かくりよへ

第20話

 目を覚ますと、そこは船室の自分のベッドの上だった。隣のベッドではエンジュが静かに寝ていたのでそっと安堵する。

 邪魔しないように、ベッドから出てカーテンを開けると、どうやら船はヴァンパイアの国から離れたらしい。海上を滑るように、静かに走行していたのだった。

 船室の扉を開けたのと同じタイミングで、隣の船室から人が出てくる。


「おはよう。今度の目覚めは良かったか?」

「まあな。お前も朝の散歩か?」

「なんとなく、お前も出て来るような気がしたからさ。せっかくだ、一緒に朝陽でも浴びに行かないか?」

「そうだな」


 昨晩とは打って変わって英気に満ちたリカンと並んで展望デッキに足を踏み入れる。

 まだ朝も早い時間帯なのか、白く霞んだ朝空と輝き始めた陽気に照らされた展望デッキには誰もいなかったのだった。


「昨晩は嫌な夢を見たな」

「夢にしてはリアルだったけどな。今でも指先には引き鉄を引いた痕が残ってる」


 そう言って、わずかに赤くなった人差し指を見せてくるリカンに釣られて、シオンも愛刀を握っていた掌を見つめる。シオンの掌も先程まで愛刀を握っていたかのように、赤く染まっていたのだった。


「どこまでが夢だったんだろうな」

「俺たちが見た悪夢も、ヴァンパイアの仕業だったのかもしれないな」


 エンジュや他の乗客たちは今回の騒動について何も気づいていないだろう。昨晩は誰もが幸せな夢の中にいた。

 気づいたのは、シオンとリカンだけ。

 ――、二人だけ。


「あのヴァンパイアと会ったら、今度こそ決着を着けないとな」

「その時はおれもやるからな。これ以上、サラとレイラを危険に晒すものか」

「だったら、俺はお前を守らないとな。背中は任せてくれ」

「おれよりもエンジュを守ってやれ。お前の嫁だろう。こういう時は本人が頼まなくても守るものなんだ」

「そうなのか……?」


 妻帯者としては先達の親友に首を傾げれば、肯定されるように背中を叩かれる。


「その辺はおいおい教えてやるよ。かくりよに着くまで、まだまだ時間があるからな。とりあえず何か飲まないか?」

「部屋に備え付けのコーヒーがあっただろう。朝食の時間まで俺の部屋で話さないか」


 展望デッキに背を向けた二人の近くをカモメの群れが飛んで行く。船を追い抜いたカモメの群れは、かくりよに向かって一足先に大きく羽ばたいたのだった。

 小さくなって行くカモメを見送っていた二人は、やがて顔を見合わせるとどちらとも無く笑みを浮かべる。

 互いの背中を叩きながら階段を降りたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元日本人で記憶喪失の既婚者ヴァンパイアバディはかくりよに出奔する 夜霞(四片霞彩) @yoruapple123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ