第59話 終章:そして幸せになります

 わずか半日で主力を壊滅させたことで、ローゼルトとの戦争は一気に終息に向かった。


 首魁である国王は、生きて捕らえられた。魔力持ちから強制的に魔力を引っこ抜くことで最後まで粘っていたのである。マクシミリアンが疑問を持つほどあの大魔法が長持ちしたのも、連れてきた数十人の魔力持ちから、最後は王子王女からも失神するまで魔力を抜いた結果だったという調査結果に、リュシエンヌの背筋が冷える。彼女がローゼルトに囚われていたままだったら、どうなっていたかが容易に想像できたからである。


 主力軍と主要王族が全滅したチャンスを、マクシミリアンは逃さず、一気にローゼルトに侵攻した。二十五年前の戦で紳士的にふるまい、ローゼルト王室の信義に期待して寛大な処置をした結果がこれなのだ、もはや容赦する意味を感じないということであろう。


 アルスフェルトはもう一方の敵であるコンスタンツと有利な休戦条約を結び、軍主力を一直線にローゼルト王都に向けた。第一王子と第三王女が王城に籠城して抵抗したが、従軍したブリュンヒルトの土魔法が城の土台を掘り崩し、堅固を誇った城壁をあっさり崩壊させたことで、大勢は決した。無論、そのような大魔法を繰り出せたのは、リュシエンヌがたっぷり魔力を提供したゆえである。


 王都を占領したマクシミリアンがさらに三ケ月の転戦でローゼルト領をほぼ平定、その領土を王室直轄地と十個の貴族領に分割、ここに千年に届かんとするローゼルト国の歴史は、終わりを告げた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 旧ローゼルト王城の望楼から、王都を見下ろす二人。


「戦役を生き残った国王と第三王女だが、王都に連行した上で処刑することになった」

「ええ承知しました、マックス様」

「リュシーは複雑なのではないか? あの……一応、肉親なのだし」


 この件については、マクシミリアンの歯切れが悪い。毒親と毒兄弟ではあるが、彼らに対するリュシエンヌの感情が、読み切れないのだ。氷の英雄と称されつつも、溺愛する婚約者の心を傷付けることには臆病になってしまうのが恋する男と言うものである。


「残念なのですが、あの人たちから愛情を受けた覚えが、まったくないのです。むしろ放置されたというか虐待されたというか」

「やはり、彼らを恨んでいるのか?」

「そうですね、昔は恨んでいたかもしれません。でも今の私にとって、あの人たちはどうでもいいのです。アルスフェルト王室の方々、そして国民が、私に過分な好意を寄せて下さっていますから。そして……マックス様が、こうして惜しみなく愛して下さいます。それだけでもう私は十分嬉しくて、他のことはどうでもいいのです」


 真紅の髪をそよ風になぶらせながら、そんな可愛らしい言葉を紡ぎ出すリュシエンヌ。その唇はぷっくりと膨らんで、年頃の娘らしい健康的な桜色を完全に取り戻している。


 茶褐色の大きな瞳が、真っすぐにマクシミリアンに向けられているのを見れば、若い彼が我慢できるわけもない。性急に唇を重ねつつ、相変わらず肉付きの薄い上半身を、ぐっと抱き寄せた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 大陸諸国が激しく覇権を争った時代。


 第十一代国王アレクサンダー二世から第十二代国王エアハルト一世の御代にかけ、アルスフェルトの国土は大きく拡大し、大陸にその精強ぶりを見せつけた。


 その勢力伸長をけん引したのは、「氷の英雄」と称されたローゼルト公マクシミリアンの活躍であった。彼は兄エアハルトと父アレクサンダーから王位に推されつつも固辞して強引に臣籍に下り、一生を軍務に捧げたのだという。彼は騎兵の指揮能力に優れるとともに、不世出レベルの氷魔法を操って自ら戦況を一変させることができたのだと伝えられている。


 そして彼の左右には、妹である「銀聖女」、そして妻である「紅聖女」が常に在り、戦役にあっても宣撫にあっても、さらに民政においても彼を生涯支え続けたのだという。彼らにまつわる逸話は数あれど、アルトキルシュ男爵ブルームハルトの筆になる「氷の英雄と二人の聖女」が、すでに二百年を経た現在にあってもなお重版を続ける、文学的にも歴史的にも価値の高い名著とされている。


 それによれば氷の英雄は、幼き頃より将来を誓った紅聖女をこよなく愛し、彼が王位を取らなかったのは彼女の勧めによるものだった。王位を捨てさせるほど愛された紅聖女は、容貌で銀聖女に一歩を譲るものの、燃えるような真紅の髪が印象的な、忘れがたい女性であったのだとか。氷の英雄との間に一男一女を儲けたものの、いくつになっても華奢で明るく、少女のような印象を与える人であったのだという。


 氷の英雄が世を去ったのは、紅聖女が亡くなった三日後である。最後まで、寄り添って生きた二人であったのだ。




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【完結】役立たず人質王女ですが、それなりに幸せです 街のぶーらんじぇりー@種馬書籍化 @boulangerie

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