地元の女子高生と店長さん
チャレンジマルシェを開店してから三日目の水曜日。羊毛フェルトの売り上げは、思ったより好調だ。ネット販売に比べてお客さんと直接やりとりするから説明も楽だし、商品に愛着を持って買ってくれるのは気分がいい。
そして今、目の前にいるのは地元の女子高生と思われる二人組。自分が手掛けた作品をスマホで撮るだけで、一切手に触れない。買う気があるのか無いのか分からないが、作品をじっくり見てくれるのは、誰であろうと嬉しいものだ。
「おじさんの作ったやつ、ちょ〜かわいい〜ッ! 道具安いから、わたしも羊毛フェルト挑戦中なんですけど難しくってぇ〜」
「針の刺し加減次第で、すぐ形がいびつになるから、コツを掴むまでは難しいかもね」
「むぅ〜。おじさんなのに、上手で羨ましい〜」
「ちょッ、
ギャハハと女子高生達が笑う。学校帰りだから口調が砕けてるんだろうけど、なんていうか学生ってフレッシュでいいなって思う。自宅でハンドメイドをしてると、人と接する事が減るし、メールでのやり取りも丁寧語で面倒だからなあ。
「みーちゃん。そろそろ、カラオケの予約時間じゃな〜い?」
「あっ、やば! 早く行こ瑛里華ッ」
「ちょっと待ってお嬢さん達!」
女子高生達が慌ててマルシェから離れていくので、思わず呼び止めてしまった。なんというか、羊毛フェルトの初心者さんに少しでも力になりたいと、気持ちが先走ったってやつだ。
「良かったら、この手乗りハリネズミ持って帰って」
「うぇえぇぇッ、おじさんって神ィ⁉︎」
「いいんですか?」
「いいさ。このお店も明後日には閉めちゃうんだ。記念に持って帰ってくれたら、おじさんも嬉しいよ」
じゃあ、ありがたく貰いま〜す。と、女子高生達は嬉しそうにハリネズミを受け取ってくれた。指でツンツンしたり、やっぱりスマホで撮ったり。商売抜きで作品を手渡すのっていつ以来だろうか。
そのまま二人は自分に感謝を示しながら、早歩きで細道のハモニカ横丁を抜けて行った。渡した作品が羊毛フェルトの見本や、モチベーションになってくれたらいいけど。
「おいおい。売り物をあんな風にあげちまうのはちぃと、褒められねぇな」
微笑ましい気分になっている所に、ガツンとしたげんこつ声が。後ろを振り向くと、真っ白なタオルの鉢巻に紺色のシャツを着た還暦近くの男性が不満顔で近付いて来る。
あれは、ハモニカ横丁の朝日通りにある老舗ラーメン屋の店長さんだ。マルシェ設営の時に、挨拶に来てくれたからよく覚えてる。
「まったく。短期間で気軽に商売出来るってのを良い事に、好き勝手する輩がたまに来ていけねえよ」
「確かに商売としては、軽率過ぎたかもしれません……以後、気をつけます……」
「商売人としては赤点だが。俺としては合格点だな」
やれやれ顔で店長は、持っていた紙袋をマルシェ内にあるパイプ椅子の上に置いた。にんにくとパリッと香ばしい良い匂いがする。中身を見てみると、ラップに包まれた餃子が入っていた。
「最近はリピートや売り上げと目先の事ばっか考えて、客に媚び売る奴が多い。だがおめぇは、サービスって奴をよく分かってる」
「は、はあ?」
「これぁ、俺からのサービスだ。金曜までに、お互い繁盛するといいな」
店長さんは背を向けると、ラーメン店に戻っていく。自分のお店の事は一切宣伝せずに、こんな美味しそうな餃子を置いていってくれるとは。商店街のご近所付き合いって奴も、ついでに味わえた気がした。
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