ふんどし刑事にゃん吉

雪うさこ

ふんどし刑事(デカ)にゃん吉登場




 犯行現場は、被害者宅一階のリビングだった。その日、被害者である吉田良子(38)が仕事から帰宅すると、リビングの床一面に黒い佃煮状の異物が広がっていた。吉田は悲鳴を上げ、すぐさま自分のスマートフォンから通報を行った——。


「当時、吉田家に在宅していたのは、ペットの猫一匹。シャム系雑種のチロです。チロは容疑者として身柄を確保中。現在、取調室にいます」


「うむ」


 報告を受けた鯖トラ猫は、腰に巻かれたふんどしを、手でもふっと叩いて見せた。


「決まりだな。チロの奴。飼い主の留守中に、さみしさのあまり、海苔を食したのはいいものの、腹に納めきれなくなって——バーン! だな」


「そのようですね。しかし、チロは犯行を否認しております」


「そうか——」


 鯖トラ猫は舌をペロリと出すと、吸っていたマタタビ入り葉巻を灰皿に押し付けた。それから腰を上げ、廊下に出る。彼が出てきた入り口には『吉田良子宅海苔佃煮事件捜査本部』と書かれた木製の看板が掲げられていた。


 鯖トラ猫は、廊下を横切り、目の前にある取調室の扉を豪快に開けると、途端にそこに置いてある灰色の事務デスクをもふっと叩いた。


「おうおう。調べはついているんだぜ? チロさんよ」


「なんだよ、テメーはよお」


「おれか? おれはねこねこ警察捜査にゃん課長のにゃん吉だ。ふんどし刑事デカって呼んでくれ」


「はあ? ふんどしだと? ぷっ! なんだよ。その恰好はよ」


「うるせえ。おれのことを非難する前に、お前の所業についての話だ」


 ふんどし刑事は、そこにあったパイプ椅子にもふっと腰を下ろすと、目の前にいるチロを見据えた。チロは足を組み、肘をついて、だらりんとした恰好をしていた。


「おれが犯人だって証拠はどこにあるっつーんだよ?」


「事件当時、あの家にはお前しかいなかったんだ。それともなにか。誰か不審な人物にゃん物でも目撃したってーのかよ? ええ?」


「しらねえし。おれは二階の自分の部屋に閉じ込められているんだ。あの女。自分が出かける時は必ずおれを二階の部屋に押し込めやがる。おれが犯人であるはずがねえだろうがよお?」


 チロは「ち」と舌打ちをして視線を外した。しかしふんどし刑事は怯むことはない。後ろについてきた若手刑事であるスコティッシュフォールド猫のスコちゃんに視線を遣った。


 スコちゃんは、手帳に視線を落とし、口を開いた。


「飼い主である吉田氏の話によると、自分が外出をしている間、チロは必ず二階の部屋に入れておくようにしているそうです。チロは以前、キッチンに保管してあるパスタの袋を盗み出し、ベッド下に隠していたという行動をとっているので、ということでした」


「だーかーらー。そのせいで、おれは部屋に閉じ込められるってことになったんだよ。残念だったな。今回ばっかりは、おれは関係ないってことだ。あれだ。あれじゃねえか。あの女。最近、野良猫に餌やってるみてぇだから。そいつでも入ったんだよ。きっと」


 ふんどし刑事は、両手を前で組みデスクにもふっと肘をついた。


「ふふん。お前は大変賢い猫だそうだな」


「な、なんだよ。急に」


「お前は大変頭がよく、飼い主である吉田も、なかなか頭を痛めていたそうだな。お前はすごい猫だ」


「そ、そんなに褒められても……」


 チロは少々照れくさくなったようで、耳の裏を手で撫でた。


「確か、吉田が隠しているおもちゃの場所も探り当てられるとか」


「そ、そんなの朝飯前だ。あいつ、バカだからよ」


「スズメを捕まえてきて、吉田に献上したこともあったそうだな」


「当然じゃねえか。あいつは狩りの仕方もわからねえからな。教えてやったんだよ」


「そんな賢いお前が、部屋から出られないなんてことがあるのだろうか。あの部屋はレバー式の取手だそうだな。あれをクリアできないだなんて、そんな。お前が? おれは正直に言うと、そんなはずはないと思うのだが——」


「あのレバー式の取手だろう? あんなの朝飯前だ——。は!」


 チロは両手で口元をもふっと抑えたが遅い。ふんどし刑事は、自分の口元を肉球で指し示す。


「お前、口元に黒い海苔がついているぞ」


「え、んなはずねぇよ。ここについた海苔はちゃんと舌で綺麗にしておいたんだからよ——はっ!」


 スコちゃんは懐から手錠を取り出すと、チロの両手にそれをはめた。


「九時五十五分。吉田チロ、海苔佃煮事件の被疑者として逮捕いたします」


 チロはがっくりとうなだれた。


「くそ……そのふんどしに惑わされた。あんた………かなりの切れにゃんだぜ」


「おれのふんどしを褒めてくれるのか? サンキュー。チロ。次に会うときは、もっと賢い猫になっておけよ」


 ふんどし刑事は、ひげをピンピンと震わせると、そのまま取調室を後にした。廊下に出たふんどし刑事は、ポケットから葉巻のマタタビを取り出すと、それを咥えた。


「これにて、一件落着。今回の山は長丁場にならなくてよかったぜ」


 深呼吸をして、マタタビを堪能していると、目の前から真っ白な毛をもふっとさせたラグドールのラグ女史が慌てた様子でやってきた。


「ふんどし刑事! 事件の通報が入りました。ドイツ戦車兵1/35モデルの盗難発生です。場所は東三丁目四番地の五。至急、現場に急行してください!」


「やれやれ——。おれたち刑事には、休む間もないぜ」


 ふんどし刑事は、取調室から出てきたスコちゃんを従え、廊下を歩いていく。ふんどし刑事に休息という文字はないのだった。






—了—

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ふんどし刑事にゃん吉 雪うさこ @yuki_usako

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