第43話 相対

 ゲイルが悪態をつくと同時に渦が消えた。お供は二人。きっとこの場所を知っているのは限られた人間だけなのだろう。大勢引き連れて来るわけにもいかなかったというわけだ。


「この都市のことなのに、クルーゼさんが知らないだって?」

「町長と個人的に取引しているのはあの女だけではないということだ。これが大人の戦い方なのだよ」 


 ゲイルは白髪を撫でつけ不敵な笑みを浮かべた。

 機械と魔導。両者が入り乱れるこの都市の闇は俺が思っている以上に深いのかもしれない。


「お前たちがどんな戦いをしているかなんてどうでもいい! 俺は目の前の女の子を助ける! ただそれだけだ!」

「青いな……。仮にも機械の王を名乗るのならば、服芸の一つでも心得てはどうだ」

「汚い大人の言いそうな言葉だ」

「くっくっ、そう邪険にするな。私は貴様を評価しているのだよ。どうだね、その有り余る性能を私と魔導士たちの未来のために使わんか?」

「……どういうことだ」

勧誘スカウトだよ。私は今でこそ査問委員の一役員の身に甘んじてい入るが、年老いてもなおこの身で燻る野心の炎は消えておらん!」


 ゲイルは自身の胸を叩いて叫ぶ。

 その目はギラギラと光を放ち、強い野心と冷酷で冷徹な感情が見える。

 感情をむき出しにしたゲイルに俺は「お前の狙いはなんなんだ?」と問うた。


「魔術の繁栄。永久の栄光。私はな、魔術に生き、魔術に死ぬと誓った。魔術こそが強者の証。スラムで鼠の様に生きてきた私の希望……これは命令でも取引でもない、私の願いなのだ。悲願なのだ。どうか力を借してはくれまいか、機械の王よ……」


 しおらしく肩を落とすゲイル。

 どこからみても心から魔術を愛する一人の男にしか見えない。


「希望にすがる気持ちはわかる。……だからといって、この都市の住人に毒を盛っていい理由にはならない! お前は私欲のために多くを傷つけ過ぎた!」


 俺の目は誤魔化せない。

 ゲイルの肩が震える。

 奴の顔面に浮かび上がるのは愉悦と嘲り。

 嘘の仮面は剥がれ落ち、邪悪な真の表情が浮き彫りになる。


「はっはっはっ! その通りだ! 腹芸の見本を見せてやろうと思ったが、なかなかどうして、目はいいようだな」

「お前の本当の狙いは何だ!? 答えろ! ゲイル・アンダーテイル!」

「弱者を虐げることだ。力の使い道など他にあるまい。私はな、弱い者が大好きなのだ。我々のような強者のために、身を粉にして働くことの健気さと言ったらもう……躓かせてやりたくなる」

「てめぇ!」


 拳を握りしめる。

 全身が熱を帯びる。

 周囲の空気が歪み、陽炎を呼び寄せる。


「くく、素晴らしい魔力だ。だが貴様がなにをしようともう遅い! 見ろ!」


 ゲイルが外に腕を伸ばす。

 見ると、眼下の都市が紅く燃えていた。


「火事……? いや」


 聞こえる。人々の悲鳴に怒声。みんな口々に叫んでる。機械を壊せ。機械を排除しろ。

 この炎は、彼らが、彼らのために存在する機械を破壊する炎だ。


「この都市はもう終わりだ! いまさらどうすることもできん! 暴走したリカルドをいったいどうやって止めたのかは知らんが、私を止めたところで蔓延した病はもはや治ることはない!」


 高笑いするゲイル。奴はひとしきり笑った後、俺に腕を伸ばし「やれ」と呟いた。


 両脇を固めていた魔術師が一歩前に出る。

 不味い。一対一ならまだしも、相手は三人。

 三人も最強にしたら、勝てるかどうかわからない。


 ゲイルだけを最強に押し上げる事ができればまだしも、奴は最強の自分を想像していない。


 この状況じゃ、まともに戦える段階にまでもっていくことすらできないじゃないか。


 負けはしない。それでも勝つこともできない。


 早く地上の人たちを説得しないといけない以上、時間制限があるのは俺の方。


 万事休す----そう思っていると、魔術師たちがローブの下から黒い水晶を取り出した。


「これは、転生者の魂を封じた魔道具だ。この水晶の光は同じ転生者にしか通用しない」 

「わかってやがったのか」

「あくまでも推測だったが。貴様はあまりにも特異だったから、娘の誘拐の時に念のため部下に持たせたのだ。くく、だが推測は確信に変わった。貴様は元の世界で、うだつのあがらん惨めな人生を送っていたのだろう?」

「んなっ!」


 こいつ、何を。


「そんなことないにゃ! 王様は元の世界でもとってもすごい人だったのにゃ!」


 目を覚ましたのか、ゲイルの後ろでニケが叫ぶ。 


「はっ、そんなはずはない。リカルドも私も、転生者の力を会得した際に前世の記憶を垣間見た。惨めで虚しい、そんな人生の断片を」


 転生者の力を得た、だと。


「まさかあの刺青は……」

「察しの通りだ。あの刺青に使われたインクには転生者の魂を溶かしてある。もっとも、転生者の存在そのものは表には出てこない。あのクルーゼ・ドロシアすら忌避する存在よ。リカルドに与えた力も、稀に産まれてくる二つの魂を盛った赤子からしか手に入らぬ秘術中の秘術を用いたものだ。この水晶もまた同じ。さあ、心を壊されて死ぬがよい!」


 魔術師たちが黒水晶に魔力を込める。

 水晶から光が解き放たれるその間際、目の前に黒い影が横切り、魔術師たちの持つ黒水晶を切り裂いた。


「なっ!」

「そんなことはさせないにゃ!」


 眼前に現れたのは一匹の猫。小さな三角帽子を被ったその猫は二本足で立ち、箒を片手に立っている。

 猫から発せられた声は、ニケだった。


「ニケ!?」

「元の姿に戻るのはひっさびさだにゃあ! でも、こんな短い手足じゃ戦えにゃいにゃ!」


 ぐぐぐ、と彼女の体が変形する。

 胴体が伸び、四肢が伸び、胸や足に獣の毛皮を残したまま、人間の姿になった。


「お、お前……」

「にゃはは! もしかして人間の姿がニケの本当の姿だと思ってたかにゃ?」

「まぁ……」

「それはなんだか嘘をついてたみたいで申し訳ないことをしたにゃ」

「いや、それは……俺も似たようなものっていうか……」


 元の世界の俺はニケが思うような人物じゃない。

 赤点の常習犯で、半引きこもりで、自分の事しか考えていないような奴だった。


「じゃあお互い様だにゃ! ニケも王様も、まだまだ知らないことがたくさんあるのにゃ! これからゆっくり知っていけばいいのにゃ! 王様が元の世界でどんなド変態でも大悪党でも、ニケは王様に魂を預けたことに変わりはないのにゃ! ニケは、王様を信じてるにゃ!」

「ニケ……少なくとも俺はド変態じゃ----」

「とにかく雑魚は任せるにゃ! 王様は、あの白髪をやっつけて欲しいにゃ!」

「……わかった!」


 話聞けよ、と思ったがいまはそんな場合でもない。

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