第286話 閑話 貴官騎魔


 ◆◆ 前書き ◆◆


 お久しぶりです、西浦真魚です!


 年末の繁忙期と忘年会祭りと、そして無事刊行できそうな書籍版五巻の追加エピソードの締切に追われて更新が伸び伸びになってしまいました! すみません!


 書きたかった林間学校の追加エピソード頑張ってますのでご容赦下さい(›´A`‹ )


 まだ締切さんに追われていますので、こんな話が読みたい、みたいな感想をもらえれば、一話くらい採択できるかもです!

(約束はできません!笑)


 ◆◆



 二年生へと昇級して早くもひと月が経った、とある放課後。


 俺は河川敷で膝を抱えて座り、一人大河ルーンを行き交う船と、沈みゆく夕日を見ていた。


 特に目的があってそうしている訳ではない。


 ただ単に、河川敷で一人寂しげに夕日を見て、感傷に浸っている自分を楽しんでいるだけだ。



 ルーン川では、ダン率いる王立学園帆船部が、王国騎士団の第二軍団と共に帆船の訓練に勤しんでいる。


 人の口には戸は立てられないとでも言おうか、例の輸送任務については詳細は伏せられたのだが、ダンが騎士団入りした事が広まるにつれ、帆船部は入部希望者が劇的に増えた。


 だがいつかも説明した通り、帆船部への入部を希望する者は、まずは体外魔法研究部で風魔法の習得を目指す事となり、実際に帆船の操船に手をつけられるのはごく一部に限られる。


 具体的には、魔法研のアホども基準で言うところの捲り道の有段者だけだ。


 これができなければ風魔法で揚力をコントロールする新たなスタイルの操船など出来るはずがないからだ。


 国中の才能の粋を集めたといえる王立学園生であっても、当然ながら得手不得手はあり、体外に放出した魔力をコントロールするのが苦手で、いくら訓練してもこの基準に達するのが難しそうな生徒が結構いる。


 さらに言うと、継続的に船を加速して走らせるためには、体外に放出した魔力を体内へと循環し続けなければならない。


 こちらの才能はさらに人を選ぶようで、今のところ不完全ながらも目処を立てているのはダンだけだ。


 いつか師匠デューに弟子入りした際、ジャスティン先輩は『訓練すれば後ろが見える、なんていうのはごく一部の変態だけで、誰でも習得できる類の技能ではない』と言っていた。


 やっている事はそれと似たような事なので、習得にはあのジャスティン先輩が『変態』と評する程の、特異な才能を必要とするという事だ。


 当然需要の高い斥候スカウトとしての才能も高いはずで、それでも船が好きで、脇目も振らずに時代遅れと言われている帆船に打ち込める者がどれだけいるだろう。


 …………こう考えるとじゃがいもダンが急に優良物件に思えてきたな。


 実際、第二軍団長のグラバーさんは自分で風魔法を習得する事は早々に諦めて、キャスさんも相当に難航しているという話だ。


 今は第二軍団から適性のありそうな者が選りすぐられて、学園生はダンを含めて四名、軍団員八名の計十二名が三隻の風魔法練習船に分かれて訓練を積んでいる。



 ではなぜ俺は、こんな河川敷で膝を抱えてそれを寂しげに眺めているのかというと、練習の邪魔をしすぎてダンにキレられたからだ。


 俺は結構論理立てて物事を考える方だし、自分で言うのもなんだが結構人に物事を教えるのは上手い方だと思っている。


 だが、風魔法……つまり体外魔力循環については、はっきり言ってセンス、感覚に依拠する部分が大きくて、口で教えて理解させられる類の技能ではなかった。


 例えば具体的にどうやって練習したのか、などと聞かれても、毎日毎日魔力枯渇でぶっ倒れるまで反復練習しているとしか答えようがない。


 ちなみに、魔力枯渇というのは軽い気持ちで陥っていい状態ではない。


 本来はいわゆる火事場の馬鹿力的なもので、これ以上はヤバいというリミッターを外して魔力を絞り出す事で陥るものだ。


 繰り返していると体が拒否反応を起こして、魔法を行使出来なくなる事もあるし、当然ながら強烈な目眩や吐き気を伴うし、倒れた後の全身疲労感も尋常ではない。


 話が逸れたが、ようは、俺は風魔法を教えるのが下手だった。


 皆それぞれ異なる感覚があるので、あまりごちゃごちゃ言っても逆効果である事は理解しているのだが、やはり風魔法の事になると黙っているのは難しい。


 つい頼まれてもいないのにアドバイスを送り続け、頼まれてもいないのにお手本を見せて船が沈没ちんぼつしそうになったりを繰り返したところ、ダンがキレて下船を命じてきた。


 もちろん監督として抵抗したのだが、『船長キャプテンの命令は絶対、それが船のルール』などと強弁されて、強制的に降ろされた。


 まぁ自分が悪いという自覚もあったので、俺は渋々下船して、河川敷から行き交う船や夕陽を眺めながら、自己陶酔に浸っているというわけだ。



 ◆



「ぷっ! おい見ろよ、あんな所で茂みに埋もれて泣いてる奴がいるぞ?」


「うわっ! ほんとだ……。よくあんなの見つけたなリドル」


「な、何なんだ、あの口元の微笑みは……。目に涙を浮かべてるくせに……。きめぇ」


 この付近にある、船乗りを育てる専門学校に通う少年三人組が河川敷で見かけたのは、近くにベンチもあるのに、なぜか茂みに座りこみ微笑んでいる少年だ。


 行き交う船を見るともなく見ながら、目にはうっすらと涙を浮かべている。


「……おいおい、やめとけリドル。もしかしたらアブナイやろうかもしれないぜ?」


 リドルと呼ばれた少年が、良からぬ事を考えている顔で近づいて行くと、友人の一人が慌てて諌めた。


「ぷっ! 大丈夫だよ。あんな所で膝を抱えて座って泣いてんだぞ? どう考えても雑魚だし、構ってやらなきゃ可哀想だろ?」


「そーそー。羨ましそうに船を見てるし、多分船に憧れてるけど進学できなかった、探索者のガキか何かだろ? 船乗りが如何に厳しい世界かを教えてやって、ついでに授業料をいただけばウィンウィンってやつだ」


 この世界の船乗りというのは、水棲の魔物の存在が怪我や死亡事故のリスクを劇的に高めている分、常に死と隣り合わせという側面が強い。


 当然ながら探索者と同様に気の荒い連中が多いうえに、探索者よりも連携や集団生活が求められる分上下関係が厳しく、彼らのような下っ端は抑圧されて鬱屈した感情を抱えている事も多い。


 最初は制止していた男はやれやれと首を振った。


「やれやれ、今日俺たちは制服なんだ。名前は出すなよ」


「へっ、わぁってるよ」



 ◆



「見たまえ、諸君。あんな所で四流学校に絡まれて、膝を抱えて泣いている気の毒な庶民がいる」


「ほんとですね、プライさん。あの制服は……ミナミ航専の奴らか。あいつら頭が悪くて品がないから……」


 彼らはこの近くにある、ルーンレリア総合上級学校という、目玉が飛び出るほど学費が高い事で有名なおぼっちゃま学校に所属する四人だ。


 彼らが偶然見つけたのは、気の毒にもガラの悪い連中に絡まれ、膝を抱えて泣いている少年だ。


 河川敷にある、弓打球という金のかかる趣味の練習場から出て、馬車に乗り込もうとしたところで発見した。


『いいからまずは立てっつってんだよ!』


『無視すんじゃねぇ! マジでぶっ殺すぞ?!』


 人気のない場所にでも移動するつもりなのか、どうやら無理やり立たされようとしてるのを少年は必死に抗っているようだ。


「ふんっ。生まれつき頭が悪いのは彼らのせいではないが、弱いものいじめは許しがたい。止めてくる」


「えー本気ですか、プライさん? 止めときましょうよ……。航専生はすぐに喧嘩沙汰をおこすっていいますし、万一暴力でも振るわれて怪我でもしたらどうするんですか」


「そうですよ、そこの練習場の警備員にでも知らせときましょう。それで十分でしょう」


 だがプライは生真面目な顔で首を振った。


「……君たちも将来、責任ある立場になる事が決まっているのだから、トラブルを自ら解決してみせる器量が必要だよ? 練習にはもってこいじゃないか」


 彼らのヒエラルキーは、概ね実家の太さで決まると言っていい。


 大将格のプライが、気まぐれにそんな事をいいだしたので、取り巻き三人は仕方なく追従した。



 ◆



「あら、あの人だかりは何かしら……?」


 この近くに住むジェアナが犬の散歩をしていると、何やら河川敷に人だかりが出来ている。


 彼女は王都の名門、中央セントラル貴族学校に通う十五歳だ。


 王都には通称『貴官騎魔』と呼ばれる4大上級専門学校があるが、中央貴族学校はその『貴』にあたる。


 王立学園は別格中の別格だが、この貴官騎魔に通う者はその下にいる、この国のトップエリート層といえる。


 例えば頭は切れるが生来の魔力量に恵まれなかった者や、武の才能は飛び抜けていたが頭の方がいまいちだった者など、特定の分野に秀でている者が多い。


「……あれは……ミナミ航専生とルーンレリア総合上級学校生か。何やら揉めているようだが、珍しい組み合わせだな。ん? 一人正体不明の男が真ん中で膝を抱えているな」


 そう答えたのはジェアナの後ろにぴったりとくっついて歩いていたフォードだ。


 彼はジェアナと同い年で、卒業生には王国騎士団に入団する者すらいる名門、城西騎士学校に通っている。


 城西騎士学校は、貴官騎魔の『騎』にあたる。


『ぜんっぜん、動かねぇ! どうなってるんだこいつ?!』


『分かった! 僕の負けだ! 八千リアル! 立ち去るだけで八千リアルだ!』


 船乗りの格好をした者と、じゃらじゃらと装飾物が過剰な集団に挟まれて、よく見ると少年が一人膝を抱えている。


「えぇ?! 本当だわ、もしかして虐められてるのかしら? 止めないと」


「……止めておけジェアナ。君が関わるような人間たちじゃない。優しすぎるのは君の美徳だが欠点でもある。きりがないぞ?」


「でも……放っておけない――シェリー?!」


 ジェアナが首を振って動き出そうとした時、一足先に彼女がリードを持つ犬が駆け出した。


「ガルルルルッ、ワンワンワン!」


「「うわ、何だこのでかい犬!」」


「ご、ごめんなさいっ! うっかりリードを離してしまって。だめよシェリー!」


 シェリーは犬歯を剥き出しにして、座り込んで泣いている少年に向かって吠えている。


 全身の毛を逆立てて、敵意剥き出しだ。


「だ、大丈夫? ごめんなさいね、普段は人に吠えたりする子じゃないのに」


 するとそれまで周りに何を言われても何の反応も示さなかった少年が、川を見つめたまま初めて反応を示した。


「……昔から動物には嫌われる方でして。私は好きでここに座っていますので、もう行ってください。彼氏さんが心配していますよ?」


 ジェアナは一瞬きょとんとして、そして笑顔になった。


「彼氏? あぁ、フォードの事ね。あの子は彼氏じゃないわ、ただの友人よ。……どうしてあなたは好きでこんな所に座っているの? あそこにベンチもあるのに」


 ジェアナがそう聞いて可笑しそうにくすくすと笑うと、少年は初めて動き、体の向きをジェアナから見てピッタリ右三十度になる場所に固定した。


「……地に座って花と目線を合わせていたのですよ、ジェアナさん。花は見下ろすものじゃないと、よく父は言っていました」


「花と目線を……へぇ、素敵なお父様ね! 詩人か、もしかしてお花屋さんかしら? 私もお花は大好き――」


 と、少年の返答にジェアナが目を輝かせたところで、フォードが怒りを滲ませた顔で割り込んだ。


「そいつから離れろジェアナ。貴様……なぜジェアナの名を知っている? 場合によっては承知せんぞ、このフォード・エドワーズがな」


 フォードが名乗ると、周囲の人間が一様に驚きの顔になり、ひそひそ声を漏らした。


「フォード・エドワーズ!? あいつがあの西騎の……」


「て事は、そっちがセン貴のマドンナ、ジェアナ・ユニヴァースか……」


「何でそんな有名人がここに……」


 フォードに睨まれた少年は、臆する様子も見せずにニヒルな感じで笑った。


「……風が教えてくれるんです」



 ◆



「ダン君……あれ……」


 必死に帆船のロープを引き絞っていた帆船部の部員の一人が、何かに気がつき呆れたように顎で岸を指す。


 ダンが指された方に視線をやると、後で皆にアドバイスを送るため、下船して大人しく見学していたはずのアレンが、いつの間にか大勢に取り囲まれている。


 雰囲気から察するに、どう見ても揉め事が起きている。


「……珍しく大人しく座ってると思ってたのに、全くあいつは……」


 ダンが呆れたように呟いたその間にも、犬が吠えながら走り寄り、その後ろから王都の名門学校の制服を着た二人が集団に加わり事が着々と大きくなっている。


「……ちょっと止めてくる。船を岸に近づけてくれ」



 ◆



「風が教えてくれるんです」


「……ほう、風が? …………舐めてるのか貴様」


 このアレンのセリフに当然ながらフォードは額に青スジを立てたが、ジェアナは可笑しそうにくすくすと笑った。


「きっと風の噂で聞いたって事よ。いいじゃないロマンチックな言い回しで。きっとそれもお父様の影響ね。そんなに目くじら立てなくても」


 フォードは油断なくアレンを睨みながら首を振った。


「君はもっと自分の立場を自覚した方がいい」


 と、そこでそこにいる誰もが予期せぬ事が起きた。


 一艘の帆船が岸へと近づいてきたかと思うと、十メートル近く離れた所で鋭く切り返し、その反動を利用するように一人の男が船から一足飛びに飛び降りた。


「おいあんたら。俺はダニエル・サルドスってもんだけど……そいつには関わらない方がいいぞ」


 ダンがこう言うと、一同は水戸黄門が番組のオープニングでいきなり印籠を出したぐらい驚いた。


「だ、ダニエル・サルドスだと!?」


「王立学園のAクラスに所属する化け物じゃねぇか!」


「十三歳で王国騎士団にスカウトされたという、本物の天才……」


 ダンを見る目には尊敬と畏怖の念が溢れている。


 ジェアナもまた、頬を真っ赤に染めて、髪を右耳に何度も掛けながらしどろもどろの挨拶をした。


「あ、あの、私はジェアナ・ユニヴァースと申します。そ、その、応援しています、頑張ってください!」


 やっとそれだけ言って頭を下げる。主人の様子を見て聡明なシェリーまで隣で伏せをした。


「あー、ありがとな。それよりアレンお前、どうしてただ大人しく見ている事も出来ないんだ! 座って動くなっつったろーが!」


 ダンがそのように苦情を言うと、一同は全員腰を抜かすほどに驚いた。


「あ、アレン? ……アレン・ロヴェーヌ!」


「「ひ、ひぃ!」」


 アレンが恐る恐るジェアナを見ると、目に涙をいっぱいに溜めてガクガクと震えながら後ずさっており、健気なシェリーは主人を背に庇ってワンワンと吠えた。


 アレンがすくっと立ち上がり、笑顔でダンに近づく。


 そして渾身のチョップをダンの頭上へと振り下ろした。


「ぐはっ!」


 だがダンは、このアレンのノーモーションのチョップからあっさりとショートアッパーでカウンターを取って、アレンを地に転がした。


「見え見えなんだよ、バカ。八つ当たりすんな!」


 アレンがゆっくりと、無表情で立ち上がる。


 そして左手をズボンのポケットに入れ、右手をダンにびしりと指差した。


「くっくっく……『てめぇは俺を怒らせた』」


「…………誰の真似だよ!」



 ◆



 こうしてアレンは、真っ赤な夕陽が照らす河川敷で、心ゆくまで友達と喧嘩を楽しんだ。


 もちろん周囲に集まっていた人間と犬一匹は、巻き添えを恐れて蜘蛛の子を散らすように逃げ散っていった。



 ◆ 後書き ◆


 いつも応援ありがとうございます!


 更新お休みしている間に、本作品のコミカライズ最新話が更新されています!


 ずっとですが田辺先生は本当にこの作品の「見せたい形」をうまく絵で構成してくださって、感謝しかありません! 凄すぎます!


 本作品のコミカライズ二巻もご予約開始されていますので、皆様応援よろしくお願いいたします!


 web版の方もぼちぼち再開します。


 次は「消えた聖女」というお話になると思います。


 時間がなくてまだ一文字も書いていませんが、結構前から構想のあったお話ですので、少し長くなると思います!


 引き続きよろしくお願いいたします!




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