たとえ他人に作られたものでも、それを受け取った者は自分ごとのように喜ぶ。




「……ッッ!!?」




 溶岩の上を進む船の上で、変異体は目を見開く。


 振り下ろされた無数のツタは、プールに浸かる真理の兄が受け止めた。




 背中のバックパックを突き破った、4本の腕によって。


 その腕は青い。

 兄は人間の姿を保っているが、その異様な4本の腕は、まさに化け物と呼ぶに相応しい。


「オマエモ……変異体ダッタノカ」


 低く奇妙な声で問いかける黒服に、兄は落ち着いて、だからといって余裕はないといった表情でつぶやいた。


「すみません……僕たちはただ、迷い込んだだけなんです」

「……」


 その声に、黒服は青い腕からつるりと抜け、ツタを引っ込めた。


 そして、背中に手をあて、暗闇に包まれた空を見上げ……




「……ハアアアアアアアアア」

「……?」「!!」




 大きくため息を、ついた。




「ナーンダ! ビックリシテソンシタワア……人間ジャナイナラ、早クイッテヨ!! アッシガ、イジメテイルミタイジャナイカヨオ……トイウカ、ナンデ落チテクンダヨアンタラ――」




 突然、ぐちぐちと口を動かし始めた黒服だったが……




「フグゥッ!!?」




 勢いよくプールから飛び出した真理によって、頭を地面にたたきつけられた。


「自分の身を守るために襲うのはまだいいわ。だけど、私たちは好きで落ちてきたわけじゃないんのよ!!」

「真理、やめないか」


 黒服の黒く長い髪を掴みながら真理は怒鳴っていたが、兄の制止を受け手素直に手を離した。


「ナンヤ……コワイナア……ソノ子」

「すみません、本当はいい子なのですが……」


 兄はプールの中でペコペコと頭を下げていたが、ふと気になることが頭に浮かんだのか、眉を上げながら顔も上げた。


「それで……いったいここどこなんです?」


 その質問に、黒服は腕を組んでしみじみと空を見上げる。


「アア、ココニイタルマデイロイロアッ」

「そんなことより、私たちを引き上げなさいよ!!!」



 まだプールに浸かる真理の言葉に「ヒイッ!!」と黒服は声を上げつつも、ツタを使ってふたりをプールから引き上げた。







「……ト、トリアエズ、ココデハナンダシ……」


 その後、ふたりは黒服によって船の内部へと案内された。




 その内部に存在する、パーティー会場。


 きらびやかな装飾に、複数並べられたテーブル。


 しかし、その会場に存在する人影は、真理たち3人だけ。




 人混みの声ひとつない静かな空間だけで、とてもパーティが行われる場所ではないと錯覚したのか、


 真理は違和感を感じるように目頭を押さえていた。




「……つまり、あなたが変異体となり、人間に見つかりそうになった時に慌てて地面を掘ると、このような場所に……」


 テーブルの前に用意されたイスに座っている3人。

 その中で、真理の兄は黒服から話を聞いていた。


「ヘェ、最初ハダメカト思ッタノデスガ、サラニ変異ガ進ミ、船ニナッタノデシテ……」


ペコペコと頭を上げ下げする黒服に対して、「ちょっと待って!!?」と真理は指を刺しながら席を立った。


 その指は黒服ではなく、このパーティ会場全体を指していた。


「それじゃあ、この船自体があんたってことなの!!?」

「ソ……ソウイウコトデシテ……アンマリ叫バナイデクダセエヨ……コワイ……」

「……ならば、その体は……」

「エエ、コノ船ノ姿トトモニデテイタ……マネキンデスナ。ツタヲ絡マセテ動カシテルンデスワ」


 その黒服の肌は黒で染められており、その光沢はプラスチックを思わせる。

 そして至る所にある隙間からツタをのぞかせており、よく見ると足元には黒いツタが伸びている。


「それで……私たちは帰られるんでしょうね!?」

「威圧しない、真理。それで……あなたはここでなにを?」


 いらだつ真理を兄は制し、マネキンの黒服にたずねる。


「ヘエ、アッシノヨウナ変異体ガイルコトハ、昔カラ知ッテイタノデ……アンタモ同ジナンデショウ?」


 黒服の答えに、兄は自身の背中から生えている4本の青い腕を見つめる。


「たしかに、変異体は人間に恐れられるため、普段は人目につかない場所で過ごしていますが……」

「デモソレデハ、遠クニ行キタクテモイケナイデスヨネ?」

「たしかに、お兄ちゃんはバッグで隠しているからだいじょうぶだし……人型とかだったら服装で誤魔化せるけど……体格によっては難しいわよね」

「ソコデ、アッシハ思ッタノデスヨ!


 黒服は、手のひらを叩いて音をならした。


「コノ船デ、変異体タチノ行キ来ガデキル乗リ物デ商売デキナイカト!」


 兄は1度、パーティ会場を見渡す。


「それって……この空間が、他の場所に繋がっているということですか?」

「ヘエ! ドウヤラ地上デハ自販機ノ姿デ顔ヲ出シテイルヨウデ……ソノボタンヲ押スコトデ缶ガココニ落チテクルワケデ……ナントナク、世界各地ニ自販機ガアルヨウナ感覚ガ、ニキビガ生エテキタヨウニ感ジルンデ!」

「それで私たちが落ちてきたタイミングで、ちょうど船が来たわけね……」

「最初ハ缶ガ落チテイル時ハドウナッテイルカト思ッテタナ!」


 黒服は冗談を言っているように笑っていたが、睨んでくる真理の表情を見てすぐに小さく背中を曲げた。


「それで……今はその商売とやらを行っているのですか?」

「イヤ、マダダ……ッ!!」




 その瞬間、黒服はふたりに顔を近づけた。




「モシカシテ、アンタタチガ第一号ニ……!?」




 黒服の目は隠れて見えないが、その髪の奥には心なしか、キラキラと輝いているように見えた。





 それに対して、真理は呆れるように、真理の兄は申し訳ないように、それぞれため息をついた。


「なるわけないでしょ……少なくとも、今日は早めに帰らないといけないのよ」

「それもそうだね。それじゃあ、僕たちを元に……」


 席を立とうとするふたりに、黒服は慌てて兄の人間である手を掴む。


「チョット待テ!? アンサン、ソノ腕ヲ出シタママ帰ルツモリデスカイ!!?」

「ああ、これは……ちょっと待ってくださいね」




 真理の兄は、穴の空いたバックパックのうち、破れていないポケットからなにかを取り出した。




 それは……裁縫道具。




「あの……もしよろしければ、こちらの布を使っていいですか?」




 テーブルクロスを指さす兄に戸惑いながらも、黒服はうなずいた。




 やがて真理の兄は、糸のついた刺繍針とテーブルクロス、そしてハサミを、4本の青い腕に持たせた。




 バックパックをテーブルの上に置いた瞬間、手は動き出し、




 繊細かつ大胆に、針を動かしていく。




 やがて、青い腕の1本が、ハサミでテーブルクロスを切断する。




 テーブルの上に置かれたバックパックは、白い模様のつぎあてが縫い合わされた。


 シルエットだけで言えば、元の形と変わらない。




 呆然とする黒服の横で、真理がそのつぎあての部分を引っ張る。


 手縫いであるはずのその部分は、まるでミシンでしっかりと縫われたように、丈夫だった。

 


「これならだいじょうぶ」


 満足そうにうなずく真理の兄に対して、黒服は震える手で指を指す。


「アンサン……ソノ手ハ……」

「お兄ちゃんの腕は、思い浮かんだものをぬいぐるみにする力があるの。そんじょそこらのぬいぐるみとは段違いの、ステキなぬいぐるみをね」


 誇らしげに兄のことを語る真理の言葉に、黒服はじーっと真理の兄を見つめていた。


「さ、はやく私とお兄ちゃんを……」







「オネガイクダセエッッッ!!!」







 突然の大声、そして土下座に、真理とその兄は背筋を伸ばした。




「アッシモ……作業ヲスル仕事ニツイテイヤシタガテントね昔カラ商売トイウモノニ憧レテイタノデス!! 自分ノ店ヲ持ッテ……ソシテ! 自分ダケノ看板ニナルヨウナ物ヲ飾ッテ!!! ダケド、イクラ看板ヲ自作シテモナニカ違ウ……アッシノ商売ニハ相応シクナイッッ!!」




「それで……用件はなんなのよ?」




 戸惑いながらも真理がたずねると、黒服は顔を上げた!!




「アッシノ船ニ……看板ノ代ワリニヌイグルミヲ作ッテクダセエ!!」




 真理は困惑するように兄を見たが……




 兄の口元には、笑みが浮かんでいた。









 1時間後、甲板の上に真理とその兄は立つ。




 すると、甲板からツタが生えてきて、ふたりの体を包み込み、




 上空へと、伸び始めた。




 兄が下を見ると、




 なにかを大事そうに抱える、黒服の姿があった。










 あれから、数週間が立った朝。


 自動販売機……の姿をしたなにかを前に、ふたりの兄弟は再び訪れていた。


「それにしても、どうしてあの時はタダで受けちゃったのよ。結局、わざわざ店に戻って材料取りに戻っちゃったし……」

「なんとなくさ、気持ちがわかるというか……職業柄かな……これでも、店を持つものだからね」


 兄は背伸びをし、日の当たらない影であくびをする。


「さて、今日は遠く離れた街に住む変異体からの依頼だ……」

「ぬいぐるみを作って届けてほしいという依頼に……まさかこいつが役に立つなんてね」




 真理がボタンを押し、




 取り出し口を、落下する缶コーヒーが通過する。




 それを確認したふたりは、自ら取り出し口に手を伸ばした。









 その下の溶岩の上を進む船には、たくさんのなにかがうごめいていた。


 ツノが生えた人影、人間の顔をした四足歩行の生き物、ボールのような形をしたなにか……




 多種多様な化け物たちが存在する、甲板。




 その中で、落ちてくるふたりの人影に気づいた黒服が手を振る。









 ふたりがプールに着水するとともに飛び散る水しぶき。




 その水滴は、船の先頭に飾られた……




 ツタで表現された波の上に乗るタコのぬいぐるみまで、飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

化け物ぬいぐるみ店の店主、自販機の取り出し口から落ちる。 オロボ46 @orobo46

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ