基本料金無料、広告なし、死闘あり(中)
後日、俺はおっさんと共に公共交通機関を乗り継いで国民武道館に向かった。
交通費は自己負担。一般的なデスゲームなら拉致られて交通費無料やぞ。
最寄り駅から徒歩五分――冬の凍てつく空気がギロチンの刃のように肌を撫でる。切るべき首を探しているかのようだ。五分の距離を死刑台に向かう死刑囚の気分で歩いて行く。
国民武道館には一万人単位の長蛇の列が出来ていた。
今日はどこかのアーティストがライブでもやるのか。そう思い込みたかったが、おっさんによって願いは一瞬で打ち砕かれた。
「最大トーナメントのチケットは即日完売だったらしいぞ」
「即日で売れる程度に催眠アプリ最大トーナメントが周知されてるのかよ……」
催眠アプリでこれだけの数の人間が催眠状態にあるか、これだけの人間が催眠最大トーナメントに興味があるのか、どちらがマシかは俺には判断出来なかった。
「ま、君は特等席で見れるわけだがね。ラッキーだったな」
「
「物販の人間には顔が利く、冥土の土産になんか買ってきてやろうか?」
「催眠最大トーナメントにも物販あるんだ」
「一番人気はスマホケースだ」
「本当に必要なのは中身の方なんだよなぁ」
人生最後になるかもしれない会話を交わしながら、関係者入口に向かう。
武道館の関係者入り口を使う機会など、俺の人生で二度と無いことだろう。
二度と無いの理由は――まぁ、考えるのもイヤだけど。
おっさんに導かれるままに、俺は控室らしき広い部屋に辿り着く。
「……っ」
控室内の人間の視線が一斉にこちらを向き、思わず呻く。
催眠アプリというものは誰にでも――それこそ、俺のような普通の高校生に使えることが魅力的な部分だ。
ただ、それは逆にこうも言える。
「天生万物與人、人無一物与天、殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」
「打ちたいなぁ!
「ヘヘッ……ワクワクしてきたな……とんでもねぇ
催眠アプリなんて持たなくても強い奴にも使えるのが、催眠アプリの最悪なところだ。
金属バットや刀なら生易しい。ダイナマイト、レーザーガン、重機関銃――凶器準備集合罪の限界を超えて死刑判決が下るレベルの武器を大抵の参加者が所持していた。
ミイラのように干からびた男、胴体よりも巨大な義手を装着した幼女、どう見てもロボットにしか見えない奴、アイアン・メイデン――見るだけでわかる、この空間に常人は存在しない。
「催眠最大トーナメントどうなってんだよ!!!!!!!!!!!!」
催眠アプリを有効に活用して戦うトーナメントだと思っていたら、おっさんが可愛く見えるレベルでどいつもこいつも完全武装している。もう催眠アプリ抜きで戦えばいいだろ!俺も抜きで。
「落ち着け、少年」
おっさんが俺の両肩に分厚い手を置く。
その両手は身体の中で火が燃えているかのように熱い。
「催眠最大トーナメントは全員催眠アプリを持っている、これはわかるな」
「……持ってんのか?」
俺の言葉に全員がスマホを取り出した。胸の中にスマホを埋め込んでいる奴もいる。そして、画面には『催眠』の文字。全員が催眠アプリの持ち主らしい。いらねぇだろ。
「別に我々も全員が全員、最初からこうだったわけではない……最初は、催眠アプリの早撃ち勝負だった」
「……先に催眠を決めた方が勝ちみたいな?」
「その通り。だが、催眠アプリには画面を見せなければ催眠が通用しないという弱点が存在する……そこで気づいた人間がいるんだ。催眠はたしかに強力で、発動条件も緩いが……直接暴力はそれ以上に緩いとね」
「催眠アプリとか関係なく終わってるよ、アンタら」
「喉を破壊することで催眠状態の命令を不可能にしたり、腕を破壊することで相手のスマホを落としたり、相手の催眠に割り込んで自分に催眠をかけて攻撃することで相手の催眠を無効にしつつ、相手が最も油断するタイミングで不意を打ったり……っていうか銃で心臓を撃ったほうが早かったり……とにかく、催眠アプリの戦いは熾烈を極めた」
「……いうほど催眠アプリの戦いか?」
「メタゲームが回りに回りまくった結果がこれだよ」
「回るスピードが蒸気タービンのそれなんだよなァ……」
「全員が催眠アプリを所持していると、勝敗を決めるのは催眠アプリとは別の部分になる……誰しもが持てる力であるが故に努力を積み重ねた優秀な才を持った人間が勝利する……悲しいことかもしれないがね」
「催眠アプリってもうちょい気軽に楽しむものであるべきだろ」
しかし催眠アプリをばら撒いた結果、催眠アプリを無視されることになるとは――おそらく開発者も泣いているだろう。
そして――俺は高鳴る鼓動を落ち着かせるように自身の胸を掴んだ。
『出場者の皆様に申し上げます、開催式が行われますので――』
その時、控室内にアナウンスが響き渡った。
参加者たちが一斉に立ち上がる、その口元には獣の笑み。
そのように生まれたのか、あるいは催眠アプリの戦いの中でそうなったのか。
昔は人間だったのだろうが、今の彼らはただ殺意が人の形を取っているだけだ。
この異常殺戮者達によるトーナメントに出場すれば、俺は催眠とか関係なく死ぬ。
殺し合う運命の殺戮者達は俺という異物を一つだけ巻き込んで、一つの塊となって会場に向かう。
満員の観客席。客席に座る見るからに汚いことをしてカネを稼いだであろう富豪に、見るからに汚いことをしてカネを稼いだであろう一般人、そして見るからに汚いことをしてカネを稼いだであろうサイリウムを持ったオタク。この大会ってサイリウムいるのか?
会場の中心で整列させられた俺たち――その前に二人の黒服で両脇を固めた一人の男が現れる。
「アプリ開発者の方だよ」
おっさんが小声で囁く。
催眠アプリ開発者――目の前の男が俺の今日の予定に死をぶち込んだ根本的な原因らしいが、その視線は留まることなく彷徨い続け、身体は小刻みに震えている。
「それでは、開催の挨拶をお願い致します」
黒服の一人がよく通るバリトンの声で言い、アプリ開発者にマイクを渡す。
アプリ開発者が小声でブツブツと何事かを呟くのを、マイクが拾っている。
「違う……僕はただエッチ目的にアプリを作っただけであって、こんなことが目的じゃないんだ……なんで殺し合いになるんだよ……
「オラッ!催眠ッ!開会の挨拶ッ!」
「催眠アプリは世界を支配する力ッ!最強の催眠アプリ利用者こそが世界を支配する存在ッ!さぁ……集まった六十四人よ……殺し合えッ!世界の王たる存在を決めろッ!」
「ありがとうございました」
黒服に催眠を叩き込まれた虚ろな目をしたアプリ開発者がステージ最前列の玉座に座り、黒服の二人が俺たちの列に加わる。
開発者の意図に沿わない利用って、催眠アプリでも起こるんだ。
開会式が終わる。
エッチはエッチでもHELLの方が始まろうとしていた。
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