第35話
シェリルと侍女数人が、花嫁の介添役としてわたしの周囲にいる。
これは衣裳の為なのよ、ベールやドレスのトレーンを直したりするの。
夜会服よりもドレスのトレーンは長いし、花嫁のベールもある。
これがくしゃくしゃにならないように、整えてくれたりするわけ。
そんな彼女達が、緊張の色を浮かべたのは、聖堂の扉の前にいる人物――花嫁の父親役としてこの場にいる方を目にしたからだろう。
ヴィンセント・ロックウェル卿の上司も上司、軍のトップで王弟殿下……おまけに、強面のレッドグライブ閣下が立っていたからである。
「珍しい衣裳だな」
「わたしが考えました」
「うちの娘は魔力はないが才気煥発だ」
娘――!? だからそういうことは、実の息子に言ってあげてくださいよ!
「恐縮です。閣下」
動かない表情筋に感謝だわ。
今回父親役が閣下に決まった時、メイフィールド伯爵も若旦那もパーシヴァルも
「それってまさかの王弟殿下⁉」
「オレ達が出る幕ない⁉」
「何がどうしてそうなった⁉」
それぞれの奥方が、
「ロックウェル卿が軍部で覚えめでたい方だからそうなったのでは?」
とそれぞれの夫に説き伏せたそうな。
そんな大物が父親役なんて名乗り出たら、俺が俺がとか言ってられないわよね。
父親役は譲渡一択よ。
この本番、わたしも恐る恐る、閣下の腕に手を添えさせてもらったわ。
後日エイダが語るに。
「あの時、グレースも閣下も表情がなくて、本当の親子みたいだったわ!」
確かにわたしも閣下も強面(悪役面)だから、そう見えたとしても……おかしくないのか。そしてそのエイダの言葉を聞いたうちの姉妹は「それだ!」と声を揃えたこともお知らせしておく。
入場の荘厳なパイプオルガンの音とステンドグラスから漏れる採光が、祭壇前を照らし、その祭壇前にたたずんでわたしを待っているのが……伯爵様。
伯爵様がわたしを見て、そのアメジストの瞳を細めて微笑んでいる。
ぎゃあああああああ!
やっぱり白のフロックコートが似合うー!!
ちょっと、エインズワース社のカメラマン、伯爵様の単体のショット撮ったわよね⁉ 焼き増しは最低二枚、いや、三枚以上でお願いします!!
カッコイイ、美しい、綺麗、何その笑顔可愛い、どうするよ⁉
どうもしないよ、今、式本番! そして引き渡し父親役は閣下! 落ち着けわたし! 活躍するなよ表情筋!
そして伯爵様に近づくと、伯爵様がわたしに手を差し伸べる。
わたしは閣下に添えていてた手を伯爵様が差し伸べた手に移す。
ああ、もう、ドキドキする。自分の心臓の音が耳に聞こえてくるってどういうこと!?
夢じゃないのこれ? ここで、あれよ、ステンドグラス叩いて「ヴィンセントー!」とか乗り込んでくるご令嬢がきたらどうしよう? どうしよう?
そんなわたしの心配をよそに、神父様の誓いの前に講じる「夫婦になるとは~」って談話のあとに、結婚の宣誓の言葉が続く。
「女神の導きの元に、長き人生において、二人夫婦となり、女神の傍に魂が届くまで、手をとり、苦楽も喜悲も夫婦として共に歩みゆくことを二人誓いますか?」
「「はい、誓います」」
ここ、名前をそれぞれ呼んで誓わせないで、共に歩む為にという意味で、二人で声を揃えてこの言葉を言わないといけないのよ。
「では、その誓いを魂への封印を」
これが誓いのキスを――って意味なのよ。
言葉を魂に封じ込めるために、互いが誓った唇にキスっていうのが、まあこの世界のこの宗教の慣例。
伯爵様がベールを上げて、わたしの頬を両手で包んで唇にキスする。
恥ずかしがり屋なのをわかってるから、両手で頬を包んでくれて見えないようにしてくれてるのはありがたいと思ったわたしですが……。
伯爵様――!! キス長い――!! 長い長い! 息、息できない!!
ここは、普通はチョンて、キスして終わるところよ! 普通そうよ! パトリシアお姉様もジェシカもそうだったよ!
学生時代の友人の挙式に招待された時もそうだった!
あんまり長いもんだからさすがに神父様も閣下も「ンンッ」って咳払いしてるから!
息ができなくて苦しいから空気を求めながら
「ヴィンセント……このへんで、記念写真もあるし、宣誓書にサインもまだです」
そう言うと伯爵様はわたしの頬から手を離してくれた。
名前呼び……効くわ。
伯爵様を見ると、なんでそういう、小さないたずらっ子みたいな笑顔してるかな!
神父様もほっとして、宣誓書をわたし達の前に差しだし、式を進める。
わたしと伯爵様は結婚宣誓書にサインをして、指輪を交換した。
結婚指輪は、わたしの方にだけ、婚約指輪の時と同じ、でも普段から着けているようにってことでルースの小さい紫のファンシーカラーダイヤが嵌め込まれていた。
わたしが婚約指輪に感動したから、結婚指輪にもあしらったとか……。
何このスパダリ~!
本当に夢じゃないでしょうね?
「ここに一組の夫婦の誕生に、祝福の祈りを」
ここで、みんな参列者も指を組んで祈りをする。
「夫婦になったことを女神の名の元に認めます」
神父様の言葉の後に、参列者退席のBGMとしてまたパイプオルガンが鳴り響く。
そして聖堂の扉へ向かって、わたしは伯爵様にエスコートされて歩いて行き、扉が開かれると、フラワーシャワーが、降り注ぐ。
花びらがひらひらと青空に舞って、すごく綺麗だった。
拍手とおめでとうという祝福の言葉を受けて、階段を降りて、参列者の最後までくるとカメラマンが「記念撮影しますー!」と声をかける。
このあと、クレセント離宮での結婚披露パーティーだから、移動時間もある。
聖堂をバックに、カメラマンと聖堂の教徒が撮影の為の椅子とかセッティングしてくれてた。
ブーケトスの代わりにブーケ贈呈をアビゲイルお姉様にしたら、とっても眉間に皺を寄せていた。
「これを受け取ったら、よくないことが起きそうな予感がする。それに記念撮影なんだから、まだ花嫁がもってなさい」
そう言われたんだけど、この撮影のあと、ジェシカがブーケを二つに分けて、エイダとアビゲイルお姉様に渡すのよね。
大聖堂なんて、豪華な教会押さえてくれたけれど、参列者は身内だけで、人数はささやか。
でも、こういった挙式後の花嫁と花婿を挟んだ集合写真なんて、多分この世界ではこれが初めてなんじゃないのかな?
こうして、なんとなく前世みたいな文化風習に近づいていくのかもね。
わたしと伯爵様を中央に座らせ、公爵閣下ご夫妻と、うちの姉妹達が前列、その夫君たち挙式に参加した親しい人を配置して、カメラマンの人が位置確認をする。
そして三脚の方へ走っていき、カメラマンの人が声をかける。
「では撮りまーす!」
カメラを前に、これからの未来は――魔導具と魔法でこの世界は前世のようになってくのかなとぼんやり思う。
でも、この青空の下、緑が眩しくて、わたしが愛する伯爵様と、わたしが愛する人々に囲まれてる一枚、この瞬間は永遠なんだ。
写真を撮り終えたあと、伯爵様はわたしに囁く。
「これからも、よろしく、俺の花嫁様」
「はい、旦那様」
そう言うと、伯爵様は深いため息をついて肩を落とす。
「だから、それだと、使用人達と変わらないだろ? もう一回、キスした方がいい?」
いや、ここでそれはご勘弁!
式でのキスを思い出して、わたしはブーケをちょっと持ち上げて、伯爵様の名前を呼ぶ。
「ヴィンセント」
わたしがそう言うと、伯爵様は嬉しそうに微笑んで、わたしを子供みたいに軽々と抱き上げる。
ドレスの重さだって、あるのに!
「お、重くないの?」
「愛の重さならば耐えられるよ?」
この世界の聖書の一説を嘯く。
「愛してる、グレースは?」
そんなキラキラした瞳で見上げて、貴方にそんなことを言われたら、わたし絶対浮かれちゃうわよ?
浮かれてもいいの?
結婚式だもんね?
いいのよね?
なるべく嬉しそうな表情で、笑顔になってるといいな……。
彼に可愛いって思われるといいな……。
なんて思いながら、彼に伝えた。
「愛してるわ。ヴィンセント」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます