第46話 戦いの後で

 ----風を感じる。暖かくて、柔らかくて、微かに青臭い。そんな風。


 いや、それよりも、なんか鼻がむずむずして----。


「ふぇっくしょん!」


 ベッドの上で盛大にくしゃみをしながら飛び起きると、一匹の蝶が目の前をひらひらと舞いながら開け放された窓の向こうへと飛んで行った。


 ここはどこだろう。


 真っ白なシーツに、消毒液の香り。病院だろうか。


「目が覚めたのね」


 穏やかな声の方向に顔を向けると、病室の入口にクルーゼさんが立っていた。


 彼女は右腕に包帯を巻いており、顔の左半分も火傷の跡のようなものができていた。


「クルーゼさん、その怪我! ……って、あれ? 俺、いま驚いた?」


 コア・スリーを起動したのに、なんで俺はいま驚くことができたんだ。


 とっくに感情が崩壊しててもおかしくないのに。


「ふふ、貴女が力を使いすぎると心がすり減るってニケちゃんから聞いたから、町中の日立が貴女に魂をわけてくれたのよ」

「魂をわけたって……」

「この都市の住人、全員が貴女の近衛魔術師や近衛騎士になったってこと。もちろん、私もね」


 クルーゼさんはこつこつとヒールを鳴り響かせてベッドの淵に座った。

 顔の火傷をこちらに向ける形だ。


「みんなの魂が俺の心を補完してくれてるってことですか……。クルーゼさんは大丈夫なんですか? その腕に、その……顔も」

「いいの。これは、報いだから」

「報い?」

「そう……貴女を、自分の娘を、捨ててしまった愚かな母への報い」

「娘って……」

「エマの体の中には、二つの魂が宿っていたの。ひとつは小さくてか弱い魂。もう一つは、大きくて力強い魂。私は悩んだわ。二つの魂が同居していれば、やがては大きな魂に小さな魂は飲み込まれてしまうと思ったから。だから、私は……」

「魂を、エマの体から取り出した……」


 クルーゼさんは、苦々しい顔で頷いた。


「その魂が転生者であることはわかっていた。英雄の証であると同時に、災厄の種でもあると言われているそれを、私は自分が魂が見えることをいいことに、ジャンクヤードへと放ってしまった。それがまさか、廃棄されたゴーレムの体に宿って、この都市に帰ってくるだなんて思いもせずに……」


 クルーゼさんは俺の手を握り、「本当にごめんなさい」と呟いた。

 彼女の瞳から涙があふれ、頬を伝い、白いシーツに灰色のシミを作っていく。


「……クルーゼさんは間違ってないですよ」

「え?」

「そうしなきゃ、エマは育たなかった。俺がエマを、妹を殺していたかもしれなかったんだ。だから、なにも間違ってない。間違ってないんです」

「ガブリエル……嗚呼、なんていい子なの! 愛してるわ! ガブ!」

「おわっ!」


 クルーゼさんは勢いよく俺を抱きしめる。


 大きな胸がむぎゅう、と押し付けられるが、ふうむ、母だとわかるとまったくありがたみがないから不思議だ。


 抱きしめられながら窓の外に目を向けると、一面が緑色の芝生で覆われていた。


 蝶が舞い、小鳥が歌い、お日様が照らしている。


 冷たい風景はどこにもなく、どこまで生命の喜びが犇めいていた。


 ふと、芝生の中央で戯れる三つの影が見えた。


 エマと、ニケと……ロビンだ。


「機械と人間は、仲良くなれるんでしょうか」


 俺が問うと、クルーゼさんは腕を離し、窓へと顔を向けた。


「わからないわ。ただ一つ言えることは……この都市はもう、大丈夫ってことだけね」

「……そうですか」


 喉の奥からふっと、笑みがこみ上げてくる。


 窓の向こうにいるニケたちが俺に気づいたのか、なにかを叫びながら手を振っている。


 俺はベットから降りて、窓の察しに手をかけ、外の空気を目いっぱい吸い込んだ。


 この体は呼吸なんて必要ない。


 心臓も肺も無い。


 けれど、心はある。


 こちらに駆けてくる彼女たちを見ていると、なにかが、俺の胸を満たすのを感じた。

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ゴーレム転生者は人間になりたい!~ジャンクヤードのゴーレムを美少女に改造して合体したら人として大事なものを失いました~ 超新星 小石 @koishi10987784

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