どんなエッチな命令でも出来ちゃう催眠アプリ -最大トーナメント編-

春海水亭

基本料金無料、広告なし、死闘あり(前)


「くらえッ!催眠ッ!」

「うわ~……急に意識が薄らいでって相手の言うことを何でも聞いちゃう精神状態になっていくよ~」

「なんて説明口調……この催眠アプリ……本物なのか?」

「本物だよ~……催眠にかけられた本人がこう言っている以上は~」

「本人がこんだけ言ってる……本物だッ!」


 さて、催眠アプリと呼ばれるガジェットの話を誰でも一度は聞いたことがあるだろう――主に十八禁コンテンツとかで。どんな人間でも催眠術を使用可能になるアプリケーションである。否、催眠術では通常、相手が本心から拒絶する行為は行わせることは出来ないため、主人公が淫乱ドスケベタウンに住んでいるというわけでもなければ、催眠アプリは催眠術の限界を超えた究極の洗脳アプリケーションと言っても過言ではないだろう。

 そんなアプリ配信サービスでは取り扱えるわけがない(そんな無法アプリが公的に配布可能になったらGAFAがGAFUCKになってしまうからね)し、そもそもフィクションの中にしか存在しないはずのアプリが今、俺のスマホの中にあった。


 そして、俺はそのアプリが本物かどうかを確かめるために同じクラスのエッチなギャルを校舎裏に呼び出して試してみたってわけだ。

 そうでなければ自分のスマホ画面を見せながら、相手に「くらえッ!催眠ッ!」なんてことは言わない。


「うわ~自我がないよ~、あーしは今、どんなエッチな命令でも聞いてしまう空白の器だよ~催眠アプリの画面を見せられただけでこんなんになっちゃうだなんて~」

「催眠術にかけられた人間は無言になるけど、催眠アプリに催眠されるとすっげー喋るんだなぁ」


 もしかしたら、ユーザビリティに配慮しているのかもしれないと俺は思った。

 催眠アプリは俺のスマホに突如として現れた上に、いざ起動してみると『洗脳』の文字が表示されているだけの説明ゼロのクソアプリだ。アプリ配信サービスでも紹介文は載っていないし、公式サイトも存在しない、催眠アプリで検索したところでエッチなコンテンツが見つかるだけだろう。そんな情報の絶無っぷりを補うために催眠状態にある相手がやたらと喋る――そんなことは十分に考えられるような気がした、説明書つけとけや。


「あ~、今のあーしという肉の身体を持っているだけのロボットに命令してほしいな~」

「……おっと」

 思わず生唾を飲み込む。

 クラスのエッチなギャルを文字通り好き勝手に出来るのだ、そう考えると興奮が止まらない。

 まずはジャブで自分に「好き」って言わせてもらおうか、別に好きでもなんでもない人間に死んだ目で「好き」って言わせるのなまじ裸にさせるよりもエッチな気がするぜ――そのようなことを考えていた瞬間。


「ほう、新たなユーザーか……」

 背後で太い声がした。

 瞬時に振り返る。俺よりも身長が高い。おっさん。身体が太い――脂肪じゃない筋肉の厚み。そして右手にはスマートフォン――洗脳アプリの画面。

 視覚情報が脳を駆け巡り、その情報に対して理性が結論を出すよりも早く俺の舌と指は動いていた。


「催……」

「甘いッ!」

「ガッ……」

 丸太を腹部に突っ込まれた――違う、蹴りだ。おっさんの中段前蹴りが俺の腹部に――突き刺さり、流れるように側頭部にバットで殴られた?否、回し蹴りのコンビネーション。

 地面から足が離れる。指先からスマートフォンが離れる。意識が身体から離れる。その内のどれか一つでも受け入れてしまえば死ぬ――足の裏をただひたすらに地球の引力に任せる、指の一つ一つを蛇のようにスマートフォンに強く絡ませる、そして意識は気合で――支える。


「ほう」

 おっさんが感心したように目を見開く。

 おっさんの巌のような筋骨隆々な体躯――先程の連撃で死ななかったのが奇跡だと思う。

 だが、奇跡に感謝している場合ではない。なんとか対抗手段を――瞬間、俺の脳裏にアイディアが光る。


「エッチなギャル!おっさんを襲えッ!」

 俺の命令と共にエッチなギャルが駆ける。

 まさか催眠アプリで最初に命令することになったのが暴力とは――だが、意味もわからずに殺されるわけにはいかない。


「……いいセンスだ、悪くはない」

 だが、おっさんは悠々と手に持ったスマホの画面をエッチなギャルに見せつけて叫ぶ。


「催眠ッ!家に帰って勉強して寝たら催眠解除ッ!」

「東大王にッ!あーしはなるッ!」

 エッチなギャルは同じ勢いのまま、おっさんを通り過ぎ、走り去っていく。おそらく家に帰って勉強して寝るのだろう。

 そして、咄嗟に目を塞いだことが幸運だった。

 目を開いたままでいれば――催眠アプリの命令は俺にも届いていただろう。

 だが、それは終わりを一瞬だけ引き伸ばしたに過ぎない。


 まさに一瞬と呼ぶにふさわしい――おっさんはその巨躯からは考えられない速さで、俺の背後に回っていた。分厚い野球のグローブのような両手が俺の肩に置かれている。


「なっ……なんなんだよアンタッ!」

「……君の先輩と言うべきか、私も君と同じ催眠アプリユーザーだよ」

「ここ、校舎内だぞ!アンタ一体何しに来たんだよ!」

「君は催眠アプリをどんなガジェットだと思っている?」

 おっさんが俺の質問を無視して、太く重い声で尋ねる。

 

「エッチな目的に使うアプリじゃないのかよ……大体の十八禁コンテンツにそう書いてあったぞ……」

「そりゃエッチなコンテンツなんだからエッチな目的に使うだろ」

 まぁ、それはそう。


「いいかい、新たなユーザーよ。催眠アプリはたしかにエッチな目的に使うことも出来る……だが、エッチ目的アプリだと考えるのは君がエロガキだからであって、宗教に用いれば現人神に、政治に用いればすぐにでも一国の支配者に、無軌道に扱えば世界の破滅すら可能になるだろう」

「……エッチコンテンツのハーレム作ってハッピー♡みたいな終わりを迎える主人公が凄まじい精神力の持ち主に思えてきました」

「催眠アプリは神にも悪魔にもなれる恐ろしい力だ……だが、君みたいなエロガキが所持できるぐらいに広範囲に広まっている……そこで我々催眠アプリユーザーは考えたのだ。もう催眠アプリユーザーが集まってトーナメントを開催すれば良いのではないか、と」

「考えすぎて結論がおかしくなってません?」


 何故、催眠アプリを持つことからトーナメントに話が飛んでいるのか。

 打ち切りが決まったから、急にテコ入れが入ったのか?


「我々催眠アプリユーザー達が一同に集まり、唯一の最強を決める……催眠アプリ最大トーナメント……それを近日、国民武道館で開催する」

「コンサートとかで使うあの!?あそこ!?そんな催眠アプリ最大トーナメントのためにレンタル出来るんですか?」

「国民武道館はコンサートなどで目立つ場所だが、その名が示す通り、本来は武道のための場所だ……催眠アプリ最大トーナメントを開催すると利用申請を出したら、快く受け止めてくれたよ」

「催眠アプリ最大トーナメントって武道カウントで良いんだ……」

 というか、これ既に国民武道館関係者の方に催眠が入っているのではないか、と俺は思い……そうであってくれと強く祈った。

 普通に催眠アプリ最大トーナメントが利用目的として受理される世界は既に狂っている。


 いや……それよりも。


「催眠アプリユーザーが一同に集まり……ってことは、俺も、もしかして……?」

「安心しなさい」

 背後にいるおっさんの表情はわからない。

 それでも、太い音を立ててニィと笑うのがわかった。


「降参はルールで認めているからね」


【続く】

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