第11話
確認した途端0になった電源のメモリ。飛行船は重力に従って真っ逆さまに急降下していく。
「お、落ちる!ロティ、俺空とか飛べないの!?」
「まだ契約が浅すぎる。無理だ」
「嘘だろおおおおおおお!」
落ち行く先を見てみると、先ほど指を指した小さなドームが徐々に大きく見え始めていた。
(ぶつ、かる…!)
数刻前に飛び出してきた、エレノスのドームの厚さを思い出す。このままぶつかりドームの外側を滑って落ちていくか、穴を開けて中へ向け更に落下するかの二択が残されているが、そんなことを考えている余裕はカルマに無かった。
「見ろ、カルマ」
「ぶつかるところ見たいやつなんかいるか!」
「誰もぶつかるなど言っていない」
とにかく目を開けろと言われるがままそれに従うと、ドームに小さな穴が開いていた。
「広がって、る?」
正確には〈開き始めた〉というべきかもしれない。まるでこの飛行船を迎え入れようとしているかのように。
ただし、開いたところで結末は変わらない。結局のところ飛行船は落下中なのだ。
「どうにか…なってくれ!」
その叫びに反応したのか、落下直前で飛行船がふわりと宙に浮いた。正面の窓を見てみると、黒い影が勢いよく渦巻いているのが分かる。
「お前はもう我の力を手にしている。契約はまだまだ浅いが、扱いは今後覚えていかねばならん」
「これ、俺がやったのか…?」
ゆっくりと降下し、大きな音も立てずに飛行船は無事着陸した。自然と黒い影たちは姿を消していく。
「力を受け入れ理解すれば、今よりもうまく活用できるようになるだろう」
実感が無いままに飛行船の扉を開けてみると、そこは広大な木々に囲まれた場所だった。
「ここは…森だ!」
建造物に埋め尽くされていたエレノスとは真逆とも言える、自然が手に取れる場所にある空間。書物で知識を得ていたカルマの瞳が輝いていく。
「すごい、こんなに大きな木がたくさん!でも、ここは一体何があった場所なんだろう」
森、というわりには広い空間であった。たしかに周囲に木々は生えているが、飛行船が余裕をもって着陸でき、それ以上にまだ広さがある土地に木は一本も生えていない。
「何かが建っていたとしたら少なからず跡地があるだろうし…木を何かに活用しているとか?いや、だとしたら端から採取していけばいいよな…」
ぶつぶつ呟きながら考察を進めていく途中で、背後から聞こえた足音に気が付いた。
「警戒しろ、カルマ。ここにお前を守る者は存在しない」
「分かってる」
右腕に力を入れながら、飛行船の裏に隠れて近づく足音を待つ。
(音が軽い…子供か女性か。大した武装もしていなさそうだ。荷物もそれといって無いだろう)
下手に力を行使すべきではないだろうことは、カルマも理解していた。立場的にも相手の方が圧倒的に有利である。外部から来た人間という時点で、この土地には不慣れなのだ。
「これ…」
女性の声。しかし油断はできない。エレノスの軍には女性も複数所属していた。
「すごい古い型の飛行船じゃない!」
(…ん?)
少々女性の声が高ぶる。
「でも傷は少ないわね…充電式だわ、珍しい。作りも雑じゃないし、プロペラもちゃんと整備されてる。年季が感じられないわ」
細かく飛行船を眺める女性の視界から隠れるために、カルマとロティは何度も位置を移動した。時々怪しいタイミングはあったが、女性の瞳には飛行船しか映っていないらしく、こちらの存在を確認するという発想すら見受けられなかった。
「完全にただの移動用みたいね。少し翼のここがめくれてるくらい…きゃっ!」
(危ない…!)
足元にあった小さな石に躓き、女性の体が前に傾く。カルマの体は咄嗟に動いていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「…へ?」
数秒間女性に見つめられ、無言のままどうしたものかと悩む。
「これ、あなたの、船?」
「そう、ですね」
女性は慌てて立ち上がり、目を泳がせながら深く頭を下げてきた。
「ご、ごめんなさい!私ったら、誰かの落とし物かと思って…ほら、こんな森の真ん中なんて誰も来ないから!だから、その…!」
「気にしないでください。驚いて身を隠してしまったこちらにも非がありますから」
申し訳なさそうな顔をする女性。茶色から毛先に向けて青くなるような髪の毛は初めて見た。ポニーテールにまとめ、ショートパンツに水色の長袖、少し大きめの靴。外見から活発さが感じて取れる。
「はじめまして。カルマ・ルス・ブラッドロウと申します。差し支えなければお名前を伺っても?」
「スズ・シャガール、です…」
ふわりと微笑まれたスズは、反射的にカルマから目を逸らした。
(どうしよう…社交パーティでも女性とあまり話してこなかったんだよなぁ…)
そして、互いに言葉を探している空気に先に耐えられなくなったのはスズの方だった。
「あー無理無理!こういう微妙な空気、一番嫌!」
驚きと緊張で固まっていた体をほぐしながら、スズはカルマに微笑みかけた。
「君、どこから来たの?見たところ、この辺の人って感じしないんだけど」
高級なスーツにコートを重ね着しているカルマは、どこからどう見ても飛行船に一人で乗って森に不時着するような男には見えない。
「エレノス帝国から参りました。ここに着陸したのはある意味事故とも言いますか…」
「ストップストー―――ップ!」
警戒心を与えないような笑みを浮かべながら話していたカルマに、スズは顔面ぎりぎりのところまで手を伸ばして言葉を遮る。
「服装とか態度とかからして家柄が良いのは分かるわ。でも、その話し方はやめて。なんかこう…むずむずする!」
「ですが、初対面の女性に馴れ馴れしくするというのは少々…」
「じゃあ、私からのお願いよ。こんな辺鄙なところで会ったのも何かの縁でしょ?慣れてないのよ、そうやって接せられるの」
直さなければこれ以上は話さないとでもいいそうな勢いに、カルマは折れる他なかった。
「分かりまし…分かった。普通に話すよ」
すっきりしたような顔のスズ。ようやく会話が成り立ちそうだ。
「エレノス帝国って言ったわよね。あの有名な支配の国でしょ?外に出ようとしたら殺されるっていう物騒な…」
「どうしてそんなこと知ってるんだ?」
「どうしてって、逆に知らない人なんていないと思うわよ。他の国についてはそうでもないかもしれないけど、エレノス帝国なら誰でも知ってるじゃない」
当然のように話され、まるでそれが〈当たり前〉かのように思えた。むしろ必死に歴史書を漁らなければ外の世界が存在するという事実すら知らなかった自分が異常であるかのようだ。
「エレノス帝国って言ったら、この世界で一番軍事力を持ってる国だもの。逆らったら最後、支配の対象になるだけよ。誰もそこに行きたいなんて思わないわ。自分の国で生きるので精いっぱいだしね」
「行きたいって、行けるのか?外の国に?」
「ただの例えよ。鎖国国家を簡単に行き来出来たら苦労しないわ。私は別だけどね」
飛行船に触れながら、スズは空を見上げる。
「私はいつか世界旅行をしたいの。自分が作った飛行船に乗って、いろいろな世界を見て回りたい。そして歴史書を書きたい。それが私の夢」
叶わないことは分かっている、と笑うスズは、どこか寂しそうだった。
「素敵な夢だと思うよ」
「ありがとう。冗談でも嬉しいわ」
「冗談なんかじゃない。俺もそんな世界を作りたいと思ってるから」
それこそ冗談を述べているような瞳には見えず、スズは思わず引き寄せられそうになった。
「俺は鎖国を終わらせようと思ってる。国家を開国して、この世界を根元から変えるつもりでエレノスを出てきた」
一瞬あっけにとられたスズだったが、数秒置いてから大きな声で笑い出した。馬鹿にされる可能性は考慮していたがここまでか、と考えていたカルマだが、それは杞憂であった。
「面白いわね、カルマって」
「面白い?」
「えぇ。だって誰も考えなかったことをしようとしているんだもの。私と同じくらい無謀な夢を持ってる人、初めて会ったわ」
自然と出てきた涙をぬぐいながら、スズは右手を差し出した。
「もっと話を聞きたいわ。私の住んでる村に来ない?あなたの夢の第一歩になると思う」
彼女は自分の目的を信用してくれた。それだけで、自身の信頼を置く大きな理由になる。カルマはスズの手を優しく握った。
「君はきっと俺の知らないことを知ってると思う。色々と教えてほしい」
「もちろんよ。素敵な情報交換になりそうね」
「ありがとう、スズ」
彼らはお互いに、なぜか初めて会ったような気がしなかった。
「じゃあ早速行きましょうか。この船、動くの?」
「いや、実は充電切れで…」
「充電切れ!?」
信じられないような顔で叫ばれたが、スズはすぐさま切り替えた。
「仕方ないわね。私が乗ってきた馬車で移動しましょ。森を抜けたらすぐにあるわ」
「…助かる」
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