提督〔シュクメルリ〕

 第二次世界大戦レベルの兵器が、主力の軍国的な世界──国家同士の戦乱に明け暮れる世界で。

 某大国で陸海空の全指揮を担う、提督の異名を持つピンク長髪の女性指揮官『シュクメルリ』は。

 海上を戦域に向けて航行する、旗艦戦艦空母『シナノ』の甲板に立って黒雲が広がりつつある、遠方の水平線を眺めていた。


 海原を進む戦艦空母・高速駆逐艦・重巡洋艦・潜水空母を主体に構成された大艦隊。

 シュクメルリは、腰まで伸ばしたピンク色の長髪を潮風に揺ら遊ばれるままに。

 黒雲の中で断続的に光る、赤い稲妻を見て呟くシュクメルリ。

「嫌な稲妻だ……不吉なコトが起きなければいいが」


 大艦隊の最後尾には、超大型船体の艦艇修理船『アカシ』が航行していた。

 アカシは戦域で破損した戦艦や駆逐艦を、船内ドッグに収納して航行しながら、修理をするコトができた。


 海原を眺めるシュクメルリに、声をかけてきた者がいた。

「提督、そろそろ船内にもどられた方が……すでに【魔の三角海域】の一部に艦隊は入ってしまっています、この海域は何が起こるのか予測不能で危険です」

 部下の言葉にうなづく、シュクメルリ。

「わかった、もう少ししたら艦内にもどる」


 大艦隊の海面下には、量産された超ド級潜水空母の『イ400』が三せき、潜水航行で参戦していた。

 シュクメルリが部下に質問する。

「格納されている、ロケット戦闘機『秋水しゅうすい』の整備状況は?」

「順調です」

火龍、烈風、震電かりゅう れっぷう しんでんの各パイロットたちの様子は?」

「出撃に備えて待機しています。近日中には量産された特攻戦闘新機の『つるぎ』も、配備されると軍部から通信が……」

「そうか、特攻専用機の『桜花おうか』……特攻人間魚雷の『回天かいてん』に続いて、つるぎも実戦配備されるのか」


 悲しげな表情で、近づいてくる黒雲を眺めているシュクメルリに部下が質問する。

「この戦いはいつになったら、終戦するのでしょうか? 勝利する国はあるのでしょうか?」


 少し間を開けてシュクメルリが答える。

「戦争に勝者はいない、勝っても負けても、遺恨や傷跡が長年に渡って残るだけだ……生産性が無いゼロからマイナスに向かう行為、それが戦争だ」


「ではなぜ、軍部の上層部は終戦宣言をしないのですか?」

「簡単なコトだ……互いの見栄とかプライドとか体裁が戦争を長引かせている」

 シュクメルリは、赤い稲妻が走る黒雲の中から、ウィルス型をした妖星ディストーション帝国の大型母船が、ゆっくりと降下してくるのが見えた。

 外太モモを触りながら、シュクメルリが言った。

「戦況が変わる……侵略者が、この世界にやって来た」


  ◇◇◇◇◇◇


 黒雲の中から出現した、妖星ディストーション帝国の母船から、殻を破るように一体のカイジューが出現した。

 背ビレと胸ビレが回転ノコギリの刃のようになった、肉食恐竜型のカイジューは、シュクメルリの世界で各国兵器の無差別破壊を開始した。

 回転する背ビレと胸ビレのノコギリが、戦艦を寸断して。

 口から発する超音波が兵器を斬り裂く。

 気まぐれに上陸して、町や都市を本能で破壊する一体のカイジューに世界は恐怖した。


 やがて、カイジューを別々に攻撃していた各国が協力して【カイジュー殲滅連合艦隊】を作り、一斉攻撃に乗り出し。

 統合本部の作戦会議の席で、カイジューに対して全戦力を結集させて。

 場合によってはカイジューに対して、条約で禁止されている大型破壊爆弾【X】も使用するという、連合本部の作戦に椅子から立ち上がったシュクメルリは大反対した。


「ボクは反対です、全戦力を一体のカイジュー殲滅に投入するのは……仮に作戦が失敗した場合、カイジュー上陸の際の防衛はどうするんですか。陸上部隊だけで対処できるとは思えません」


 シュクメルリは、さらに条約で禁止されている大型破壊爆弾【X】数発の投下中止を臆することなく軍部に訴える。

「【X】爆弾は自然環境や人体にも長期間に渡り、悪影響を残す最悪の殺戮兵器です……アレを使用してもカイジューを倒せなかったらどうします?」


 シュクメルリこと、提督は陸海空の全指揮権を剥奪された。

 そして、カイジュー殲滅作戦当日──海と空に集結した兵器群が、カイジューへの集中攻撃を開始する。


 壮絶な攻撃風景を、少し離れた無人島の丘からシュクメルリは、眺めていた。

 シュクメルリの近くには戦闘機を操縦して、無人島にシュクメルリを連れてきた、パイロットの部下もいた。

 パイロット姿の部下が、シュクメルリに言った。

「提督、やはり島から離れましょう……この場所は危険です」

「そうだな、連合軍はカイジューに【X】を本気で使用するつもりだ……愚かな」


 大型の爆撃機がカイジューに向かい、攻撃で立った水柱の中から発せられたカイジューの超音波が、爆撃機を寸断する。

 凄まじい爆発閃光と、爆風が周辺の島々を襲い椰子の木がなぎ倒される。

 シュクメルリの太モモ外側にある、罪人の宝珠がピンク色の光波シールドのようなモノで、島全体を包みシュクメルリと、部下のパイロットを守った。


 片腕で両目をおおっていた部下のパイロットが、微動もせずに立っている、シュクメルリに訊ねる。

「提督、今のピンク色の光りはいったい?」

「一回だけ出る、罪人宝珠の加護だ……気にするな、おまえは状況を見てこの島から離れろ」

 連合軍艦隊は全滅していた。

 シュクメルリが、無傷で咆哮するカイジューを指さす。

「見ろ、カイジューの分裂がはじまった……これが【X】を使用した愚かな悪影響だ」

 三体に分裂したカイジューのうち、一体は両腕が翼のように変化して、もう一体は手足がヒレのように変化した。


「脅威が増えてしまったか……罪人の宝珠よ、ボクの決意は固まった、ボクの力を必要としている月魂国へ行こう」

 シュクメルリの周囲を、戦艦や戦闘機、戦車の御霊がホタルのように舞う。

「そうか、おまえたちも一緒に来て、共に戦ってくれるのか」


 シュクメルリの、爆風で破れた太モモ外側の軍服から覗く罪人の宝珠が輝きを放ち、開いた異世界への光りの道の中へシュクメルリこと『提督』は入っていった。


『サイドストーリー』提督シュクメルリ~おわり~

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月魂国~十四人の罪人たち~ 楠本恵士 @67853-_-

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