第45話 決着

 ゲイルの老体がめきめきと変形し始める。


 大木の幹のような肌に黒い体毛が生え始めた。


 四つん這いになった奴の胴体は太く丸く膨らんでいく。


 ずるりと伸びた長い尻尾がステージに叩きつけられ、足元が揺らぐ。


 奴は、ゲイル・アンダーテイルは、巨大な化け鼠となって天空のステージの半分を陣取った。


「ふはああああああ! 力だ! 力だ漲る! 若かりし頃、いやそれ以上の力が漲っておるわ!」

「そりゃよかったな」

「そうか! そういうことだったのだな! 貴様は人間を攻撃できるのではない、やはり人間は攻撃できないままなのだ! だが、相手を人の理の外に押し出すことで攻撃を可能にするというわけだ!」

「いまさら気づいたってもう遅い。……お前、もう人間じゃないんだぜ」

「ふははははは! わかっておらん、わかっておらんな機械の王よ! 私は最強になったのだ! 私が望む志向の姿へと変貌した! 貴様が私を足せる保証がどこにある!?」

「保障なんていらねーよ。必要なのは、お前を殴れるようになったっていう事実だけだ!」


 一気にコア・ツーまで起動して、ゲイルの顔面をぶん殴る。


「げはああああああああ!」


 巨大な体躯は軽々と浮き上がり、ニケと戦っていた魔術師二名を巻き込みステージの外へと押し出された。


 ドームの中へと落下するゲイル。地上に大量の砂埃を巻き上げて着地した。


「ニケ! エマを頼む!」

「が、合点承知にゃ!」


 俺もゲイルを追いかけてドームの中に飛び込んだ。

 ドームは表面に波紋を広げてすんなりと俺を受け入れる。

 地上に着地すると、目の前の砂埃が大きくうねった。

 丸太のように太い尻尾が俺の胴体を縛り上げる。


「死ねええええええ!」


 続いて目の前に巨大な二本の前歯を備えた鼠の顔が迫った。

 喉の奥から大量の毒ガスを噴射し、周囲を埋めつくす。

 服が溶解し、肌の表面が爛れていく。


「ゲロなんかぶっかけてんじゃねーぞコラアアアア!」


 胸を張って両腕を広げ尻尾を爆散させる。

 自由になった両腕を体の前で組み合わせ、一つの巨大な砲塔へと作り変えた。

 体内で放射性物質コバルトを生成し、凝縮。一気に放つ。


光崩壊光線ラグナロク・フレア!」


 一点に超凝縮されたガンマ線をゲイルに放つ。

 奴の体は光崩壊現象によってボロボロと崩れ始めた。


「ば、馬鹿な! 私の体が、体が崩れていくぅぅぅぅ!」

「あばよゲイル。お前強かったぜ。最強に----」

「まだだ!」

「……は?」


 ゲイルは、ピンク色の筋肉がむき出しになった状態でもなお立っていた。

 ゾンビのような姿で、後ろ足だけで立ち上がると、頬が崩れてむき出しになった顔でにたりと笑った。


「まだ終わらん……死してもなお、私は魔術の栄光を望む! 瞠目せよ! 刮目せよ! その身と魂に刻みこめ! 我が名はゲイル”ラット”・アンダーテイル! これぞ卑しくも野望に燃えた男の死に様よぉ!」


 ゲイルは自らの胸に両の前足を突っ込んだ。


 ばりばりと自身の胸を開き、毒々しい紫色の心臓を露わにする。


 奴の手はその心臓を挟み、躊躇することなく握りつぶした。


 弾けた心臓から溢れだすのは毒の血液。血液は空気に触れてすぐに気化してドームの中に広がっていく。


「あの野郎、この都市を腐らせるつもりかよ!」


 急いで空気浄化装置を起動する。

 ところがコア・ツーでは自分の周囲しか浄化できない。

 毒の霧が広がる速度の方が圧倒的に早く、次々と住人たちが倒れていく。


「クッソオオオオオ!」


 出力を上げるも追いつかない。

 どうすりゃいい。どうすればみんなを助けられる。

 せめて、逃げ遅れた人たちを安全なところに避難させることができればーーーー。


「緊急事態モードに移行します。最優先事項。住人を安全圏に避難させること」


 住人によって破壊されていたゴーレムたちが立ち上がり、身動きが取れなくなった人々を担いで歩き出した。


 彼らは、ボロボロの体で、ついさっきまで自分たちを攻撃していた人々を連れていく。


「みんな……よし、任せた!」


 俺はゴーレムたちに人々の非難を任せ、上空へと飛び上がる。


 時計台の上。鐘楼の下に着地。紫色の霧と赤い炎に包まれた町を見下ろして真の力の解放を試みる。


 毒を浄化するには普通の浄化装置じゃ駄目だ。もっと特別な力が必要なんだ。


 例え俺の心がぶっ壊れても構わない。コア・スリーを解放して、この都市を、みんなを守る。


 一度目を閉じ、腹を括って、再び開いた。


「コア・スリー……解放!」


 叫ぶ。


 しかし、俺の頭の中に響いたのは《管理者権限が必要です》という無機質な声だった。


「か、管理者権限……?」


 どういうことだ。俺は王様って名前で登録されているじゃないか。


《管理者登録には真名まなが必要です》

「真名って……」


 俺の、本当の名前。

 俺は王様なんて名前じゃない。

 俺は、俺はいったい、誰なんだ----。


「ガブリエル!」


 背中に叩きつけられた声に、思わず振り返る。

 そこには、ガスマスクをつけたクルーゼさんが、鐘を挟んだ反対側に立っていた。


「貴女の名前は、ガブリエル・ドロシア! 私の……私の娘よ!」

「ガブリエル……」


 俺がその名を呟くと、《管理者を承認しました》という声が聞こえた。


 コア・スリーが解放され、胸のハートが虹色の輝いた。


 溶解液で半分以上が溶けていた服がはじけ飛び、上半身が晒される。


 コア・スリーを解放したことで、俺は百八体全員のコアと接続することができた。


 圧倒的な万能感と頭が割れてしまいそうな情報の濁流の中、俺はいま必要な力を探

り出す。


超大気浄化機構アエラス・カタルシス……起動!」


 胸のハートから光が放たれる。

 光はドームの中を照らし、霧が晴れていく。

 腐食した地面も、焼け落ちた建物も、時計台を中心に緑色の芝生に覆われていく。


「や……った……」


 体が重い。目の前の美しいはずの景色を見てもちっとも心が動かない。


 瞼も重い。内から湧き上がる睡魔に抗うことができず、俺はまどろみを通り過ぎ、深い暗闇へと落ちていった。


 遠くでクルーゼさんが、ガブ、と呼んでいるような気がした----。

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