第44話 条件
ニケは「にゃああああ!」と叫んで魔術師たちに挑んでいく。
俺はゲイルと相対し、ようやく一対一の状況にもつれ込んだ。
「ふん、茶番を見せおって。それで? 貴様はどうやって私を倒すというのだ?」
「顔面に拳をぶち込むのさ」
「嘘だな。追ってから逃げ回っていたところを見るに、人間を攻撃するにはなんらかの条件が必要なのだろう」
「…………」
クソ、鋭いな。
心理戦じゃ勝ち目はない。
早いとこ奴に最強の自分を想像させないと。
「沈黙は肯定と見なすとしよう。ならば私の勝利条件は決まったも同然だ」
ゲイルはローブを脱ぎ捨て、その下に来ていた灰色の着物をはだけさせる。
細く筋張った上半身が露わになった。年齢を感じさせる枯れ枝のような体。左の脇腹には、鼠の刺青が彫ってある。
「貴様の条件を回避しつつ、一方的に攻撃すればよい」
鼠の目が紅く光る。
ゲイルの両腕に紫色の煙が纏わりつき、奴が拳を突き出すと煙が一直線に向かってくる。
とっさに回避するも、マントの端が煙に触れた。
マントは途端に黒く変色し、腐っていくかのように解けていく。
「服が溶けた!?」
火球の直撃を受けても焦げ跡一つつかなかったのに。
直撃したら、俺自身も危険かもしれない。
「ふふん、やはり転生者の力は一味違うな。踊るがいい! 機械の王よ!」
ゲイルは次々と毒の煙を放ってくる。
「ちっ……!」
コア・ワンを解放して迫りくる毒の煙をかいくぐる。
「むっ!」
全て躱して思考加速を停止すると、急激に体が重くなるのを感じた。
「……ずいぶん顔色が悪いではないか。さては貴様のその力、副作用があるな?」
長引くほどに分析される。
クルーゼさんのように心を読んでいるわけじゃない。経験による推測。純粋な戦闘経験の差だ。
なにか言わなければ。
このままコアを解放し続けていれば間違いなく自滅する。
やつの想像力を掻き立てる、なにかを言わなくては。
「……ひとつ、聞かせてくれ」
「聞く耳など持っておらぬ」
「もし、お前の仲間になるといったらどうする?」
「ふはっ、ありえん。貴様はそういう人間ではない。素直で感情的。未熟で愚か。それが貴様だ」
奴はすでに俺のプロファイリングを終わらせている。
それでも状況を変えるには言葉を紡ぐほか道はない。
「仲間になる、ってのは少し言い方を間違えた。あんたの言う通り、俺は感情的な性格だ。同時に、どうしようもなく自分勝手でもある」
「ほう、少しは自分を顧みることができたようだな」
「だから、あんたと取引したい」
「……取引だと?」
食いついた。
いや、まだだ。奴は警戒している。奴の目に、今の俺はなんとか条件を満たそうと考えを巡らせている厄介な相手だ。
とはいえ奴自身は、いったいなにが条件になるのかわからない。
無暗に攻撃するのが正解なのかもわからないはずだ。奴はビビってる。本当にこのまま攻撃し続けていいのか不安がっている。
その証拠に、俺が思考加速を使ったと同時に奴は攻撃を中断した。
だからこその取引。
双方にとって余計なリスクを負わずにやりすごせるのなら、それに越したことはない。
「ああ。正直まいったよ。あんたの言う通り、俺が人間を攻撃するには条件が必要だ。けど、このままじゃ条件を満たせない」
「……その条件とは?」
「相手が全力で攻撃してくること。俺が人間を倒す唯一の方法。それは全力のカウンターだ。敵の力で敵を穿つ。それがゴーレムである俺が人間を倒せる秘密なのさ」
当然だが嘘っぱちだ。
「カウンター……なるほど、それでリカルドは竜化するほどの全力の攻撃をもってして、逆に己の力に滅ぼされたわけか……」
「さ、秘密を話したんだ。信じてくれるだろ?」
「信じぬ」
ぎくり、と体が固まった。
見抜かれた、そう思った直後、ゲイルはうっすらと笑みを浮かべた。
「と、いいたいところだが、取引とやらには興味がある。このままでは私も、いつ地雷を踏んでしまうか少々不安でな。この緊張感は老体に堪える」
「……取引ってのは単純だ。俺は、俺にとって大事な人たちさえ無事ならそれでいい。この都市のゴーレムたちや、機械派のみんな、それとクルーゼさんやエマを、俺がいた集落に連れていきたい。残ったこの土地はお前らが好きにしてくれればいい。反機械派だろうが魔導委員会だろうが、好きにやってくれ」
「確かに利口な提案だ。だがひとつ聞かせてもらおう。貴様らがいつかこの国の魔導士たちを脅かさない存在にならないという保証はあるのか?」
「……俺のコアをお前に渡す。それでどうだ」
「コアを渡すだと? 本気か?」
「本気だ。俺の魂をお前に、いや魔導委員会に預ける。他のコアでも俺は生きていけるが、いま搭載されているコアは替えが聞かない特別性だ。このコアを失えば俺はただのゴーレムのままってことになる。これでどうだ?」
「ふむ……」ゲイルは顎に手を当てて逡巡する。「よかろう」
奴の手から毒の煙が消えた。
「コアを渡す前に、一つ聞かせてくれ」
「駄目だ。これ以上交渉の余地はない」
「交渉じゃない。だいたいお前だって俺に質問したじゃねーか」
「……言ってみろ」
よし。変なところで律儀な奴だと思ってたけどドンピシャだった。都市を乗っ取ろうとしてる癖にクルーゼさんのところに定期報告にくるくらいだから、なんとなく予想はついていたけどな。
「お前にとって、強者とは……最強ってのはなんだ?」
俺の質問に、ゲイルは怪訝な表情をした。
「なんだその質問は」
「単なる好奇心だ。ずいぶん強者って立場に執着してるみたいだったからな」
「……私にとって強者とは、毒を撒く者だ」
「毒だって? 住民にばら撒いたような?」
「あれは力の一端にすぎん。……なぁ、機械の王よ。貴様もまた強者であるならば、強者が強者であるために必要な物を知っているか?」
「……知らねぇよそんなこと」
「強者とは弱者があってこそ成り立つものだ。だが、弱者がのさばれば強者は足元を揺るがされる。やがて弱者が強者の立場へとなり替わり、さらにその下にいる弱者が成り上がり共を脅かす。不毛だと思わんか?」
「力があるなら弱い奴らを守ればいいだろ!」
「青い。どこまでも青い果実よ。強者は弱者を攻撃できん。だが弱者をのさばらせるわけにはいかん。ならばどうするか。そう----毒を盛るのだ」
「……なにをいっているんだお前は」
「心の毒を、体の毒を、決して気づかぬように少し盛っていくのだ! けれども確実に蓄積していった毒はやがて人を蝕み生活を追い詰める。生活に追われた弱者は強者への反逆などどこへやら……後は貴様も知るように、目の前の問題ばかり批判する。物事の本質を見破れなくなるのだ!」
「それが反機械派だっていうのか」
「その通り! 実に無様な奴らよ! この都市はもはや私の術中。蔓延した毒は知らず知らずに伝染し、もはや歯止めは効かぬ! 私の毒は鼠の様に人々の足元を駆け回り、あらゆる場所に、あらゆる人に忍んでいる! 弱りはてた者たちほど御しやすいものもない! 毒こそが私の信じる最強なのだ!」
高笑いをするゲイル。奴の脳から明確なイメージが伝わってくる。
「とんだ下衆野郎だな手前……」
俺は右手をかざし、奴に魔力を送り込む。
奴の想像が、奴の望む力が、奴の身に宿り、人間であることを奪い去る。
「ふぐっ!? な、なんだ、体が熱いッ!」
「見せてみろ、お前の最強を。毒の力とやらろ。そんなもん、お日様で干してカラッカラに滅菌してやっからよ!」
「ふぐおおおおおおおおおおおお!」
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