二坪の羊毛マルシェ〜ハモニカ横丁店へようこそ〜

篤永ぎゃ丸

羊毛マルシェの開店日

 きっかけは、SNSでたまたま見かけたネットのニュース記事だった。


【ハモニカ横丁でお店を開いてみませんか?】


 武蔵野市の吉祥寺駅北口にある『ハモニカ横丁』では、物販や商品紹介が出来るスペースを貸し出す取り組みをしているらしい。


 月曜日から金曜日の五日間か、土日の二日間の単位から申し込む事が出来る。料金は掛かるが、住みたい町ランキング一位の地域かつ、飲食店が連なる駅近の通り道で、販売が出来るという魅力だけで、思わず申し込んでしまった。


 出店当日。実際のスペースは二坪につぼくらいの広さで、自分が販売するのはハンドメイドの羊毛ようもうフェルト。専用のニードルを使って、繊維同士を絡ませると固くなる性質を使い、形にしていく手芸の一つだ。


 普段は個人事業主の屋号を使い、オークションサイトやWEBスキルマーケットで羊毛フェルトを売って、小遣い稼ぎをしている。初めは売れるだけで嬉しかったが、値段交渉と、注文に対する細かい要求と、どんな人の手に渡るか分からない中で作る内に、ネット媒体の商売に疲れてしまった。


「あらあ〜……今週は、可愛らしいお人形ちゃんなのね」


 さっそくお客さんが来た。平日の月曜日昼間だと、まずは地元民と思われる買い物帰りのおばちゃんが、客層になってくるのだろう。


「いらっしゃいませ、良かったら手に取ってご覧になってみて下さい」


「いいのかしら〜? これは、どこかの工芸品?」


「いいえ、全部自分のハンドメイドです」

「んまぁ! やぁだ、すごいッ!」


 おばちゃんが手に取った子猫フェルトと、自分を交互に四度見くらいした。そうなるのもしょうがないだろう、まるで本物みたいなふわふわした羊毛フェルトを手がけたのが、坊主で顎髭あごひげジョリジョリの三十路オッサンなんだから。


「これは、おいくらかしら?」


「それでしたら、う〜ん。千円で構いませんよ」


「あらやだ! よく出来ているのに、そんなに安くていいのぉ?」


「まぁ……それくらいのクオリティですと、相場はだいたいそれくらいなんで」


「ダメよッ、もっと欲張りなさいッ!」


 まさかの値上げ交渉に、自分も苦笑い。フリマアプリに慣れ過ぎたせいだろうか、この『チャレンジマルシェ』効果もあるのだろうか、サービス精神で無意識に結構値下げしているのは事実だ。


「いいわ、これ二千円で買うわ」

「えぇッ! いや流石に……」

「買わせて頂戴ッ!」

「わぁ、分かりました。二千円になります……」


 おばちゃんの勢いに敗北して、手乗りサイズのサバトラ柄猫フェルトは二千円で売れた。いいのかなあ、こんなアバウトな売り買いでさあ。と思うけど、たった五日の出店だし——細かい事はいいか。

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