さようならの向こう側

畜とら

第1話

 「さよなら」

 

 この一言で十人以上が死んだ。


 「今までありがとう、またね」


 この言葉で百人以上が死んだ。

 

 「もうあなたとは一緒にいたくない」


 この別れで千人以上が死んだ。


 僕は首吊り自殺をした。


 この行動で×××××××××…人以上が死んだ。




―――――――――――――



【1】


「自分の言動が周りに与える影響について考えたことがありますか」


 目の前の少女は上目遣いで僕に問いかける。僕の方が身長が高いので視線が上がるのは当然なのだが、可愛らしさなんてものは全くない。無表情で上目遣いをされると

何かを試されているような感覚に陥る。いや、試されているというより見下されているような感覚に近い。5歳くらいの少女から放たれる強い圧に、25歳の僕は思わず土下座をしそうになった。


「行動、発言、態度、表情など…。他人の考えや言動、事象を変化させる方法なんていくらでもあります。影響力の大きさこそあれど、全ての生物は常に周りの環境を変え続けているのですよ」


 見た目相応の可愛らしい声で、見た目の幼さからでは考えられないほど大人びた話し方をしている。無感情で淡々と話す様は、まるで悪魔が少女の体を乗っ取っているような不気味さを感じる。


「この周囲に与える影響というのは実に恐ろしいものです。自覚がなくても他人の人生を変えてしまったり、周囲の環境、世界の常識、自分の価値観さえも歪めてしまう危険を孕んでいます」


 少女の体格に似合わず、スケールの大きな話をしている。何故、僕は今説教をされているのだろうか。仕事のせいで疲れているのだ。早く寝させてほしい…。


「しかし人間という生き物は、周囲に全く影響を与えないまま人生を終えることは不可能です。他人の人生に干渉をし続けながら、弱肉強食の世界で弱者を蹂躙しながら生きていくのです。それが自然界の理なのです」


 まるで道徳の教科書の1ページ目に載っているような文章を聞かされている気分だ。当たり前のことをわざわざ回りくどく説明されているような感覚。ああ、そういえば…この子と同じような話し方をする元カノがいたことを思い出した。あいつは教師になったんだっけか。


「あなたは数多くの女性の人生を狂わしてきましたね」


 突然、少女の言葉が刃物の様に突きつけられた。息が止まり、脈が速くなるのを感じる。目の前の少女の表情は相変わらず変わっていないが、僕を見つめる視線の中には明らかに敵意が含まれている。


「あなたのようなには分からないでしょう。殺された人の未来の可能性を。様々な人生の、膨大な喜怒哀楽の全てが、あなたの手によって消滅したのです」


 ようやく目の前の少女の正体が分かった気がする。


「あなたには絶対に私の正体は分かりません。あなたがどれだけの女性を愛し、愛され、捨ててきたのかを理解してください。そして、あなたの行動がどれだけの可能性を消し去ったのか、どれほどの影響を与えてきたのかを地獄の中で苦しみながら理解し続けるのです」


 少女は無表情のまま涙を流していた。似たような姿をどこかで見た気がするが、何故か思い出せない。


「未来の可能性を殺し続けながら生きていくのはあまりにも罪深いとは思いませんか」


 きっと僕は、少女の言葉の意味を理解することは出来ない。

 

 出来ないから、僕は眠ることにした。夢の中では素敵な女性と出会って明るい未来が訪れると信じて。


 目を閉じると同時に、ふと昔を思い出した。


 大学時代の青春の1ページを。


 とある人と初めてしたキスを。


 



 「さようなら。私の可能性を消した××」



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さようならの向こう側 畜とら @tikutora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ