第287話 消えた聖女(1)


 ◆◆ 前書き ◆◆


 今日から新章スタートします!


 ドゥリトル……誰? と思った方は、「恋ではない何か」というエピソードを読み返していただけますと幸いです!


 年内に再開できてよかったです!


 ◆◆



「――聖女の看板さえ手に入れれば、いずれ必ずや教皇の座を我が手中に納め、貴家に過去類のない繁栄をもたらせてみせます。ですので……どうか今一度ご再考くだされ、侯爵」


 王都のレベランス邸の応接室で、縋るようにレベランス侯爵……即ちジュエの父親であるサミュエル・フォン・レベランスに懇願しているのは、ステライト聖教国からこの国に派遣されてきている大司教のドゥリトルだ。


 もっとも、この春でその任は解かれ、後任と交代して彼は帰国することになっている。


 ジュエの聖魔法の講師を務めるこの男は、以前ジュエの婚約者候補として名前が上がっていた。


 だが今は、その話も立ち消えになっている。


 ジュエは、王立学園入試前後からその才能をめきめきと開花させ、近頃評判が鰻登りの現二年生世代の中核メンバーとして名声を高めている。


 特に一年次の林間学校で、伝説の聖魔法の使い手である『聖女サリー』が行使し、神の奇跡とまで言われたという、範囲回復魔法を施した事が漏れ伝わってからこちら、その評判は他国にまで響き渡っている。


 一方で、ドゥリトルの評判は芳しくない。


 彼は確かな聖魔法の実力と、一見如才のない人柄を見込まれ、四十歳の若さで大司教の要職に抜擢された男だ。


 いずれは枢機卿、果ては教皇の座に手が届いても不思議ではないとまで言われていたからこそ、ジュエの婚約者候補として名前が挙がっていた。


 だが傑物と評判の現教皇もその昔経験した、ユグリア王国の王都大聖堂の大司教という重要なポストに派遣されてからこちら、彼の評判は落ちる一方だ。


 教皇候補として持て囃され、鳴り物入りで着任し肥大した自尊心と、貞淑にうるさくない国外の開放感が相まって、タガが外れたように女遊びを繰り返した。


 さらに前任者からきっちり引き継いだ、権威主義、拝金主義的な振る舞いも目に余るようになっている。


 教皇候補と期待が大きかった分、在任時その高潔な人柄が評判だった現教皇と比較され、そしてその差は歴然となった。


 要は馬脚を露わした。


 当然ながらジュエとの婚約話は立ち消えになり、その事がますます彼の立場を悪くしている。


 今後ジュエの名声が高まれば高まるほど、聖女に見放された男として彼の評判は下がっていくことだろう。


「あんたもしつこい男だな、ドゥリトル大司教。以前はさほど乗り気でも無かったのに、落ち目になった今更手のひらを返してももう遅い。ま、ジュエが望むなら考えんでもなかったが、婚約話が持ち上がった後も公然と女を囲って取っ替え引っ替えしていたあんたじゃそれも無理か」


 痛いところを突かれてドゥリトルは押し黙った。


「……あ、あれは社会勉強の一環でしてな。侯爵こそ社交界きってのプレイボーイと評判ではないですか」


 この苦しい言い訳を侯爵は鼻で笑った。


「別に俺ぁ神職者は清廉潔癖であれ、とまで言うつもりはねぇよ。だが金と権力を振り翳して、女を食い物にするだけのあんたの社会勉強とやらには、品がねぇ。帰国するあんたに、全てを捨ててでもステライト聖皇国まで付いていきたいと言ってくれる女が一人でもいるのかい? それが答えさ」


「で、ですのでそれは教会の権威を守るために――」


 何かを言いかけたドゥリトルは口をつぐんだ。


 どこが逆鱗に触れたのかは分からないが、目の前のレベランス侯爵が明確に怒気を発したように思えたからだ。


 口をつぐんだドゥリトルをたっぷり五秒ほど見据えた侯爵は、ゆったりとした、だが突き放すような口調で告げた。


「……やれ権力だの権威だの、レベランスの繁栄だの、あんた俺の娘を道具だとでも思ってんのか? ……貴族にとって結婚がある意味政治の材料である事は否定しねぇ。だがジュエの相手は、まずあの子を幸せにできる奴。これが前提でその他は二の次だ。結婚を申し込みに来て『あの子を必ず幸せにする』と言えない男に、俺の娘は任せられない」


 そう言って、もう話す事は何もないとばかりに立ち上がる。


「お、お待ちくだされ、侯爵! せめて! せめて講師だけは続けさせて貰えませんか!? 必ずやあの聖女サリーにも引けを取らない――」


 部屋を出る侯爵に追いすがり懇願するドゥリトルに、侯爵は冷めた目を向けてあっさりと首を振った。


「……あんたが一番分かっているだろう? あの子はすでに、聖魔法士として前例のない道を歩んでいる。ジュエも、すでに細かい技術論の指導は必要ねえとよ。ま、恨むんなら、過去の自分を恨むんだな」


 目線で帰れと促され、ドゥリトルは掴んでいた侯爵の袖を放した。


「…………ご息女が……ジュエリーが自分の意思で私を選べば、侯爵も反対はなさらない……そういう理解でよろしいですな?」


 ドゥリトルがわなわなと震えながら吐き捨てるようにそう言うと、侯爵は鼻で笑った。


「はんっ。ジュエがあんたを? それだけの器量があるとは思えんな」


 ドゥリトルは奥歯をギリと噛み締めてから、一礼して退出していった。



 ◆



 おのれおのれおのれ~~っ!


 どいつもこいつも、この私を虚仮にしおってっ!


 侯爵邸を辞去したドゥリトルの手はワナワナと震えていた。


 魔力器官が発現してからこちら、常に天才と持て囃されてきた。


 その類稀な才能が評判になり、ステライト聖教国にある新ステライト教の総本山に引き取られてきてからも、常に数多いるライバル達に先んじてきた。


 だが、この国に来てから歯車は狂った。


 総本山に集められ、共に寄宿した仲間達は、常に相互に監視し合い、相手の足を引っ張り、引き摺り下ろすことばかりを考えていた。


 その陰険で陰湿な環境を生き抜き、ようやく解放されて国外に出たのだ。


 多少遊んだところでいったい何が悪いと言うのか、というのがドゥリトルの本音だ。


 ジュエリーに至っては、大司教である自らが、わざわざ魔法の手解きまでしたにも関わらず、進学と共に多忙を理由に教えを請いにくる回数がめっきりと減った。


 それどころか、任を離れるというのに、別れの挨拶にすらこないのだ。


 もっとも、ドゥリトルにはその理由は分かっている。


 あの娘は、ちょっとした体の接触や、室内で二人になることを明確に避けていた。


 そして口先では尊敬や感謝の言葉を述べながら、常にその目の奥には自分を蔑視している色があった。


 軽蔑が込められた、あの冷たい目を見るたびに、何度頭の中であの娘をぐちゃぐちゃにして、従順なペットになるまで調教する未来を夢想した事か。


 だがそれももう叶わない。


 自分はこのルーンレリアにあるサン・サリー大聖堂の大司教の任を解かれ、帰国する。


 あの娘との婚約話が御破算にされ、離任式にすら現れなかった事は、私のキャリアに大いに傷を付けるだろう。


 いや、あの総本山に吹き溜まっている陰湿なクズどもが、有る事無い事尾鰭をつけて、足を引っ張る材料に利用するに違いない。


 そうなれば、私が教皇の座を手に入れる道はほぼ絶たれるだろう。


 あの娘さえ――


 あの生意気な娘さえ手に入れば――


 ドゥリトルの目が暗く、暗く色を消していく。


 その目は袋小路に追い込まれ、視野が極端に狭窄した獣そのものだった。



 ◆ 後書き ◆



 いつもありがとうございます!


 昨日、本作品のコミカライズ二巻が発売になりました!


 それを記念して? コミカライズ最新話が公開されております!


 コミック二巻に付けられた書き下ろしのお話の一つは、いつか私が書籍のおまけSSに書いたライオ視点の書き下ろしエピソードです!


 コミカライズ二巻を読んでから最新話を読んでいただければ、また違った感想があるかもしれません(^^)


 皆様応援よろしくお願い致します!

 https://comic-walker.com/detail/KC_002787_S/episodes/KC_0027870001900011_E?episodeType=latest



 今年も多くの方に応援していただき、本当にありがとうがざいました。

 感謝してもしきれません。

 来年も引き続きよろしくお願いいたします。


 皆様、良いお年をお迎えください。


 2024/12/27/11:57 西浦 真魚 

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【Web版】剣と魔法と学歴社会 〜前世ガリ勉だった俺は今世では風任せに生きる〜 西浦 真魚(West Inlet) @West_Inlet

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