第13話 真実

 「私は気付けば辺りに血塗れの死体が転がる村の中心に立っていた。息を切らし座り込む私を照らす夕日は、今まで見たどの夕日よりも、鮮明な血紅色けっこうしょくだった。・・・面白い。凄く面白いっ。村人を殺害するシーンは物凄くリアルで鳥肌が立ちました。本当に凄いわ。ここまで心を揺さぶられる殺害シーンは今まで見た事無いですよ。申し分ないです、本当にお疲れ様でした。後はお任せ下さいっ。」

「ありがとうございます。」

「どうしたんですか?浮かない顔して。嘘じゃ無いですよ、本当に素晴らしいですからっ。」

「・・・はい。」

「もぉ、何ですか?自信ないんですか?凄くリアルで面白いのに。それに何か本当にこんな村ってあるそうですよね?この間ニュースにもなってませんでした?ほらっ、良く無い噂が絶えない村があって、しかもそこで大量殺人が起きたって。犯人もまだ・・・。」

「捕まってない?」

「・・・そうそう、ははは。あー、えっとそれではまた連絡しますねお疲れ様です。」

「宜しくお願いします。」

「・・・高木さん。この作品って、フィクション・・ですよね?」

「えぇ。」

「で、ですよねっ。すいません私・・。」

「フィクションですよ。限りなく真実に近い、フィクション。」

「・・・それはどうゆう。」

過去へ戻れるタイムマシンがあるとするならば、私は一体何処へ戻るのだろうか。

恐らく誰もが過去のあやまちをやり直すべく、その時間へ戻りたいと願うものであり、幸せだった時を再び体験しに戻る者は少ないだろう。

私も勿論前者であり、戻れるのならば過ちを犯す自分を止めたいと何度願ったか分からない。

あの時ああしていれば、あの時あの場所に行かなければと、私の人生は悔いの連続だった。

そんな過ちばかりの人生の上に立つ私は、決して何も望んではならない。

そうだと分かっていながらも、未だ望み捨て去る事の出来ぬまま生きていたが、遂にその時はやって来たのである。

自分が如何にれ者であったか受け入れなければならない瞬間は、既に目の前で私を待っていたのだ。

『続いてのニュースです。今月五日、山奥にある集落で住人二十四人が殺害された事件に動きがありました。難航したと見られた集落大量殺人の容疑で逮捕されたのは、高木結糸たかきゆい容疑者二十二歳女性で、現在連載中であるホラー小説の作家だと警察の調べにより分かっています。逮捕に至った経緯について警視庁は、高木容疑者の知人女性による通報があったと述べています。犯行に至った経緯などは現在まだ分かっていません。また詳しい情報が入り次第、お伝えします。』

「・・・はぁ。二十二歳の女の子が大量殺人ねぇ。若い女の子相手に取り調べってのはどうもなぁ。」

「何言ってるんですか柊刑事。相手は殺人犯ですよ。」

「わぁかってるよ。はぁ、仕方ねぇ。行くかっ。」

「いえ、まだです。その前にもう一度容疑者の情報について確認を。」

「何だよもう。いいよ、本人から聞くから。行くぞぉ。」

「全くもう。」

「入るぞ。」

「・・・。」

「俺は今回取り調べを行う柊だ。宜しく。」

「高木です。」

「ふぅ。それじゃあ早速だけど、君の作品読ませてもらったよ。」

「はい。」

「確かにラストシーンは今回の大量殺人事件と良く似ている。それに村の位置関係や殺害された人数も一緒だ。」

「えぇ、そうですね。」

「それで、何か言う事はあるかぁ?」

「あの村の住人を皆殺しにしたのは、間違いなく私です。」

「ふーん。それは何で?」

「私の小説をお読みになったのでしょう?あれは私の自伝の様な物だと思って頂いて構いません。」

「なるほどね。でもまぁ、解説だと思って少し今回の事話してくれないかい?」

「はぁ・・でも本当に、読んで頂いた通りです。」

「うーんだってほら、作者と読み手じゃ捉え方も考え方も違うでしょ?俺の思ってる事と君の思いに相違が無いか確認したいんだよ。」

「何なんですか、しつこい。だから、あの村の皆んなを殺したと言ってるじゃ無いですかっ。他に何を話せって言うんですか。」

「何でって・・・まぁそうだなぁ。俺はこれまで沢山の容疑者を見て来たよ。如何にも黒だなって奴もいれば、明らかに白だって奴もいる。君は話し方からするに、殺した事は事実だろうね。でも何処か引っかかるんだなぁこれが。まっ、多分君の人柄の良さがそう思わせるんだろうね。だから純粋に君の話を聞きたいんだよ。ね?何か理由があるんなら、話してみてごらん。」

「理由は本当に小説の通りです。でも私は・・

私は・・・。」

「うん。」

「・・・・あの物語は、実際にはフィクションなんです。村人を殺害したと自白しているのに何故って思われるかも知れないけど。本当は・・小説には書いていない真実があります。」

「・・そっか。勇気を出してくれてありがとね。俺に聞かせてくれる?」

「・・は、はい。あの、私は物語と同様に朝家を出ました・・・。」

 村への道のりが以前母と向かった時とはまるで違い酷く短く感じたのは、恐らく緊張しているからだろう。

長きに渡り私や私の大事な人々を苦しめたあの村の終焉しゅうえんが、すぐそこまで近付いている事に動揺を隠せないのだ。

そしてそれが今日この手によって成されるとなれば、緊張と言う言葉だけで言い表せる筈が無い。

そのせいか村のある山の麓まで辿り着いた時には、瞬間移動でもした様な感覚だった。

やらなければならないと言う思いと、果たして私に人殺しなど出来るのだろうかと言う思いは頭の中で永遠と回り続け、眩暈がする程だ。

そんな中自身が道の無い林の中を歩いている事に気が付いたのは、目の前にお祖父様の家が現れた時である。

何故こんな所を通れば、ここへ辿り着くと知っていたのかは定かでは無い。

無論疑問を抱く余裕すら、この時の私には無かったのだ。

頭上から降り注ぐ日の光は木々に遮られ周囲は薄暗く、乾いた風は草木を揺らし私の足跡を掻き消す。

そして村人の声や立てる音は静かに開く扉の音を打ち消した。

群れを壊滅させる方法其の一。

真っ先に群れのリーダーを殺すべし。

「・・・・来たのか。」

「う、動かないで。」

「まぁまぁ、そう警戒せずとも私は何もしないよ。」

「こっちを向くなっ。・・・貴方は地獄で悔いるのよ。自分の行いを・・その罪深さを悔めっ。」

「・・・。」

「死ねぇえ゛っ。」

「結糸さんも地獄行きですよ。」

「・・え。」

「お前の使命は何だ。・・・忘れたとは言わせませんよ?」

私は顔から血の気が引くのを感じていた。

体は魂が抜き取られるように地べたへ崩れ、その姿はお祖父様へこうべを垂れてるように見えていたであろう。

そして硬直する体と滲み出る冷や汗は、自分がどれ程愚かであったか嫌と言う程私へ知らしめたのである。

恐れるべきは、自分自身だったのだと。

「お前はここへ何をしに来たのだ。復讐か?・・ぶぁっはははっ、笑わせるなよ。心を失い闇へ堕ちていったお前に生きる意味を教えたのはこの私ではないかっ。夜な夜な逃げ出す棄教者の暗殺はお前にとって生き甲斐そのもの。」

「・・・やめて。」

「冬真さんの両親だってそうだっ。不出来な子供を手に掛かることも出来ずに、親子共々逃げ出そうと企んでいた彼らを殺したのもお前ではないかぁっ。それを自分は善人だと良く言えたものさ。」

「・・やめて、よ。」

「はははっ、お前は実に優秀だったよ。子供だと油断した大人達を何の躊躇も無く切り裂いていったんだからねぇ。・・・ん?そのペンダントは・・ふふふっ、あ゛ぁっはっはっ。」

「はっ、これは・・。」

「お前の失敗は冬真さんだけだ。しかし私も馬鹿では無い。お前の失敗は目に見えていた。・・・くくくっ、だから私はあの馬鹿な母親を使ってお前を狩らせたんだぁっ。はぁ、しかしやはり馬鹿は使い物にはならないですね。親子共々本当に残念ですよ。」

「ふざけないでっ・・う゛ぅ、頭が。」

「・・・記憶と言うものは信用出来ない。幾らでも書き換えれるのですから。もうお前の残された道は一つしかない。母と冬真さんをここへ連れて来なさい。そして、再び私への忠誠心を示すのです。この村の情報を持つものは何人たりとも外へは出せません。」

「・・・出来ない。お母さんと冬真を殺すなんて、出来るわけがないっ。大事なんです。」

「くぁっはっはっ、大事?そう思っているのはお前だけさ。誰がお前を愛す?」

「・・いや。」

「お前の様な人間を愛してくれる人間などいないのだっ。私には見えるぞ、母や冬真さんが軽蔑の眼差しを向ける未来が見えるっ。誰からも愛されず、愛する事も許されぬまま永遠に孤独な人生を送るのだっ。はははっ、あぁはっはっ。」

「やめてぇえ゛っ。」

「う゛っ・・ぐぅはっ・・・・。お、おろか・・もの・・・め。」

人は誰しも、愛し愛されるべく生まれて来る。

世界でただ一人、私だけを除いて。

 「・・・それで、パニックになった君は村中の皆んなを・・・。」

「はい。正気に戻った時には既に、そこら中死体が転がっていました。・・・これが真実です。」

「そうか。何か信じられない話だよなぁ。そんな村や、人を操ってしまう人間がいるなんて。」

「っ本当です。嘘なんかじゃ・・。」

「あぁ違う違う。そう言う意味じゃ無いから。でもさ、別にだからって愛される権利とか愛す権利が無いって訳じゃないだろ?」

「・・・ないですよ。私は今まで罪を犯すのは正義の為だと思ってました。誰かを思っているからこそなんだって。でも私は違います。人殺しを生き甲斐にしていた様な人間ですよ?そんな資格、ありません。」

「・・・なーんか、愛には色んな形があるんだって俺本で読んだ気がするなぁ。誰だっけなぁ・・・確か下の名前が、ゆから始まって二文字だったようなっ。へへへっ。」

「・・・えっ。」

「恨まれるなんて上等上等。想ってるから、腹が立つんだろ?そこ等へんの誰かよりよっぽど愛が強いんじゃない?っと、警察の俺がこんな事言っちゃあ駄目だな?あははっ。」

「・・・取り調べが柊刑事で、本当に良かった。」

「あぁ。君はこの先どうなるか分からない。あれだけの人数を殺してしまったんだ。死刑だってあり得るよ。」

「はい。」

「でも忘れるなよ?俺は君の正直で誠実な所が気に入った。そしてきっとそう思っているのは俺だけじゃないからなっ。」

「うんっ。」

「よし、じゃあ今日はもう戻るか。君の風通しの良い一人部屋に。」

「あははっ、確かにっ。」

留置所へ向かう道の途中、柊刑事が密かに窓の外を指差しているのが目に入った。

視線を引っ張られる様に外へ目をやると、道路の向かいには、その青々とした美しい葉をなびかせる山茶花が一面に並んでいたのだ。

そして私の目を一際惹きつけたのは、花の咲かぬ山茶花の前で微笑む、幼い私と冬真の面影だった。

 「結糸、見て椿だよ。」

「違うよ冬真、あれは山茶花って言うんだよ。」

「そうなんだぁ。あっ、葉っぱのところに毛虫がいる。」

「近付いちゃ駄目っ。それ茶毒蛾ちゃどくがだからね。」

「茶毒蛾?」

「そうそう・・・毒があるんだよ。嫌だよね、本当。毒を持ってる汚い虫が、こんな綺麗な花にくっついてるなんて。」

「・・・そうかなぁ。俺には、ここで寂しそうに咲いてる山茶花の所に来てくれた優しい虫に見えるよ。ははっ、何でかな。」

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犯人を綴る 藤田 匡 @miyu_yu

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