第3話グラビア

今日は朝早く起床した。いつものトースターで、トーストを焼く。今日はバターを塗り、ベーコンを焼き、マヨネーズをかけて食べた。



「うむぅ、なかなかに旨い」



そうしながら朝の日差しがキッチンの窓辺から差し込んできた。コーヒーメーカーでコーヒーも沸かす。



その後、部屋に戻り、TVをつけた。朝のニュースが流れ、キャスターたちがなぜか、スーツを着て体操をしていた。



さて、今日は何をしようか・・・。スマホを見たが、とくにLINEはきていなかった。



(制作用に、ノートパソコンが欲しいな。)


 


そう思ったが、親からの仕送りでは足りなかった。



そこで、アルバイトをやってみようかなと思い始めた。



先日スポーツをやってみたところけっこう動けたし、これからサークルをやっていくうえで身体を動かすバイトをやってみたほうが、体力もつくし、自分の身体のサイクルにとってもいいなと考えた。ネットでバイトの求人を探してみると、コールセンターのバイトやオークションの出品代行のバイトもあがっていた。



どれも面白そうだったが、今は体を動かすような仕事がしたかった。キャンパスのほうにも、確かバイトの掲示板が上がっていたな。そう思い出して、図書館で本を読む傍ら、バイト探しもやってしまおうと思い、キャンパスのほうにも出ていくことにした。



くたびれたマウンテンバイクにまたがり、勢いよくペダルをこぎ出してゆく。



コンビニにつながる大きな坂を、以前と同じく、勢いづけて下っていく。


街路樹が、夏の朝の風に揺れている。自転車の前輪がジャリジャリと音を立ててガタつく。銭湯の隣を通り過ぎ、大きな坂をまた下ると、今度はキャンパスに直接通じる、大きな坂が見えてくる。



夏草がぼうぼうに生えている坂道を、今度は立ちこぎで登っていく。ギアは軽めに入れる。雨が降ったらバスに乗ることは決定的だ。こんな坂を雨の日に誰も自転車で登ったりはしない。徒歩の生徒はいるが。



そう思いながら、汗をだらだら垂らしながら、登っていく。これがまた気持ちがいいのだ。



ぜえぜえいいながら登ると、バイトの掲示板が張ってある総務課の学生交流センターに行く。見ると、思った通りけっこうな量のバイトが張り出してあった。



「お、いいのあった」



その中に、会場設営のバイトで近場の観光会館でのイベント設営のバイトがあった。8時間で日給10000円。



うむぅ、これはいい。場所も近いし、振り込みでなく、その場で現金でお金がもらえる。



そうやってバイトの掲示板を見ていると、近くから誰かの視線を感じて振り返った。しかし、夏場でキャンパスの中にそれほど人は多くなく、誰も気になる人はいない。



「気のせいか・・・?」


 


そう思って、再びバイトの掲示板に目をやった。条件を確認し、アルバイトをしたい旨を学生課の受付の人に伝えると、受付の人がバイトの募集人数をカウントしていた。大丈夫、何とか定員の中には滑り込めたようだ。



その後、直接バイト先に連絡するように言われた。



連絡するといかにもガテン系の40代くらいのおっさんが電話対応し、「じゃあこの日にきてな」、というようにして日付が決まった。まあ、引っ越しのバイトでもないし、軽くストレッチして、朝飯をしっかり食べておけば大丈夫だろう。そういう風に見積もって、電話を切った。



「あれ、加藤君じゃない?」



学生課から出てくると、おもむろに今中さんと一緒に歩いてきた愛川と出会った。おお、眼福。今日も二つの大きなものが、胸元で揺れている。



「ああ、愛川さんじゃないっすか。どうもです」



あいさつすると先輩のほうは分かれて先に行ってしまい、一対一で話をすることになった。



「昨日の今日っすね。何かキャンパスのほうには用事あったの?」



「そうなんだ~。ちょっと調べ物があって図書館まで。で、ついでにバイトなんかもみようかなと思って」



「ああ、それも同じだ。オレはバイト探してから図書館に顔をだそうかなと思ってて」



「そうなんだね。偶然だね」



「そうそう。ここまで来るの暑かったでしょ。バス、それとも車?」



「ああ、私は車で。高校卒業してから、すぐに免許取ったんだ」



「いいなあ。オレは自転車で坂上ってきたよ。ぜえぜえ言いながらw汗もだくだくでさ」



「すごいね。スポーツマンだね。バレーもサーブ早かったもんね」



「いやあ、最近、身体動かし足りてなくってさ。ついつい動きがオーバーになっちゃってて。あと、みんな見てるから緊張してたのもあるっていうかさ」



「なるほどね。あたしたち二人しかいなかったもんね、新しく入ってくる人って。あたしも緊張した」



「だよなあ。まあみんなと飲み会でもすれば、和気あいあいと慣れてきたりもするんだろうけどねえ。ところで前期の成績のほうはどうだった?単位足りてる感じ?」



「うん。いちおう落としたのはなくて、全部取るものはとれたよ。ただ教員養成だから、2年くらいからもう忙しくってさ~」



「ああ、そうなんだ。確かに先生になるのは大変だもんな~。わかるよ」



「うん」



「オレは経済だから、2年くらいまではけっこう余裕はあるかな。ただ今は売り手市場だって言われてるけど、3年くらいからは就活しときたいからそこからは忙しくなっていくかな。学校の授業的には、配属されるゼミにもよるけど、たぶんそこまで忙しいとこは選ばないと思う。それに・・・」



愛川には、なんとなく制作のことを言ってもいいかなと思った。まあ、べらべらと他の人に言いふらしたりはしないだろう。



「実は、オレ、マンガとか小説書いててさ」



「え!あ、そうなんだ」



「うん。いやまだどこにも発表してないし、自分の手元で温めているだけなんだけどね。なんか、かいてみたいなあと思ってさ」



「ああ、そうなんだ。でも今はネットでいろいろと発表できる場、たくさんあるもんね~」



「そうそう。Twitterのアカも取ろうとおもって準備してるんだ。まあ、作品ができたらか、ある程度形になってきたら更新していくことになるだろうけどね」



「おお~。できたら読ませてよ。どういうのを書いたのかよければ読んでみたいな」



「そうだなあ。愛川さんになら見せてもいいかな」 



話しながらけっこうドキドキしていた。創作のことを考案していて、かいているということを話したのもはじめてだったからだ。この人とは、けっこう気が合うのかもしれない。会ってからあまり時間もたっていないのに、自分の話をしたくなる。



「で、さ。私も一つ迷っていることがあって」



「ええと?」



「あんまり大きい声では言わないでほしいんだけど・・・。加藤君には、言ってもいいかな。私、グラビアやってるんだ」



「ええ?」



まじか、と思った。確かにスタイルいいし、そっち向きの体型だなと正直思っていたのは間違いないけれども、まさか本当にそうだったとは。的中した予想に我ながら驚いた。



「そうなんだ。マジでびっくりだわ。タレントさんなの?」



「いや、そんな有名とかそういうのじゃなくて、ちょっと興味あるから~と思ってやってみたんだけれどね」



「いつから?」



「今年から。でも教員のこともあって、将来どうしようか悩んでるの。とりあえず大学生で時間あるから少しやってみて、それで満足したら辞めようかなと思ってるんだけどね」



「そうなんだ。けっこう悩んでいるんだね」



「男の人から見て、どういう感じに見えるか意見聞きたくって。加藤君、小説書いているんだったら感性も鋭そうだし、よかったら作品見て意見くれたりしない?」



「いいよ。作品ってDVDか何か?もう出てるの?」



「この夏休みでバリに行って、そこで撮ってくる」



「ええ、バリ島行くんだ?本格的だね!」



「ねえ。私も海外初めていくんだけど。まあいい経験かなと思って」



話しているうちに盛り上がってきた。



「OK。じゃあできたらぜひ見せてよ。感想ならいくらでも書くし、言うよ」



「ホント?嬉しい!なかなかこういうのって頼める人いなくてさあ。助かるよ。じゃあさ、交換条件で、加藤君の制作したものもできたら見せてくれる?あ、できたらでいいんだけど・・・」



「もちろんだよ。じゃあお互い見せあいっこするということでね。いやあ、学生時代の楽しみ増えたわ~」



そういいながら胸をはずませる。こんな胸の大きな女と知り合えただけでもうれしいのに、グラビアやっている人だったとは。こんなにいい展開はない。



俄然気合がはいってきた。



「そっちのほうは、DVDになるのいつぐらいになるの?撮影して編集して出すんだろうから、今年の冬ぐらいかな」



「そうだと思う。詳しいことは、また事務所のマネージャーに聞いてみるよ。創作のほうはどのくらいかかるの。あ、ぜんぜん焦らせているとかそういうのじゃないんだけどね」



「そうだなあ。まだ全然、緒にもついていない感じだからなあ。でもなんとかこの夏を利用して、ガシガシ書いてみるよ。勉強と並行してやって、来年の頭くらいには、何か形になるものを用意してみせるよ」



「そう!ぜんぜん焦らなくていいからね。じっくり進めてもらっていいから。私のが先になったら、それはそれで感想だけくれればいいワケだし」



「そういってもらえると助かる。じゃあこの夏、お互いがんばらないとな」



「そうだね!その先のことは、とりあえず撮ってみてから・・・だね!私もがんばるよ」



「どうする、じゃあとりあえず次の飲み会で近況報告しようか。次、いつだったっけ」



「今月の終わりくらいじゃなかった?そうだね、そのころだと多分撮影から帰ってきてるから、出れると思うよ」



 よかった、なんとか日程に都合がつきそうだ。



「うん。まあでも感想楽しみにしててよ。まだグラビアのこと、加藤君と友達の二人にしか話してないからさ」



「おお、そいつは僥倖。楽しみにしてるよ。じゃあ次合うのはその飲み会のときでかな」



「うん、そうなると思うよ。私も、制作したもの見れるの、楽しみにしてるね」



そういって愛川とは別れた。小説の話をしたのは愛川が初めてだ。胸襟を開いて話をさせる何かが、彼女にはあるのかもしれない。話しやすい感じの子だなという印象を持った。



そのあと、学食で昼飯を食べた。今日のランチはハンバーグ定食だった。ご飯を大盛りにしてもらって、ガツガツと食う。これに味噌汁、サラダ、漬物、一品の小鉢がついて450円だからかなり安い。この学食が食いたくて、キャンパスに来ている・・・。そういう面も間違いなくあった。



キャンパスからこっちまでチャリ通のため、しかも大きな坂がある通学路をギコギコ登ってくるから否応なしに腹が減る。安い定食が食えるのも、学生の特権だなと思った。



窓辺の一人掛けの席に座っていると、大きな窓から真夏の日差しが差し込んできて、ブラインドをさげた。冷房の涼しさと日差しの暖かさのコントラストが心地よく、夏、という感じがした。



そのあとウォーターサーバーで水を汲んできて、ゴクゴク飲んだ。うまい。そうしながら15分ほどで定食を平らげてしまった。



その後、図書館に行って、本を何冊か読むことにした。内容は、哲学。哲学は好きで高校の授業でもよく勉強して、独学でも勉強していた。



夏の暑さで、室内の冷房も最高度に冴えわたっていた。



おもに4回生であろう人々が、書籍を積んで勉強に励んでいた。「卒論の準備だろう」。そう思った。自分は個別の座席スペースに行って、何冊か持ってきた哲学書の解説本を読み始めた。



哲学関連の本を読むのは、物事を根本的に考えたくなる時だ。



自分の人生について突き詰めて考えるのは、けっこう自分の趣味に合っている。



徳大に受かろうと勉強を頑張っていたときは、「自分は何のために勉強するんだろう、生きるんだろう」とよく考えた。こういう悩みは、思春期やモラトリアム期間真っ盛りの自分たちにとって、けっこうありがちな悩みだったりするらしい。らしい、というのは本でそういう特集というかアンケートみたいなものを目にしたからだ。



「ああ、みんな似たようなことを気にして勉強しているんだな」



と、その時は思った。



勉強する理由は、自分の場合「徳大」に入って、就職したいところに就職することだった。ただ「生きるのは、なぜか」と聞かれると、その答えはまだ漠然としているように思えた。これから先、いろんな出来事が待っている。それらをくぐりぬけて生きていくのは、なぜなのか。



生きる最終ゴールみたいなものを見つけておきたい。そんな欲求も自分の中にはあった。それを、哲学的に考えて、答えを出そうとしている感じかなと思った。



高校の倫理の時間に哲学史で出会った、実存主義という考え方は、自分のそういうごくごく主観的で、一個人の「生きる目標」みたいなものを考えていた自分にとって、ピタっとくる部分は確かに多かった。



例えば・・・デンマークの哲学者の、セーレン・キルケゴールの言葉。



『私にとって真理であるような真理を発見することが必要なのだ。しかもその真理は、私がそのために生き、そのために死ねるような真理である 』



実存主義の創始者ともいわれるキルケゴール。実存主義は、画一化し、個性が埋没していく現代社会において、主体性を回復し、周囲に流されない自分だけの真理・真実を求めた人として習った覚えがある。



制作を志してはいる反面、実生活では、その場その場の状況に規定されて、けっこう流されやすいのが自分だということは、うすうす気づいていた。何に対してでもとりあえず意見を聞いてみるのが自分の在り方だといって、そうしているうちに話をしている相手の感情や意見に、自分の感情や主張が紛れていってしまう。



つまり、主体性に乏しいのだ。



そういう自覚がないわけではないが、どうしても他者の主張や感情や意見を聞くほうが先、となってしまう。そういう自分を何とかしたくて、創作をやっているのかもしれないとさえ思うほどだ。



処世術とまでは思っていないが、もっと自分の主体性、「自分らしさ」みたいなものを持ちたいとは思っていた。



制作をしているとき、特に調子のいい時などは、ひらめいた勢いで何か自分にとって大切なことがわかりそうな気がする時がある。そういうときは「制作をやっていてよかった」、と思う瞬間だ。



ただ一気に何かがわかるというわけではなく、オートロックのかかった扉を、一つ一つ暗証番号を入れて、開けていくような感覚だ。その感覚を得るために制作をしているわけではないが、制作の貴重な副産物であることは間違いない。



あらためてキルケゴールの言葉を見直してみる。人のことはどうかわからない。しかし自分の外側ではなく、内側に答えがある。「私にとっての真理」、「そのために生き、そのために死ねるような真実の理・・・」。



考えていると眠くなってきた。



見ると、自分と一席挟んだ席に座っている女性も、冷房対策のストールをかむったまま、眠っていた。



学食で飯を食べたのと、観念を巡らせていたのとが相まって、こっちまで眠気が強くなってきてしまった。本を閉じ、机の左上のスペースに置いたあと、机に突っ伏した。目をしばしばさせる。



「自分はなんのために働くのか、生きるのか・・・。自分らしさ、主体性みたいなものって何だろう・・・」



そう頭の中で呟きながら徐々に眠りの世界に入っていった。

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College Life~大学生活物語~、第一部:無意識の色彩 闊達行雲 @kattatu

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