第12話
馬を扱うスズの隣に乗り込んだカルマは、あらゆることに興味津々だった。
馬車に乗る前に、人生で初めて目にした馬に心躍り、しばらく首筋を撫で続けていたほどだ。
「馬を見たことない人なんて初めてよ」
「はしゃぎすぎてごめん…。ちなみに言うと、ここがどこかも分かってないんだ」
「そんなことある?」
そう言いつつも、スズは呆れることなく教えてくれる。
「この国は、破壊の国カタストロ。国の中心部から離れているから分かりにくいけど、ずっと北に行ったらカタストロの街が広がっているわ。私の住んでいるところはラライナ村といって、離れた地方にある唯一の村なの。カタストロの配下にあって、農業と飛行船の造船をしてる。私も造船士よ」
「だから飛行船に見入ってたのか」
「当然よ!」
前進中にも関わらず、スズは前のめりでカルマの方に顔を寄せる。
「あなたの乗ってきた飛行船は、とんでもなく昔の物なの。型番で言えば100年以上前の物よ。今時充電式なんて使わないわ。何ならどうやって充電のシステムを維持していたのか分からないくらいね」
はっとしたスズは咳払いをして、そんなことはさておき、と話を戻す。
「肩に乗せてる鴉は一体何?」
「あーえぇと…」
ロティをじっと見つめられ、カルマは口ごもる。
(普通鴉は話さないから、それを言ったら驚かれるよな)
ルカやマクアにも黙っていたほどだ。鴉が言葉を話すなど、普通であれば信じられない。
「友達、なんだ」
「友達?」
そもそも鳥を友人枠に組み込む時点で何かしらの疑惑を持たれることを考慮していなかった。カルマは瞬時に否定できそうな言葉を探す。
「珍しいわね、鴉なんて」
「やっぱり普通じゃあり得ないよね…」
「そんなこと言ってないじゃない」
意外とスズはブラッドロウを気味悪がっておらず、むしろ興味を持っているようにも見えた。
「別に友達に種族なんて関係ないと思うわよ。別の国には人間じゃない生き物がたくさんいるかもしれないじゃない?死の象徴とされる鴉を選ぶのは珍しいけど、何も変なところなんて無いわ」
まっすぐの道をゆっくりと進みながら、スズはじっとロティの瞳を見つめてくる。
「さっきから話を進めるごとに、カルマと似たような表情をしているような気がしてたのよね。変よねー喋るわけでもないのに」
「話せるがな」
「そうだよね鴉が話すなんて…っておい!!!!」
情景反射でロティの嘴を掴んだが、既に遅かった。
「お前…なんで声出したんだよ!」
「ふぇふにもんはいはいはお(別に問題無いだろう)」
小声で話している間、スズの顔を見られなかった。
(あーーーーーーまずいまずいまずいまずい!あり得ないだろ鴉が話すなんて…)
「喋れたの!!?」
先ほど飛行船を見た時のような声色に恐る恐る顔を上げると、予想に反してスズの目は輝いていた。
「あなた、名前は?」
「ブラッドロウだ」
「愛称とかあるの?」
「カルマにはロティと呼ばれている」
「性別は?」
「男だ」
「いつから喋れるようになったの?」
「生を受けた時からだな」
「ちょっと、ストップ!」
両者の肩を外側に引き、強制的に距離を取らせる。
「何よ急に」
「いや、何とかじゃなくて!どうしてそんなに冷静でいられるんだ?鴉が言葉を話したんだぞ?」
カルマ自身はロティと幼少期に出会っているため素直に受け入れられた面があるが、スズに関してはその理論は通用しないと考えていた。
「冷静じゃないわよ。しっかり驚いてる」
驚いた上で、ロティの嘴にそっと触れた。
「でもありえないことではないでしょ。人間だって喋るんだから」
あまり理由にはなっていない気がしたが、少なくとも彼女がロティに対して攻撃的でないことは分かった。
「そういえば、カルマはどうやって壁を抜けてきたの?」
ロティの頭を人差し指で撫でながら、嫌がる顔をスズは楽しそうに見つめている。
「俺もよく分かってないんだ」
闇の力を使用したことは隠し、ドームが勝手に開いたことを伝える。
「無理やりこじ開けたわけでもないのに、生きてるみたく穴が開いたんだよ。そのおかげで怪我無く入れたんだけど」
話の途中で馬車が止まった。まだ森を離れて少ししか経っていない。村に着いたとは考えにくい。
「…降りて」
一気に低くなったスズに声に驚いて顔を上げると、彼女は冷徹な瞳でこちらを睨んできていた。
「え?」
「とっとと降りて」
押し出されるようにしてカルマは馬車を降ろされる。状況が理解できず、ただスズを見上げた。
「あんた、継承者だったのね」
「継、承者?」
「油断したわ…外から来たって時点で疑うべきだった」
先ほどまでのスズとは別人のようだった。まるで何か恨みでもあるような表情をしている。
「継承者って何?」
「とぼけないで。神の加護無しに鎖国国家を行き来できるのなんて、継承者しかいないのよ」
鞭を打たれた馬が、前足を空高く上げた。
「神に逆らって私たちまで死ぬなんてごめんだわ。カタストロにでも行って勝手に死んでちょうだい」
何が何だか把握する前に、スズはその場から立ち去ってしまった。軽く吹いた風に靡かれ、カルマとロティは目を合わせたまま立ち尽くすのであった。
「…大丈夫よね。継承者と関わったら今度は…」
「スズ、帰ったか」
村に帰るや否や、スズは杖をついた老人に声をかけられた。
「ただいま、おじいちゃん」
白髪の老人はスズの祖父であり、彼女と同じ造船士である。
「〈村長〉が呼んでおる」
その言葉に、スズは右手を強く握りしめた。
「耐えるんじゃ、スズ。生きる術を見失うな」
「…分かってるわ」
先ほどカルマに向けたものと同じ瞳を隠しながら、スズは村の奥へと姿を消していった。
BLOOD/LAW 佐々木 律 @ritsu_sasaki
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