コミカライズ記念SS
ウィルコックス家の狂犬
ウィルコックス家の四姉妹とパーシバル・メイフィールドが出会ったのは、まだ8歳の時だった。
社交シーズンオフ、王都からそれぞれの領地へ向かう途中の宿で、偶然にも出会う。王都の学園に入学したばかりのウィルコックス家の長女パトリシアと三、女のグレース、そして、その間に挟まれるようにして歩いていたのが、ジェシカだった。
――人形!? 人形が歩いてる!!
幼いパーシバルがジェシカを見た時の第一印象だ。
貴族令嬢が可愛い大きな人形を連れているように見えたのだが、それは目の錯覚で、ちゃんと自立歩行をしている様子から、それがウィルコックス家の四姉妹の末っ子だと納得した。
領地も隣、タウンハウスも近いとなれば、パーシバルがウィルコックス家に遊びに行くのに、さして時間はかからなかった。
もちろん、人形のようなジェシカを見たかったからなのだが、残念ながら、ウィルコックス家の四女ジェシカ・ウィルコックスは身体が弱くて、いつも伏せていることが多く、彼女の体調が良くない限り面会することはかなわなかった。
そこで考えた口実が「お見舞いに行く」というもの。
珍しい小さな置物や絵本、病気でも滋養があって見た目も楽しめるような色とりどりのキャンディなんかを入手すると、隣の領地へ、または区画の近いウィルコックス家のタウンハウスへとお見舞いと称して足を運ぶ。
この様子を見た親同士が「ちょっと幼いけど、どうだろう、婚約させますか?」「いいですね、させましょうか?」と話題に上がっていた。
この時、パーシバルは11歳。
親同士の話はもちろん彼の耳には届いていなかった。
「パーシバル・メイフィールド、ちょっといらっしゃい。話があります」
ある日いつものお見舞いに来ていたパーシバルを呼び止めたのはジェシカのすぐ上の姉であるグレース・ウィルコックスだった。
真っ黒な黒髪に金の瞳、彼女はこの年、王都の学園に入学したてではあったが、パーシバルの実兄よりも年下のはずの彼女には迫力があった。
しかし、このころはウィルコックス家に足を運ぶようになって3年、姉妹たちからは弟分のように親しくされ、「パーシー」と愛称で呼ばれていたのだが、いきなりフルネームで呼ばれたことに、パーシバルの背筋は自然とピシっと伸びた。
「お父様のメイフィールド子爵から、お話は聞いてるかしら?」
貴族街にありながらも狭小なウィルコックス家のタウンハウス。同じ子爵位であるメイフィールドのタウンハウスと比較すると顕著だ。しかし、部屋の作りはしっかりしている。
ホームリビングではなく応接室に通されたのは初めてだった。
「なんの件かわかりかねますが……」
「貴方と、うちのジェシカの婚約よ」
驚きと嬉しさでこの時、パーシバルの脳内は停止した。
パーシバルの心情を汲んで、グレースはしばし沈黙を守っていた。
「否やはないわね?」
「はい!」
「よろしい。ジェシカがもう少し成長して、体調を見てから、婚約式に関してお話を進めていきましょう」
「はい!」
「うちのお姫様が首を長くして待っているわ。呼び止めて悪かったわね」
「いえ、とんでもありません。グレース姉上!」
パーシバルの「姉上」の言葉に、普段、表情の変化が見えない彼女から、わずかな笑みが浮かんだ。
ウィルコックス家が大事にしている末っ子との婚約。
彼女はまるで天上から降り立った天使のようだとパーシバルは思っていた。
当時婚約するよと言っても、彼女は無邪気に「よくわからないけど、ずーとずーと、パーシーと一緒なのね!」と小さな手をたたいて喜んでいた。
――この天使を守ろう。
ウィルコックス家は女所帯といっても過言ではない。
自分がウィルコックス家の武力にもなろう。
幸い、次男坊なのだ、家は継ぐことはできない。
軍に入り、物理的な力を身に着けていこう――この時、彼はそう思っていた。
ただ、すぐに軍ではなく、王都の学園に入学することは実家からもウィルコックス家からも強く言われたので、学園の二年になって、専攻コースで士官コースに進むかと、この時、彼はそう思っていた。
普通の貴族令息達とかわらない、順当な学園生活を送りつつ、婚約者となるジェシカの見舞いも欠かさない。マメなやつだなと実兄から言われたが、兄嫁からの評価は高かった。
パーシバルが王都の学園で入学してしばらく経過した頃、その事件は起きた。
「3年のウィルコックス嬢と親しいのはお前だって?」
「家が近所だという話を聞いたが?」
「少し慣れ慣れしすぎるのではないか?」
鉄面皮、クールフェイス、冷淡と、学園で知らない者はいないグレース・ウィルコックスではあるが、意外にも彼女は人気があった。その見た目と違い、面倒見がよく、成績もいい。令嬢が成績いいとやっかまれそうなものだが、その優秀さに一目置いてる者はすくなくなかった。
将来の義姉は、パーシバルにとってもひそかに自慢であった。
そんなグレースが目をかけているのがパーシバル・メイフィールドという子爵令息という話が学園内に浸透するのに時間はかからなかった。
「彼女の妹と婚約するというが、その実、狙いは姉であるグレース嬢じゃないのか?」
「彼女は確かに優秀だが、距離感がな、自分を男と思ってるのかもしれんな、貞淑さがないというか、自身に婚約者もいるのに、妹の婚約者にいい顔をするのはどうか」
「君自身も妹と婚約しているならもう少し節度を持って――……」
昼休みにパーシバルを訪ねて、一学年上の貴族令息達に囲まれてそんなことを言われた。
もちろん、彼らの真意はわかっている。
ウィルコックス家の義姉と実兄からの薫陶がパーシバルには行き届いていた。
単純なやっかみなのだ。
だが。
ここは名誉の問題だ。
妻となるジェシカと義姉になるグレースに、不名誉な噂がたとえほんの少しの燻りであろうと、パーシバルには我慢ならなかったのである。
パーシバルを取り囲み、やいのやいのと難癖つけてくる令息達に向かって、パーシバルはおもむろに手袋をパシーンと顔面に叩きつけたのだ。
「貴様、その薄汚い口を閉じろ! 僕の婚約者であるジェシカへの愛と、未来の義姉に対しての侮辱、万死に値する!! 僕はジェシカの為なら命を張る覚悟はとうにできている!! 決闘だ!!」
普段、おとなしいやつがキレるとおっかない……。
これはわりとどこにでもある通説なのだが、その実例がパーシバルの決闘の申し込みだった。
難癖をつけてきた令息のリーダー格の胸倉をつかみ上げ。
「もう一度でも言ったら、その口に剣だろうが銃弾だろうがねじ込んでやる! その覚悟があるなら言ってみろ!! オラァ!!」
一瞬唖然としていたクラスメイト達は、パーシバルの絶叫が終わると、我に返り、わあわあと声を上げてパーシバルを抑えにかかる。
相手が年上だろうと、実家の爵位が上だろうと、お構いなしのパーシバルの気迫。
多勢に無勢の大逆転。
まさか一年坊主がそんな大胆な行動に出るとは思いもよらなかった彼らは、すごすごと引き下がることになった。
それまで在学中、パーシバル・メイフィールドについて陰で囁かれていたあだ名が「ウィルコックス家の腰ぎんちゃく」から「ウィルコックス家の狂犬」に変わった瞬間だったという……。
「ちょ、ちょっと、ロックウェル卿! なんでその話知ってるんですか⁉」
「え、もちろんグレースから聞いたんだよ?」
ここはラズライト王国、王都――クレセント離宮、社交シーズン最盛期の夜会会場。宴もたけなわ、各貴族たちの挨拶やダンスも済み、同性同士での歓談タイムだ。
ウィルコックス子爵家当主、グレース・ウィルコックスはこの目の前にいるキラキラしい、伯爵とつい先日、結婚した。
「彼女から、義弟であるパーシバル以外に、ウィルコックス家を任せられる者はいないと、高い評価をもらっている、君の武勇伝だろ?」
「武勇伝……聞こえはいいけど、ぶっちゃけ若気の至りというほかはないですよね?」
「俺も、やんちゃな弟が欲しかったんだ」
結婚しても王都の令嬢たちから黄色い声を浴びる、王子様な見た目の義兄をパーシバルは苦笑して見つめる。
「じゃあ僕の奥さんに言ってきますよ『あなたの王子様になりたいのです』って」
パーシバルがすましてそう言うと、義理の兄にもあたる、ヴィンセント・ロックウェル伯爵は、軍に所属してるとは思えない華やかな笑顔を浮かべて、パーシバルの肩を軽く叩いたのだった。
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皆様のおかげで、こちらの書籍2巻が出る予定です。多分。
転生令嬢は悪名高い子爵家当主 ~領地運営のための契約結婚、承りました~ 翠川稜 @midorikawa_0110
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