地下格闘技場のチャンピオン

 数日後、シュェリーの試合が行われた。


 アナウンサーがマイクを持ち、選手を興奮気味に紹介をする。

「これより、女子ノーホールズバードのチャンピオンシップを行います。青コーナーより、挑戦者、“重戦車”ラトーヤ・ジョーンズ!」


 青コーナーに立っているのは、アフリカ系の傾向の強いバイレイシャルの女だった。重戦車というあだ名の通り、体重は80キロはありそうだ。だが、スポーツ的なMMAではないため、ウェイトカテゴリーは考慮されていなかった。


「赤コーナー、地下格闘技場の女子部門王者、“ジ・オリエンタル・ミステリー”シュェリー・ヤン!」


 シュェリーは赤いチャイナドレス風のコスチュームを着ていたが、アナウンスされるとそれを脱いだ。赤のタンクトップとスパッツには、金色で龍の刺繍がほどこされていた。


「どっちが勝つと思う……?」

 ポップコーンをほおばりながら、フィスタが隣の席のブラインドホークに訊ねる。


「俺は色々戦いを見てきたが、何事も絶対はねぇ。無敗だと思っていたチャンピオンがダークホースに負けるなんてざらさ。だがな、ひとつだけ言えることがある……。」


「なにさ?」


「負ける奴は、戦う前から負ける奴の顔をしてるってこったぁ……。」


「ふぅん、で、今日はどっちが負ける顔をしてる?」


「見えねぇよ」


「……じいさん、あたしが言うのもなんだけど、そうとう思い付きで話してるよね」


「思い付きじゃなけりゃあ、眼なんか売れねぇよ」

 ブラインドホークはけっけっけと笑った。


「いや、かっこよくないし」


 ゴングが鳴った。

 ラトーヤが率先して距離を詰めてくる。

 シュェリーは下がりつつ、爪先で蹴るような、素早くコンパクトな蹴りでラトーヤの足をこまめに蹴る。

 軽い蹴りのようだが、フィスタはラトーヤの目の周りの筋肉が痙攣しているの見て取った。どうやら、筋肉の薄い部分を絶妙に蹴っているようだ。

 イラついたラトーヤが右のローキックを打つ。

 シュェリーは左手でキックをキャッチすると、ラトーヤの右足首を持ったまま後掃腿こうそうたい※でラトーヤを倒した。背中を勢いよくマットに打ち付けるラトーヤ。

後掃腿こうそうたい:八極拳の技法。地を這うような後ろ回し蹴りで、相手の足を払う)

 シュェリーは倒れたラトーヤに、ニーオンザベリー※をしかけ、そこから拳を振らせた。

(ニーオンザベリー:ブラジリアン柔術の技法。倒れている相手の腹部に片膝を乗せて押しつぶし、動けないようにしてから打撃を入れたり、関節技を仕掛けたりする。)


「へー、面白い。中国拳法をMMAにカスタマイズしてんだぁ」

 フィスタは感心しながらポップコーンをほおばる。


「このぉ!」


 体重差の利点から、ラトーヤは強引に立ち上がることができた。

 そんなラトーヤの右の手首をシュェリーがつかんでいた。シュェリーはその状態でラトーヤに頭突きを入れる。


「ぐぶぅ!」


 距離が近かったので、ラトーヤはショートレンジの左フックで応戦する。

 シュェリーはその左をかがんでかわして、ラトーヤの脇腹にショルダータックルを入れた。

 脇腹をカウンターで打たれたラトーヤは吹き飛ばされ、コーナーに背中をぶつける。

 コーナーに追い詰められたラトーヤに、シュェリーは左右の直拳※を連続で入れる。

(直拳:中国拳法の技法。両足をそろえた状態から打つ縦拳。)

 ラトーヤが反撃する気配を感じ取ったシュェリーは少し後ろに下がった。

 距離が開いたラトーヤは、左、右と、コンビネーションでジャブとストレートを入れる。一方のシュェリーは、それをチーサオ※で弾きつつ後退する。

(チーサオ:詠春拳の技法。腕の肘から前腕にかけての部位で相手の攻撃を弾きつつ、力の流れを利用して相手の腕を押さえたり、カウンターを入れたりする)

 チーサオからの反撃の直拳にダメージを感じなかったラトーヤは、強引に押し切れると思い、強引な左ジャブからの右ストレートワン・ツーを放った。反撃されたとしても、リーチ差から致命的なものは喰らわないと判断しての攻撃だった。

 その右ストレートをシュェリーは右手を突き出して軌道をそらし、右肘の頂心肘※をラトーヤの右わき腹に突き刺した。

(頂心肘:八極拳の技法。相手の懐に深く入り、肘を使った体当たり打つ。)

 巨体のラトーヤが、まるで体重を失ったようにふわりと吹っ飛ばされて転がった。


「うっ……。」

 リングに片膝をつくラトーヤの額からは、脂汗が流れていた。


「あ~、あれ脇腹の骨イってるね」

 フィスタのポップコーンを食べる手が止まった。


 今度はラトーヤが後退し、シュェリーが前に出る。

 ラトーヤにせまりつつ直拳を連続で繰り出すシュェリー。先ほどと違い、ラトーヤは苦悶の表情を浮かべそれを受けていた。脇の骨にひびが入っていたラトーヤには、重い一撃よりも回転の速い直拳の方がダメージが大きかった。

 ラトーヤが反撃するが、チーサオでさばかれてシュェリーには届かない。

 みるみるラトーヤの攻撃は勢いをなくしていった。


 ラトーヤの様子を見ながらフィスタは思う。

(シュェリーはそうとう部位鍛錬やってんね、腕で弾かれてるだけで、たぶんラトーヤって女は手に痛みが走ってる。脇腹の痛みと手の痛みで戦意が喪失しつつある感じか……。)


 コーナーに追い詰められたラトーヤは、シュェリーを突き放そうと前蹴りを出す。シュェリーはそれを掴むと外側に流し、柔道の大外刈りのように足をかけると、ラトーヤの喉の気道部分を手でつかみ、足をかけて強引にマットに押し倒した。

 再び倒れたラトーヤに、シュェリーはチェーンパンチ※を連続して見舞う。頭、腹部と、ラトーヤが防御するたびに打つ場所を変えていく。

(チェーンパンチ:詠春拳の技法。左右の直拳が当たるたびに拳を上げ、回転するように連続して打つ)

 マシンガンのようなシュェリーの連打は、防御していても脇腹へのダメージが蓄積され、ついにラトーヤはマットを叩いてギブアップをした。

 レフェリーが手を交差し、ゴングが鳴った。


「強ぇ、やっぱりシュェリーだ!」


「あの体重差で勝つとかまじかよ!?」


 会場が湧く中、勝ち名乗りを上げたシュェリーは、中国拳法の演武を軽く見せるとリングを降りて行った。

 シュエリーが控室に戻ると、そこには十代前半の少年がいた。少年が座っている椅子の隣には松葉づえがあった。


「お帰り、お姉ちゃん。また勝ったんだね」

 色白で姉に似て繊細な顔立ちをしているが、姉と違って体が細く、顔色は病的に白かった。


「ああ、お前が戦ってるんだ、私だって負けられない」


 少年は立ち上がると、机の上のドリンクとタオルを取った。


「おいおい、無理はするなよ」


「これくらいやらせてよ、ぼくの特権なんだから。チャンピオンのマネージャーっていうね」


「ありがとう麗孝リキョウ

 シュェリーはドリンクとタオルを受け取る。


「……ねぇ、お姉ちゃん、ぼくもリングサイドに立っちゃダメかな?」


「ダメだよ」


「お姉ちゃんが頑張ってるのに、ぼくだけ安全なところで、見てるだけだなんて、何だか卑怯だよ」


「卑怯なんかじゃない、リキョウ。姉ちゃんが見られたくないんだよ、その……人を殴ったりしてるところを……。」


「それは、ぼくのために傷つけたり傷ついたりしてるってことでしょ」


「お願いリキョウ、私が打ちのめされてる所を見るお前を想像するだけで、私は闘志を失いそうなんだ」

 シュェリーはリキョウを抱きしめる。

「お前は私を信じて無事を祈っていてくれるだけでいい。それだけで、私の力になるから……。」

 

 リキョウは自分を抱きしめる姉の腕を見る。肘の内側には注射針の跡があった。

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クールヘッド、ウォームハート 鳥海勇嗣 @dorachyan

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