会議は短く、チュロスは長く

「なぜフォーゲルが軍法会議へ!? 納得がいきません」

「落ち着けロンメル、順当に考えて嫌がらせと各国外務省への辻褄合わせだ」

「では何故、実行した私ではなく貴方なのです?」


 自家製プリンをつつきながらご機嫌よう。本日は少し固めに、キャラメルはほろ苦めを意識して制作いたしました。しっかりとした食感にまろやかな甘み、甘さの奥に広がるキャラメリゼの風味が非常にマッチしております。


「ロンメル……、いいか、お前は今や各部隊から異動願い引っ張りだこのエースだ。つまらん軍法会議でキャリアの傷をつけるよりも、栄転とした昇進で引き抜きたい奴らが多いだろう」

「それなら尚更です。部隊長が故に、貴方のキャリアに傷をつけてまで私を引き抜く必要など」

「あるんだよ、それが」


 まあプリン食えよ、今日のできばえもそこそこだぞ。有無を言わさぬ視線でそう告げれば、凛とした若草色の瞳が伏せられた。


「逆らうな。これが軍隊だ、お前の一存でどうにかなる問題でもない」



 ROEというものが、この無茶苦茶な世界でも存在するという事を、出廷命令を受け取ってから思い出しました。何がジェノーべ条約だ、やかましい。ええ、言いがかりも良いところです。こちとら身体に風穴が開いた身なのでございます。中立国を攻撃しただなんて建前もそう。国際軍事法に則って非戦闘員を捕虜としたという外聞が、帝国を鬼畜国家という印象たらしめる事が、外交官の頭痛の種となったのでありましょう。

 四方を敵国家と敵連合に囲まれるよりも、ロングブーツは中立国もしくは協力国家としてキープしておきたかったのでしょうが。

 まさかそれに、お貴族様階級がえんやこらと乗っかりまして、あれよあれよとの命令でございます。形式上での裁判で政治的に痛くも痒くもない身分の兵を槍玉にあげて、一旦他国の溜飲を下げようという目論見もあるのでありましょう。

 そして、遊撃隊たる平民ですらなかった者どもが、功績を上げ続けるのが気に食わなかったのでしょう。それについては同意せざるを得ません。

 撤退した皇国戦線は、数ヶ月もキープできておりません。非常に、非常に頭の痛くなる事案です。唯一、不幸中の幸いとでもいうべきは、当時レアを守護していた部隊の半数ほどを捕虜とし、イェーガーの班の後方部隊としてそのまま引っこ抜いてきたという事です。

 敵戦力の完全なる回復が見込めない今、押し戻されるというよりかは綱引き状態が良いところ。


 そう——。連中は、何かが欲しいのです。

 戦局を一瞬にして変えうる何かを。

 絶妙な小競り合いを継続とするよりも、圧倒的勝利によって一国でも良いから植民地化したいという希望を叶えうる手段を。


 いいや、それとも——。

 この膠着状態・・・・に一石を投じるチャンスを、どこぞの壇上にいらっしゃる閣下は望んでいらっしゃるのかもしれません。




 コロンブスの卵はざらに転がっているが、コロンブスがざらにいないのである。


「以上が、此度の進軍における教導中隊のみ撤退を命じた経緯と、その後の進軍経路、発案からの実行速度となります」


 たかだか17歳。そう甘く見ていたであろう軍幹部の多くは、その驚愕を隠すべく、或いはその怒りを隠すべく思案するようなそぶりで口元を覆った。

 前者は間違いなく作戦立案に才のあるもの、後者は結果論を尊ぶお貴族様であろう。


 アドルフ・カノン・フォーゲル。資料上では遊撃隊を率いる小隊長、そしてその異常たる能力者達への統率力以上の何かは持ち得ない人物である。


 自国の下級兵への大損害を起因とした開戦作戦も、雪山の連合戦線の抑止も、ブランマンジェ河の戦闘での起死回生の発案も——。

 誰もが内心思ったはずだ「彼はただの魔剣チート戦力を収める鞘ではなかった」と。

 ありとあらゆる意味で、国家的スキャンダルとなり得る存在なのだ。

 狐が、国の英雄となるなど。国の根底を覆すような栄養学を豪語するなどと。それが、成人すらしておらぬ子供を戦地の最前線に送り込んだ結果所以などと。

 何故、死地に送った蟻が立っている。すり潰されるために編成した働き蟻が、願わくばどこぞの戦況で流れ弾で果てろと脳内の片隅で思ったに過ぎないほどの、とるにたらない兵力が……。

 無言の誰もが、このまいた種を回収しようと躍起になっている。種なぞ、根を張り芽吹いて仕舞えば、根絶やしにせぬ限り早々滅びなどしないものを。


 そこに——内心、そう内心はほくそ笑むものが約数名。


「いやぁ、やはり君は私が見込んだ通りだったねフォーゲル君」


 少しの拍手と、発言の許可を持ってして、見覚えのある顔がそう語りかける。


「過分な評価、恐れ入ります」


 ハイル・カーボの礼を持ってしてその声の主にアドルフは返した。


 働き蟻アーマイトの連中は、アドルフの出廷の間は休暇となっている。これでも責任感は持ち得ているとの自負はある、部下に降り掛かる恐れのある火の粉は払わねばなるまい。

 気になるのは、ハインケルだ。彼は特務であり一番にアドルフの動向を監視できたはずの人物である。それがこの場に立ってすらいないとは。


 どちらだ? 裏切りか、裏から手を回されたか。

 お堅い口上の目立つお貴族出身の将校勢の喋りに、少しだけあの間の抜けた砕けた口調が恋しくなりそうだ。

 弁護に立つ事すらしていない技師の存在を思い浮かべたところで何にもならん、とアドルフは首を軽く振った。奴は今後アレルギーに苦しまなくていい、癇癪を起こす回数も減るだろうと思えば、厳罰以外は自身の立ち位置なぞまぁ問題でもない。



「さて皆様方、そんなに目くじらを立てずともいかがでしょう? 彼、フォーゲルを軍部へと招いたのはそもそも私です。」


 ね、と人の良い笑みをこちらへ向けたのは、あの街頭で私を助けた少佐殿——今はクラウス・フォン・シュドブリュッセル大佐殿だ。


「彼に能力的数値や魔力才能がなくとも、一兵として十分に戦える能力があると推薦したのは私です。然も彼はその能力の無さをカヴァーしうる、判断能力と演説に長けている特性があると判断いたします」

「何が言いたい? シュドブリュッセル」


 数名の将校殿から上がる疑問符に、彼はわざとらしく笑みを浮かべて振り返る。


「円卓の上では食事はできても、調理はできません。作戦もまた然り。作戦たる料理を味わう前に、素材の下拵えを完璧にできる料理人が控えてなければ、その円卓はどうなると思いますか?」


 軍事教育機関の教鞭を取れと、早い話が武勲を挙げられぬ体のいい左遷。立案をする大佐の真意は掴みかねる——。

 いや、これは。

 アドルフは笑った。


「私の副官、ロンメルについてはどうなるのでしょうか?」

「そこは安心してくれたまえ、我が大隊にて彼を迎え入れる準備は十分に整えてある」


 わっ、と法廷が沸いた。血眼になって、その発案に各所から否が突きつけられる。

 そう、彼らはこれが目的だったのだ。


 圧倒的軍事力の確保、シュヴァルツヴェルダー・ロンメルの本格的な引き抜きである。


 軍法会議は作戦本部も交えて様々な側面から判断を仰ぐべく、また海軍大将の出廷スケジュールに合わせ1週間の長きに渡って開催される事が決まった。


 まったく……長くなって嬉しいのは、テーマパークのチュロスくらいなもんだな。


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我が糖質 ~合言葉は「オール・ヘイル・カロリー!」異世界で鬼教官になったので、体育会系スキルを駆使して物申します!~ すきま讚魚 @Schwalbe343

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