基本料金無料、広告なし、死闘あり(後)


 最悪なことに順調に俺の順番が近づいてきている。


『おおっと!!催眠アプリによって催眠された観客がステージに乱入してきたぞーッ!!!』

「おらッ!催眠ッ!接近して……爆発しろッ!」

「催眠ッ!催眠を解除しろッ!催眠ッ!自殺しろッ!催眠ッ!催眠ッ!数が多す……うわああああああああああああああああッ!!!!」

「爆死しろ……催眠アプリを使う必要のない命令だがな」


 催眠アプリの力によって人間爆弾と化した観客たちに取り込まれて、また一人の催眠アプリ使用者が死んだ。

 目の前の殺戮を見ながら、半ば放心気味にそうか催眠アプリってハンターハンターみたいな使い方が出来るんだなぁ……なんてことを考えていた。


「オラッ!試合終了ッ!対戦相手の死亡を確認ッ!勝者松永爆弾ショー!」

「フン……」

 勝者の松永爆弾ショー(芸名か、それとも親が子供の名前で一世一代の一発ギャグを作ろうと考えたのか?)が去っていき、審判がさっきまで人間だった灰に催眠アプリの画面を向ける。


「オラッ!催眠ッ!蘇生しろッ!」

「はい、人力マン……開いた天国の扉に背を向けて蘇生します……」

 

 信じられない物を見てしまった。

 もはや催眠アプリというのもおこがましい――なんで人間が蘇ってるんだよ!


「なんでエッチ目的のアプリで人間が蘇って……いやなんで爆発してるんだよッ!プッチ神父じゃないんだぞッ!」

 貴賓席に座らされたアプリ開発者が叫んでいる。

 開発者も知らない機能だったのかよッ!


「オラッ!催眠ッ!黙れッ!」

「黙ります……催眠アプリなら、人間の生死も自由に操れます……なんでも出来る神の権能を有した全能アプリです……」

 催眠を叩き込まれたアプリ開発者が死んだ目で呟いている。

 もっとも、催眠を叩き込まれなくても死んだ目になって当然だが。


「思い込みの力は侮れないものだ、我々催眠アプリユーザーならば……全身が灰になった状態からでも蘇生できると自分を、そして催眠アプリを信じることが出来る……君には無理だと思うが」

 俺の隣に立つおっさんが知らない世界の常識を叩き込んできた上で現実に戻してくる。


「しかし、人力マンは油断したな。催眠アプリを使うことが前提になっている以上、観客の催眠アプリ対策も完璧……そう考えてしまったが故に最初から催眠を受けた観客が松永の手によって仕込まれているという可能性から目を逸らしてしまった」

「……根本的な話として一対一の戦いじゃないんですか?」

「原則としてはそうだが、戦場では何が起こるかわからないからね」

 そうか、国民武道館は戦場だったんだなぁ。

 理性と本能がこの時点で楽に死んでおけと強く訴えるのを無視して、俺はぼんやりとステージに目をやる。


 阿修羅のごとくに複数本生やした全ての腕にスマホを持つ男と、本来目があるべき場所にただぽっかりと穴を開けたミイラのように痩せた男が対峙している。


「なんですかアレ」

「腕が複数本あるとたくさんのスマホが持てて便利だと考える催眠アプリユーザーがいても不思議ではないだろう?そして、視覚を遮断するために眼球自体を摘出するのも当然の発想だ」

 おっさんが俺の横で厭な解説を入れてくる。

 異世界の常識を現代日本でぶちこんでくるな。


「オラッ!試合ッ!」

 審判が叫ぶと同時に、阿修羅のスマホが一斉に輝き始める。

 その輝きの全てを無視してミイラ男が直進する、その手には刀。


「わかっておると思うが儂に催眠は……ッ!」

「スマホっていうのは催眠アプリだけじゃなく……投擲武器にも使える万能武器なんだぜッ!」

 瞬間、阿修羅のスマホが一斉にミイラに向かって放たれた。

 俺としては彼にスマホが催眠アプリだけでなく投擲武器としての利用出来ることに利便性を見出すのではなく、ちょっとしたアプリとかで利便性を見出してほしいと思っている。


「カァーッ!」

 ミイラの叫び終わった瞬間、投擲されたスマホは全て両断され武道館の床に転がっていた。


「ふん、爺さん……戦いはここか……」

 瞬間、阿修羅が何かに気づいたかのように目を見開き――ミイラが叫んだ。

「オラッ!催眠ッ!敗北を認めステージから出よッ!」

「はい……俺の負けです……」

 どのタイミングで催眠にかけられたのか、阿修羅がすごすごとステージから去っていく。


「オラッ!試合終了ッ!勝者富田時速六十キロ制限速度!」

 審判が勝者の名を告げる。

 それにミイラ……富田時速六十キロが満足げに頷き、いつそれを床に落としていたのか――スマホを拾い上げて悠々と去っていく。


「……あの爺さん、刀に催眠アプリの画面を反射させたな」

「催眠アプリの画面を?」

「しっかし催眠アプリを牽制技や間接利用ではなく直接攻撃に使うとはな……まったく、面白い爺さんだぜ」

 催眠アプリを相手に直接使うと評価される……環境が回りすぎて、そこから更に一周回って普通のことをすると逆に評価される異様な空間であることを実感した。なんなんだよ、このトーナメントは。


「おっ……そろそろ君の試合だな、降参は認められているから速攻で降参すれば後遺症はあるかもしれないが、死にはしないだろう」

 おっさんが明るい笑顔で暗い情報をもたらしてくる。


「っていうか出場そのものを辞退することは」

「そうなった場合、戦士ではない野良の催眠アプリユーザーとして狩られることになるだろうね」

「えぇ……」

「ま、形だけでも試合を成立させておくことだ」

 俺は祈った。

 降参を叫ぶよりも早く、相手が俺を殺しに来ない紳士的な相手であることを。


「永眠ッ!死ねッ!ヒヒヒッ!ヒィーッヒィッ!」

 ステージに上がった俺を迎えてくれたのは舌から血が出ているにも関わらず、ナイフの刃をペロペロと舐めながら薄気味悪く笑う男だった。

 死ぬしかねぇ……いや、人に誤解されやすいだけのタイプかもしれない。


「降参しても聞こえなかったフリして刺し続けちゃおーっと、ヒヒヒヒヒヒヒヒ」

 死ぬしかねぇ。


「両者準備はいいか?」

 審判が俺たちに尋ねる。


「出来てないって言ったら帰れますか?」

「準備不足を呪って死ぬことだな」

 あー、俺やっぱ死ぬんだ。


「ヒヒヒッ!参列者全員に肉片を配れるぐらいに切り刻んでやるよッ!」

 しかも俺自身が会葬御礼にされるんだ。


「オラッ!試合ッ!」

 審判の開始宣言と共に、ナイフ男が俺の喉を刺し貫いた。

「これで早速降参できなくなったなァ~ッ!」

 叫ぶことも呻くことも出来ない――そのまま、ナイフ男は俺の全身にナイフを突き刺していく。

 突き刺さったナイフの質量以上の命が俺の身体から漏れ出していく。

 目の前の男に容赦はなく……そして、俺にも容赦はなかった。


「催眠解除ッ!降参ッ!じゃ……サヨナラ!」

 ナイフ男のリーチからはるか遠くに離れた観客席から俺は叫び、そしてすぐさま俺はその場から逃げ出した。


 ステージに残されたのは審判とナイフ男、そして――アプリ開発者の死体だった。


「ウォーッ!やっべぇ!逃げろ!逃げろ!」

 全速力で出口へと向かう俺の前におっさんが立ち塞がる。


「考えたな、君」

「おっさん……」

 おっさんだけだ。

 それ以外の関係者とかそういう人間はいない。


「観客も含めてこの会場にいる全員が催眠アプリに対してなんらかの対抗策を取っている……少なくとも素人の君に突破できるレベルではない、が……」

「ええ、一人だけ俺でも催眠にかけられる人間がいました。あのアプリ開発者です」

 試合が始まる前、俺はあのアプリ開発者に催眠をかけた。『姿も含めて完全に俺として振るまえ』と。


「思い込みが催眠アプリの効能を強化すると言うのならば、催眠によって催眠アプリを全能アプリだと思い込まされたアプリ開発者なら、俺のように振る舞うのは何も難しいことではないし……殺されても蘇生させられるから、俺としてもあんまり罪悪感が湧かないで済みます」

「……全く、末恐ろしいな!」

 おっさんが呵々と笑う。


「だが、敗北した以上催眠アプリは没収だ……そして、君は元の世界に戻ると良い。君は見事に催眠アプリを使いこなし、生命の危機を脱してみせた。誰が何と言おうと私が君の邪魔をさせないよ」

「おっさん……」

 アンタが巻き込んだせいだろという言葉をぐっと飲み込み、俺は催眠アプリを削除して、国民武道館を後にする。


 結局、催眠アプリで俺はエッチなことをすることは出来なかった。

 けれど、催眠アプリが実在するのだ。

 俺は――


 翌日、俺は同じクラスのエッチなギャルを校舎裏に呼び出した。


「セックスさせてください!!!!!!!!!!!」

「いいよー」


 催眠アプリもあるし、日常の裏で起こる戦いも存在する。

 だったら、オタクにやさしいギャルが存在したって良い。


 【終わり】

 

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どんなエッチな命令でも出来ちゃう催眠アプリ -最大トーナメント編- 春海水亭 @teasugar3g

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