高黄森哉

繭の中で


 そこは、まるでカイコ蛾の繭の中だった。絹のように白い布団にくるまり、私は泣いている。カプセルの中で泣く声は漏れず、だから、泣いていることは、誰にも気づかれずにいる。


 楕円の内側は、ほんのりと赤みがかった。白いシーツの中に、ピンクの羽毛布団がおさまっているのだ。まるで、胎児になったかのようだ。といっても、こんな様子であったかは、記憶にないので、この感覚が適切か分からない。


 これは、私が作ったシェルター。この中で、私は私を発散する。私は惨めにならないですむ。人に、泣き顔を見られずにすむ。人に助けられずにすむ。そして、恩をあだで返さずに済む。


 私は繭の内部で、人間的重圧から自由である。私は蛾なのだから当然だ。白い、何重もの糸に、がんじがらめにされるのに、自由に思えるのだ。まだ、繭の中にいるのに、人だということも忘れ、飛べる気がする。


 私は心地よかった。できれば、ずっとこうして居たかった。だれにも、同情されず、自分の悲しみを消化できるのが、ひたすらに楽だった。独りで抱え込む、それが偉いとも思った。


 だってそうだ。人に助けてもらうなんて、弱い人間じゃないか。それに比べ、私は強いのではないか。助けを断り続けることで、私は迷惑をかけていない。そう思いつつ、私は薄々気づいていた。そうすることで、迷惑をかけ続けている。


 ひたすらに繭にもぐるしかなかった。そうすることで、アタッチメントを全身にまとわせた。針金の保護者よりも、遥かに守ってくれる。私は心が楽だから、針金に捻じ込まれた哺乳瓶を、拒んでいる。安らかだ。


 ずっと、こうしていられる。


 だから、二十歳に成るまでそうしていた。そして、私は大人に成った。大人になれば、羽ばたかなくてはならない。私も例外ではない。私はカイコ、真っ白な花を咲かせる。他の人は何になるのだろう。アゲハ蝶だろうか。


 繭がぱっくりと割れ、そのとき、隠されてきた社会がのぞき込んだ。そして、裂け目から覗くのが、ヤモリだった。そのとき、私は思い出した。カイコガの成虫に、叫ぶための口が無いことを。

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高黄森哉 @kamikawa2001

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