抱きしめながら、他の羊毛フェルト動物に話しかけている。チャレンジマルシェの事情に詳しいって事は、二人共地元の人だろうか。


「ハモニカ横丁は私が生まれた昭和二十年から、ずーっと商店街でいてくれてねぇ。吉祥寺で一番好きな場所なのよぉ」

「そうなんですか。ここは、昔ながらの風情があっていいですよね」

「でもね、最近になってここも随分変わったわ。シャッターを下ろす所も増えて……馴染みのお店は、殆ど無くなってしまったの」


 シャッター街の背景がズシンとまぶたにのしかかる。自分もどっちかというと、ショッピングモールと共に成長してきた世代だ。でも、行きつけの店が閉店してしまった寂しさだけは、よく分かる。


「でもは、いつも変わっていて欲しいなと、私は思うんですよ」

「チャレンジマルシェの事ですか?」

「うふふ。よかったら、またここでお店を開きにいらっしゃって下さいね」


 それ以上細かい事は言わずに、おばあちゃんと孫は手を繋いで狭い小路を並んで歩いて行く。売り手は自分の筈なのに、歓迎されているような、出迎えてくれるような、居心地の良さがここにはある。


「すみません、手に取って見ていいですか?」


 そしてここに、また新しいお客さんが訪れる。休憩中のサラリーマンだろうか。幅広い年齢層の人が居て、色々なお店があるハモニカ横丁。地元の人々はハーモニカ横丁とは呼ばないけど、なんでなんだろう。


「いらっしゃいませ、ゆっくりご覧になって下さい」


 サラリーマンの接客する後ろで、両耳にイヤホンをしたお姉さんがチラ見して素通りした。その後に、買い物帰りのおじさんが足を止めて、商品を眺めると何も言わずに立ち去った。


「本物みたいに可愛いですね。これ、一つ一つ手作りされてるんですか?」

「はい、全て自分のハンドメイドになります」


 ここを横切る人達は、自分の商品を買う目的で来た訳じゃない。寄るも素通りも、買うも買わないも自由だからこそ、一人一人の日常が、見えてくる。


「嫁と息子に買っておこうかな……うーん」


 売れるか、売れないかは別として、これからも自分は趣味で、羊毛フェルトを作るのだろう。ここでまた店開きするかは、今はまだ分からないけど。ハモニカの由来とか、他にどんなお店があるかは、後でネットで調べてみたい。


「じゃあ、このリスを三個……買います」

「ありがとうございます、こちら合計で——」


 ここは武蔵野市吉祥寺駅前にある、ハモニカ横丁。新しい日常と、変わらない日常が売り買いされる場所。今日も狭い小路のどこかで、誰かの人生がふんわり得をする。

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二坪の羊毛マルシェ〜ハモニカ横丁店へようこそ〜 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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